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ショートエッセイ:中通りコミュニティ・チャーチ

わたしも、淋しいから

(2006年6月18日)

このサイトの読者の、町おぐさんという方が、こんな証しを送ってきてくださいました。
今朝、祈っていたら、随分昔のことを思い出しました。幼稚園のとき、ある朝行ったら、みんなに無視されたことです(母親同士の喧嘩があったらしく、どうやらその影響だったらしいんですけど・・・)。幼心に辛かったんですよね。すごく淋しくて。

思い出すまま祈っていたら、そのときの私のそばに、まだ十字架には架かっていない、茨の冠をつけたイエスさまが来て、隣に座るんです。「どうして来たの?」と私が尋ねると、「わたしも、淋しいから」と答えが返ってきて、はっとしました。

昔、平塚美術館で<鎖につながれたキリスト>という絵を見たことがあったのですが、すごく孤独なイエスさまに描かれていて、祈りの時にはよく思い出していたのです。それが今日は、思い出すを越えて、イエスさまに触れていただいた気がしました。

よく「苦しみを捧げる」とかいうけれど、私にはあんまりピンとこなかったのですが、今日は、淋しいイエスさまと淋しい私が一緒の気持ちでいられたような気がして、淋しささえも嬉しいような変な気分を味わいました。
ヘブル人への手紙4:15には、こんなふうに書かれています。「私たちの大祭司(註:イエスさまのこと)は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです」。

イエスさまは、あなたのそばにも座ってくださっています。

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