バラバラの演奏

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(2017.8.6)

アメリカの大学祭での出来事。あるカップルが、オーケストラ部のコンサートに行きました。ところが、レ牛ーラーのピアニストが急病とかで、急遽別の部員が弾くことになりました。練習不足なのか、ピアノの音が微妙にちぐはぐです。彼女が彼の耳元でささやきました。「あのピアニスト、『キリスト教的慈善行為』みたいな演奏をするわね」。「どういうこと?」と彼が尋ねると、「あの人の左手は、右手がしていることを知らないのよ」。

これは、マタイ6:3の「あなたは、施しをするとき、右の手のしていることを左の手に知られないようにしなさい」というみことばから来ているジョークですが、もちろん正確な引用の仕方ではありません。他の人から尊敬され、ほめられることを目的として、善行を人に見せびらかすようではいけないよと、イエスさまはおっしゃっておられるのです。

前回、貢献感を保つことが大事だという話をしました。人が貢献感を失うと、自分がここに存在していいという確信をも失ってしまい、健康に生きていくことが難しくなってしまうからです。ただし、他の人を助けたり、親切な行動を取ったりして、結果として貢献感が育つならいいのですが、他の人から自分の存在価値を認めてもらうことを目的として、「貢献」をしたり、善行をしたりするのは問題です。

そういう生き方は、周りの人たちに自分の価値を決めさせる生き方であり、大変危険です。というのは、周りの人に認められているうちはいいですが、様々な理由でそう感じなくなったとたん、不安になり、ますます周りの人たちに認めてもらおうとがんばって、疲れ果てたり、押しつけがましくなったり、認めてくれない周りの人たちに怒りを感じるようになったりするからです。

周りの人たちにあなたの価値を決めさせるのではなく、イエスさまに決めていただきましょう。イエスさまは、あなたの罪をすべて、完全に赦してくださっています。そして、今そのままのあなたを愛していると言ってくださり、すばらしいと言ってくださり、そこにいていいよと言ってくださっています。

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