王国時代と捕囚

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歴史の流れ その7

統一王国

サウル

士師は王と違って世襲ではないため、常にイスラエルを治めていたわけではありませんし、その支配が十二部族すべてに及んでいたというわけでもありません。そこで、士師記の時代の終わり頃になると、度重なる異邦人の襲来に困り果てたイスラエルの人々は、外国と同じように強い王が国を治めるようになることを望みます。そして、預言者(神さまの言葉を直接聞き、それを人々に語る役割の人)であるサムエルに王を選ぶよう要求しました。

これに対してサムエルは、神さまだけがイスラエルの王だと反発します。外国の侵略は、イスラエルの罪の結果ですから、本来なら悔い改めて神さまに信頼するのが筋だからです。が、神さまはサウルを王に任命するよう、サムエルに命じました(第1サムエル記)。

ダビデとダビデ契約

サウル王が罪を犯したため、神さまは新たにダビデを王として選ばれます。嫉妬に狂ったサウルに、ダビデは何度も命を狙われますが、サウルが戦死したことで2代目の王になりました(第1・第2サムエル記)。

そして、神さまはダビデと契約を結ばれました(ダビデ契約と呼ばれています)。その内容は、第2サムエル記7:11-17と第1歴代誌17:10-15に書かれています。

特に重要な内容は、 これでまた、「女の子孫」(救い主)の家系が絞り込まれました。新約聖書の福音書の中で、人々がイエスさまのことを「ダビデの子」と呼んでいるシーンがありますが、これは「聖書が登場を約束してきた救い主(メシヤ、キリスト)」という意味です。

「アブラハムの子孫、ダビデの子孫、イエス・キリストの系図」(マタイ1:1)

ソロモンと南北分裂

ダビデの後を継いだソロモン王は、知恵に満ち、戦争によらずしてイスラエルの領土を史上最大にし(現在でもその記録は破られていません)、繁栄させました。その一方で偶像礼拝に陥り、肉欲に溺れ、贅沢を極めて国民に重税を課したので、人々の不満は高まっていきました。

そして、ソロモンが亡くなると、北の10部族(ユダ族とベニヤミン族以外)がダビデ王家に反乱を起こし、国が南北に分裂してしまいます(列王記、歴代誌)。

南北王国と捕囚

北王国

聖書では、北王国のことを「イスラエル」、あるいは北の代表的部族の名から「エフライム」、または後の首都の名を取って「サマリヤ」などと呼びます。北王国では、何度もクーデターが起こって王朝が変わりましたが、いずれの王朝もダビデの家系ではありません。

北王国では、すべての王が偶像礼拝に陥りました。聖書はこれを、初代の王の名を取って「ヤロブアムの道」と呼んでいます。中でも最悪だったのがアハブ王で、外国からめとった妻イゼベルの影響で、バアルという異教の神への偶像礼拝を国教化し、まことの信仰を教える預言者たちを次々と殺しました。

「土地の契約」の規定通り、やがて北王国はアッシリヤ帝国に滅ぼされ(首都サマリヤの陥落が紀元前722年)、住民の多くが捕虜としてアッシリヤに連れて行かれました。これをアッシリヤ捕囚と言います。

南王国

聖書では、南王国のことを「ユダ」と呼びます。首都はエルサレムで、代々ダビデ王家が治めました。正確には、王妃アタルヤ(アハブとイゼベルの娘)がクーデターが起こし、女王となって治めた時期がありましたが、6年後にダビデ王家の生き残りであるヨアシュが王座を奪還しました。

北王国と異なり、南王国では、時々いい王さまが現れて宗教改革を行ないました。そこで、北よりは長く存続します。しかし、最後は全く神さまに信頼しなくなり、バビロン(バビロニア帝国)にたびたび攻撃されて、紀元前586年にはエルサレムが陥落します。バビロンにもたくさんの住民が連行されました(バビロン捕囚)。

預言者たちの活躍

南北王国の時代には、多くの預言者(神さまの言葉を直接聞き、それを人々に語る役割の人)が活躍しました。彼らの使命は、南北王国の人々が偶像礼拝を離れてまことの神さまに仕え、アブラハム契約による守りを信じ、モーセの律法を遵守した生活を送るよう教えることでした。残念ながら、多くの王や民は彼らの言葉を受け入れようとせず、迫害されたり殺されたりした預言者もたくさんいました。

南北王国の時代に活躍した預言者としては、エリヤ、エリシャ、ヨエル、ヨナ、ホセア、アモス、イザヤ、ミカ、ナホム、ゼパニヤ、ハバクク、オバデヤ、エレミヤなどがいます。他にも、名の記されていない預言者たちがたくさん活動していました。

ダニエルとエゼキエルは、バビロンに捕囚された人たちで、それぞれバビロンで預言活動を行ないました(ダニエルは、バビロンを滅ぼしたペルシャにも仕えました)。

預言者たちは、将来起こる出来事についても語りましたが、特に救い主に関する情報を数多く提供してくれています。新約聖書の福音書は、ナザレのイエスという人物が、いかに旧約聖書の預言者たちの預言通りに登場し、行動したかということを示しています。

そして、世の終わりに救い主が登場したとき、イスラエルに王国を建て、ご自分が王となって世界中を統治なさるということも、数多く預言されています。この救い主の王国のことを、福音書では「神の国」とか「天の御国」とか「御国」などと表現しています。現代のクリスチャンたちは「千年王国」と呼ぶこともあります(黙示録20:6によって、この王国が千年間続くことが分かることからつけられた名称)。

旧約聖書の救い主とその王国に関してまだ実現していない預言(預言の一部は、イエスさまが最初に来られた2千年前にすでに実現しています)は、この世の終わりになるとすべて文字通り実現します。

バビロンからの帰還

クロス王の勅令

預言者エレミヤを通して、バビロン捕囚は70年で、その後ユダヤ人は約束の地に帰ってくると約束されていました(エレミヤ29:10)。バビロンによる南王国への攻撃開始から70年後の紀元前538年、ペルシャのクロス王がバビロンを滅ぼします。そして、国に帰りたいユダヤ人は自由にしてよろしいというお触れを出します(エズラ記1章)。

そこで、ダビデの家系に属するゼルバベル(ゾロバベル、シェシュバツァル)をリーダーとして、最初の帰還が行なわれました。帰還は1回限りではなく、複数回に分けて行なわれました。

神殿と城壁の再建

最初に帰還したユダヤ人たちがまず取り組んだのは、神殿の再建でした。彼らは、苦労の末にそれを完成させます。それを励ましたのが、預言者ハガイとゼカリヤです。

また、その後長いことエルサレムの城壁が壊れたままで放置されていたため、ペルシャに残って王に仕えていたネヘミヤの尽力で修復されます(ネヘミヤ記)。

律法遵守運動

さらに、バビロン捕囚の反省として、律法学者エズラが中心となって、モーセの律法に基づく生活が徹底されるようになりました(エズラ記、ネヘミヤ記)。

ただ、エズラたちの世代が亡くなり、時代が進むに従って、だんだんと最初の情熱がさめ、運動が形骸化していきます。それに対して警告を発したのが、旧約最後の預言者マラキです。

帰還しなかったユダヤ人

ペルシャに残ったユダヤ人

一方、帰還せずにペルシャに残ったユダヤ人も多くいました。ネヘミヤ記のネヘミヤもそうですし、エステル記に出てくるユダヤ人たちもそうです。預言者ダニエルは、バビロンの王だけでなく、ペルシャの王にも重用されました。

失われた十部族?

アッシリアに捕囚された北王国の十部族については、はっきりと釈放されたとか故郷に帰還したとか聖書に書かれていないということで、彼らを「失われた十部族」と呼び、たとえば日本人(あるいは天皇家)がその末裔であるなどというまことしやかな話が語られることがあります。

しかし、そもそも北の十部族は失われてなどいません。

北王国の人々を捕囚したアッシリアは、後にバビロンに屈服しましたから、アッシリアに捕囚された十部族の子孫も、いったんバビロンの支配下に入りました。ですから、クロス王の勅令によって帰還を許されたのは、南王国の子孫だけでなく、北王国の子孫も含まれていたと考えられます。

実際、ルカ2:36に登場するアンナは、北の十部族の一つであるアシェル族の出身です。また、イエスさまの弟ヤコブは、手紙の中で「国外に散っている十二の部族へあいさつを送ります」と書いています(ヤコブ1:1)。

そんなわけで、現在「ユダヤ人」と呼ばれている人々には、南王国出身者の子孫ばかりでなく、北王国出身者の子孫も含まれます。

新しい契約

アブラハム契約の中の「祝福の約束」について、詳細に規定したのが「新しい契約」(新約)です。これは、エレミヤ31:31-34、イザヤ59:21、エゼキエル34:25-31と37:26-28に書かれています。

要約すると、 聖霊さまの内住や異邦人の救いについての約束が実現するのは、救い主であるイエスさまが、人類の罪のために十字架にかかって死んで以降です。そして、イエスさまを信じて救われたユダヤ人信者と異邦人信者とは、教会という一つの新しい体に建て上げられます(エペソ2:11-16と3:5-6)。

また、ユダヤ人の民族的・国家的な悔い改めや神殿の再建、あるいはユダヤ人に与えられる物質的な祝福は、世の終わりの時代に起こるイエスさまの再臨の前後に実現します。
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