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礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

葛藤のクリスマス

マタイによる福音書1章18節〜25節

(2017年12月24日)

参考資料

「イエス」は、ヘブル語ではイェホシュア、すなわちヨシュアで、「主は救い」という意味。モーセの後継者で、イスラエルの民を約束の地カナンに導き入れたリーダーと同じ名です。

22節の「預言者を通して言われたこと」とは、イザヤ7:14のこと。

25節の「彼女を知ることがなく」とは、性的な関係がなかったということ。

イントロダクション

クリスマスというと、イエスさまを生んだマリアばかりが注目されがちですが、今日はマリアの夫ヨセフに注目します。

1.ヨセフの葛藤

マリアの夫

ヨセフはマリアと婚約中でした。ユダヤの婚約は、同居していないというだけで、法的には結婚しているのと同じでした。そこで、19節ではヨセフのことを「夫」と呼んでいます。

スキャンダル発生

ところが、幸せいっぱいの二人の関係に、危機が訪れました。マリアが妊娠してしまったのです。ヨセフには、身に覚えがありません。ですから、当然考えられるのは、マリアが他の男性と姦通し、性的な関係を持ったということです。

彼は正しい人でした。これは神さまの命令であるモーセの律法に、忠実に生きようとしている人を指します。モーセの律法は姦淫を禁じていますから、この問題を見て見ぬふりすることはできませんでした。このままマリアと結婚するなど、思いもよらないことだったのです。

しかし、その一方で、彼はマリアを深く愛していました。モーセの律法によれば、姦通罪は大変な重罪で、男でも女でも石打ちの刑(つまり死刑)でした。この事実が公になった場合、マリアは死ななければなりません。たとえ死刑にならないとしても、マリアは社会的に抹殺されます。マリアのことを深く愛していたヨセフは、マリアをそんな目に遭わせたくはありませんでした。

ヨセフの決断

そこでヨセフは、さんざん悩み、葛藤したあげく、理由を明らかにしないままマリアを離縁することにしました。

この場合、非難されるのはヨセフです。子どもまでもうけておきながら、マリアに飽きて捨てたのだと思われるからです。しかし、マリアを救い、しかも自分の正義を貫くために、ヨセフはこのような自己犠牲の道を選ぼうとしたのです。

2.神さまの葛藤

ヨセフが選ばれた理由

ルカの福音書を読むと、マリアの信仰深さが美しく描かれています。突然天使が現れ、「あなたは聖霊によって、通常の性的な関係によらずに妊娠し、ユダヤ人がずっと待ち望んできたメシヤ、神の子、救い主を生む」と告げられました。ところが、彼女はそれをすんなりと信じることができました。神さまが、マリアを救い主の母親として選んだのも、納得できる気がします。

一方、地上の父親として、ヨセフが選ばれたのはなぜでしょうか。もちろん、神さまの選びの理由は、私たち人間にははかりしれません。しかし、彼が正義とマリアへの愛との間で、激しく葛藤し、最終的に自己犠牲の方法をとるような人物だったということが関係していると、私には思えます。

正義と愛の間の葛藤、そして、その解決のための自己犠牲です。

実は、神さまもヨセフと同じように、いや、それ以上に激しい葛藤を経験なさいました。正義と愛の間の葛藤です。

さばきを要求する正義

私たち人間は、神さまに対して罪を犯しました。罪とは、自分が神さまに取って代わることです。すなわち、神さまのみこころよりも、自分のおこころの方を優先させてしまうことです。自分の好きなことを、好きなときに、好きなようにやりたいという自分中心の態度です。困ったときには奇跡を起こしてでも助けて欲しいけれど、それ以外は勝手にやるから口を出すなという態度です。

この自己中心的な態度が、人間関係をぎくしゃくさせ、様々な不正や犯罪を引き起こし、自然を破壊してきました。その結果、人間が本来味わうことができるはずの様々な幸せを、私たちは味わえなくなってしまっています。

神さまの尊厳をないがしろにして、神さまが作られた人間や世界のすばらしさを台無しにしてしまった罪。神さまは聖いお方ですから、人の罪をそのまま放っておくことはできません。

「罪からくる報酬は死である」と聖書に書かれています。神さまの正義に基づいて、罪は必ず裁かれなければならないのです。すなわち、このままだと、私たち人類は神さまによって呪われ、罰を受けて滅びなければならないということです。

赦しを要求する愛

しかし、神さまは愛の神さまでもあります。どういうわけか、神さまは私たち人間のことが大好きで、無限の祝福で満たし、幸せにしたいと心から願っておられるのです。

しかし、罪をそのまま無かったことにして赦してしまっては、神さまの正義が成り立ちません。こうして、神さまの正義と愛とは、激しい葛藤を引き起こしました。罪は裁かれなければならない。しかし、罪人であるあなたや私のことは裁きたくない。それどころか、罪を赦して無かったことにし、神さまの子どもとして受け入れ、大いに祝福したい。でも、罪を無かったことにはできないし……。

そして、神さまは、その解決策を考えつかれました。それは、ヨセフと同じような結論でした。すなわち、自分が悪者になって、身代わりに罪をかぶるという自己犠牲の方法でした。

3.自己犠牲の愛

クリスマスとは

クリスマスは、サンタクロースの日というわけではなく、イエスさまの誕生を記念する日です(実際の誕生日は、記録が無いので分かりません)。

そして、聖書は、イエスさまが単なる人間ではなく、神さまが人となられたお方だと主張しています。

自己犠牲によって人の罪を赦し、神さまの愛と正義が共に実現するために、イエスさまは地上に来てくださいました。それがクリスマスの意味です。

十字架

そしてイエスさまは、30歳を過ぎた頃、十字架にはりつけになって亡くなります。それは、私たちの罪の罰を身代わりに受けるためでした。ヨセフが、自分が非難されることでマリアを救おうとしたように、イエスさまは、自分が罰を受けることで、私たちに罪の罰が及ばないようにしてくださったのです。

罪は裁かれました。それによって神さまの正義が実現しました。そして、私たちへの罪は赦され、神さまの敵ではなく神さまの子どもとなり、堂々と神さまから祝福をいただける身分となりました。それによって神さまの愛も実現したのです。

救い主イエス

イエスさまは、十字架によって亡くなり、墓に葬られました。しかし、3日目に復活なさいました。イエスさまは、今も生きておられます。そして、今も私たちの罪を赦し、私たちを祝福し、私たちの人生を幸せへと導いてくださっています。

天使は、イエスさまについてヨセフに語りました。「この方がご自分の民をその罪からお救いになるのです」と。

大きな自己犠牲によって、イエスさまは私たちを救ってくださいました。どうか、イエスさまの葛藤をいつも覚えていてください。あなたの救いの背後で、神さまは大いに葛藤なさり、イエスさまがご自分のいのちを捧げて犠牲になってくださったのだということを。それほどまでに、私たちは神さまによって深く、深く愛されているのだということを。

まとめ

クリスマス。何がそんなにめでたいのだろうかと、不思議に思っておられた方はいらっしゃいませんか? イエスさまが地上に来られたということは、あなたが神さまに愛され、祝福されているという証拠です。

ここには、神さまに愛され、歓迎されていない人は、一人もいません。

イエスさまの十字架によって、あなたと神さまとを隔てていた壁は打ち破られ、両者の間にあった深い溝は埋め立てられました。そして、自由に交流することができるようになりました。

そのことを知ったあなたは、神さまにどう応答しますか? 差し出されたプレゼントを受け取り、神さまとの深い交わりの中で、新しい人生を歩みますか? それとも、これまで通りの自分中心の生き方を続けていきますか?

この話をお読みください

あなた自身への適用ガイド

  • あなたには、赦されるはずがないと思っていた過去の失敗や、現在の弱さなどがありますか?
  • あなたは、神さまの愛を確信していますか? 確信できないとすれば、それはなぜでしょうか。
  • 最近、神さまの愛を実感した出来事がありましたか?
  • 神さまに圧倒的に愛されているとしたら、あなたは神さまに何を願いますか?
  • 今日の聖書の箇所を読んで、どんなことを決断しましたか?

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