(2015年1月11日)
武田鉄矢さんが、映画監督の山田洋次さんについて、こんなことを書いておられます(「母に捧げるバラード」集英社文庫)。「ある時の撮影では、もう無我夢中で、そうしながら苦労してやっと撮りおわった。とても苦しい仕事だったなぁ。そのフィルムをつなぎあわせて一本の映画にするわけさ。私たちは、自分が立派だから、あるいは自分に自信があるから伝道できるのではありません。それどころか、自分こそ罪人の頭。しかし、そんな自分の伝えたイエスさまの物語によって、その人もイエスさまと出会い、新しい人生に造り変えられていく。その喜びに満ちた顔を見たくて、また伝えたくなるのではないでしょうか。
やっとできあがって観ると、これがおもしろくもなんともないんだよ。ショックだったなぁ。ひどいできなんだ。これが作品となって映画館で上映されるなんて、もういやでね。もう一回、もう一回、はじめから撮りなおさせてくださいって叫びたいくらい。でも公開は決まって、そんなことはできるわけがない。もう、つらくてつらくて。
そしていよいよ映画館で上映。ぼくはこっそり観にいったんだよ。そのひどいできの映画を。いえね、なんか、お客さんにすみませんってあやまりたくって。そして席にも座らず一番後の暗がりに立っていると、おどろいたね。お客さんが笑ってくれるんだよ。楽しそうに手をたたいて笑ってくれるんだよ……。ぼくはそのたんびに小さな声でありがとうございます。ありがとうございますって。涙が出てねえ。
映画が終わるとぼくは入り口のもぎり台の所に立って、気づかれないように、お客さん一人ひとりに頭を下げたんだ。あの時、もしあの笑い声を聞かなかったら、あの人たちに会わなかったら、とっくに辞めていたね。こんなつらい仕事。あの映画館に来ていた人たちにもう一度、楽しそうに笑ってもらえる映画がつくりたいねえ」。