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ショートエッセイ:中通りコミュニティ・チャーチ

恵みだよ

(2013年11月24日)

イギリスの大学で、学者たちがキリスト教の信仰の独自性について話し合っていました。唯一神信仰はキリスト教の専売特許ではありませんし、神との契約、受肉、復活も、形は違えど他の宗教にも見られるものです。こうして、白熱した議論が続いていました。

そこに、神学者であり、作家でもあるC.S.ルイスが通りかかりました。議論の内容を知ったルイスは、「ああ、そりゃ簡単だ。恵みだよ」と答えて姿を消しました。仲間たちは、さらに議論を進めましたが、結局ルイスの答えの正しさを認めざるを得なかったのです。

これは、フィリップ・ヤンシーの「誰も知らなかった恵み」(いのちのことば社)に出てくる例話です。この本の中で、ヤンシーは恵みについてこう定義しています。恵みとは、「神にもっと愛されるために、私たちにできることは何もないということ」。さらに彼はこう付け加えています。「神にもっと愛されなくなるために、私たちにできることは何もないということ」だと。

イエス・キリストの十字架によって示された神さまの恵みは無限大です。

「神に選ばれた人々を訴えるのはだれですか。神が義と認めてくださるのです。
罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。
私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。
『あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。』と書いてあるとおりです。
しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。
私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません」(ローマ8:33-39)。

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