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礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

五千人の給食と永遠のいのち

マタイによる福音書14章14節〜21節

(2018年2月11日)

参考資料

この五千人の給食の奇跡は、4つの福音書すべてに記されていて、並行記事はマルコ6:32-44、ルカ9:10-17、ヨハネ6:1-13です。また、後日談がヨハネ6:22-66にあり、パンと魚を食べた人々が、最終的にイエスさまを救い主だと信じないで離れてしまったことが記されています。

イエスさまは、バプテスマのヨハネが殺されたことを聞かされ、カペナウムからベツサイダ近郊に移動なさいました(13節。ルカ9:10)。

イントロダクション

イエスさまは、5つのパンと2匹の小魚によって、5000人(これは13歳以上の成人男性だけの数ですから、女性や子どもを入れれば、おそらく1万人を超えたことでしょう)のおなかを満たしました。この奇跡は、今日に生きる私たちに何を教えてくれるのでしょうか。

1.永遠のいのち

永遠のいのちに至る食物

イエスさまは、1万人もの人々にパンと小魚を与え、満腹させました。もちろん、与えたのは、本物の物理的なパンと魚です。しかし、その行為には霊的な教訓が込められていました。

ヨハネが書いた後日談で、イエスさまはパンと小魚を食べた群衆にこんなことをおっしゃっています。

「イエスは彼らに答えられた。『まことに、まことに、あなたがたに言います。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからです。なくなってしまう食べ物のためではなく、いつまでもなくならない、永遠のいのちに至る食べ物のために働きなさい。それは、人の子が与える食べ物です。この人の子に、神である父が証印を押されたのです』。すると、彼らはイエスに言った。『神のわざを行うためには、何をすべきでしょうか』。イエスは答えられた。『神が遣わした者をあなたがたが信じること、それが神のわざです』」(ヨハネ6:26-29)。

イエスさまがパンと小魚を与えたという行為は、イエスさまが私たち人類に、永遠のいのちを与えてくださるということを象徴しているということです。

永遠のいのちとは

永遠のいのちとは、不老不死のことではありません。クリスチャンだって死にます。もちろん、クリスチャンは、死んで肉体が滅びても天国に迎え入れられ、やがて復活して地上に実現する神の国に招かれ、さらにその後実現する新しい天と新しい地にも迎え入れられて、そこで永遠に生きると信じています。しかし、いわゆる地獄に堕ちた人もそこで永遠に生きるのです。

もしも、痛み、孤独感、不満、恨み、罪責感、後悔の念などを抱えながら永遠に生きなければならないとしたら、どうですか? 永遠のいのちとは、量の問題ではなく、質の問題です。いかに生きるのかということです。

永遠のいのちとは、ただ死んだ後の世界のことではありません。生きている今、この地上でどう生きるかということでもあります。神さまと共にあり、神さまがくださる愛と力と平安に充ち満ちた人生。どんなときも、どんな状況にあっても幸せを感じ、感動詞ながら、喜びながら生きることができる人生。これこそ、イエスさまがあなたに与えたいと願っておられる永遠のいのちです。

この話をお読みください

あなたはそのようないのちを味わっていますか? また、それが欲しいと思われますか? 味わっているなら、もっとそれを味わいたいと思われますか?

2.イエスが与えるいのち

人の子が与える食べ物

そして、その永遠のいのちは、イエスさまが与えてくださるということを、この奇跡は教えています。

夕方になると、弟子たちはおなかをすかせた群衆を心配して、彼らを解散させて、自分たちで食べ物を調達させましょうと、イエスさまに進言しました。しかし、それに対してイエスさまは、「彼らが行く必要はありません。あなたがたがあの人たちに食べる物をあげなさい」(16節)とおっしゃいました。

そこで、弟子の一人ピリポがさっと計算し、200デナリ(労働者200日分の給料に相当)があってもまだ足りないと言いました(ヨハネ6:7)。そんなお金は手元にないし、あったとしても、町から離れたこの場所で、1万人以上の人の食料を一度にそろえるのは至難の業です。

ところが、イエスさまは、弟子たちがまったく想像もしていなかった方法で、食べ物を調達なさいました。イエスさまが奇跡によって食べ物を増やし、一人一人に行き渡るようにしてくださるという、驚くべき方法です。

このことは、永遠のいのちは、人の努力や修行によって勝ち取るものではなく、他の人から与えられ、受け取るべきものだということを、私たちに教えてくれます。その、永遠のいのちを与えてくださる他の人とは、イエスさまです。

では、どうしたらその永遠のいのちを受け取ることができるでしょうか。先ほど紹介したヨハネによる後日談の中で、イエスさまは、「永遠のいのちに至る食べ物のために働きなさい」と教え、その働きとは何かという質問に答えて、「神が遣わした者をあなたがたが信じること、それが神のわざです」とおっしゃいました。

「神さまがこの地上に遣わしたお方、すなわちイエスさまが、この私に素晴らしい永遠のいのちをくださる」と信じること。それが永遠のいのちを自分のものとし、それを豊かに味わう方法だということです。

自分は過去にこんな過ちを犯してしまったから、あるいは今こんなねじ曲がった性格だから、だから永遠のいのちをいただけないかもしれないなどと心配する必要はありません。イエスさまが十字架にかかり、私たちの罪、不完全さをことごとく取り除いてくださったからです。ですから、私たちは堂々とイエスさまがくださる永遠のいのちをいただき、味わっていいのです。

愛のまなざし

1月21日のメッセージでお話ししたとおり、9〜12章を境として、イエスさまの活動方法がガラッと変わりました。イスラエルが国として公式にイエスさまを救い主ではないと決定したからです。そこで、イエスさまはその時代に天の御国(神の国)を実現するのをやめ、先の時代に延期なさいました。

そして、それまではできるだけたくさんの人々に、ご自分が神の国の王、救い主だということを知らせることが活動の目的としておられましたが、その後は信仰のある少数の人々を弟子として育てることを目的となさいました。

たとえば、それまではストレートな教え方をしていたのに、群衆に対してはたとえ話でしか語らなくなりました。また、それまでは相手に信仰があろうがなかろうが大々的にいやしの奇跡を行なっていたのが、信仰のある人に対して隠れた所で行なうようになりました。

ところが、イエスさまはこの箇所では、その新しい活動方針に反することをなさっています。ヨハネ6:22-66の後日談を読むと分かりますが、集まってきた1万人の人々は、最終的にイエスさまを救い主ではないと判断して、もう従ってくるのをやめてしまいます。すなわち、彼らは信仰のない人々です。にもかかわらず、イエスさまは彼らの前で大々的に奇跡を行なわれました。その理由は、イエスさまの深いあわれみの心、愛情です。

イエスさまは、ヨハネが殺されたというニュースを聞いて、ベツサイダ郊外の寂しい所に退きました。それは、ヨハネの死を悼むためであり、自分もまた十字架に向かって進んでいく覚悟を固めるためだったでしょう。ところが、1万人を超える人々が、イエスさまの後を追ってきました。

そのとき、イエスさまは、「今は大事なことをしているのだから、邪魔をするな」とはおっしゃいませんでした。14節にはこう書かれています。「イエスは舟から上がり、大勢の群衆をご覧になった。そして彼らを深くあわれんで、彼らの中の病人たちを癒やされた」。並行記事のマルコ6:34には、「彼らが羊飼いのいない羊の群れのようであったので、イエスは彼らを深くあわれみ」と書かれています。

福音書には、問題を抱え、痛みを感じ、悲しみに打ち震えている人たちに深い共感と愛のまなざしを向けるイエスさまの姿が描かれています。たとえば、ヨハネ5:6(38年間病気だった人を見た)やルカ7:13(一人息子を亡くしたナインの未亡人を見た)の記事をお読みください。また、詩編139篇には、私たちを見守ってくださる神さまへの信頼が歌われています。

私たちを見守り、私たちの直面する問題をごらんになるイエスさまの愛のまなざし。これが奇跡の土台であり、始まりです。そして、私たちが永遠のいのちを味わうことができると信じられる土台です。

信じましょう。イエスさまの十字架と復活を信じた私たちには、永遠のいのちが与えられているということを。そして、すでに与えられている永遠のいのちを、聖霊さまが大切に育て、大きくしてくださって、私たちがもっともっと豊かに体験できるようにと祈りましょう。

3.増殖するいのち

印象的な奇跡

イエスさまがなさった奇跡のうち、4つの福音書すべてに記されているのはこの五千人の給食だけです。それだけ弟子たちにとって印象的だったのでしょう。

しかし、印象的といえば、たとえばラザロの復活などの方が、よほど派手でものすごいインパクトを与えると私などは思います。しかし、こちらはヨハネの福音書にしか書かれていません。

これは、私の想像なのですが、この奇跡が印象的なのは、弟子たち自身も奇跡に参加しているからです。他の奇跡は、見物人の一人としてその場に居合わせるだけですが、今回の奇跡の場合、自分たちの手の中で、どんどん食べ物が増えていくのを目撃したのです。まるで、自分自身が食べ物を増やし、人々を養っているように感じたことでしょう。

人をほめたい神さま

聖書を読んで感じることは、神さまは、どうやら私たち人間と一緒に何かをすることが大好きらしいということです。そして、「よくやったね。すごいじゃないか。私もうれしいよ」と、私たちを誇り、ほめ、一緒に喜びたいと思っておられるようです。

イエスさまは、あなたと共に働きたいと願っておられます。あなた自身が永遠のいのちを味わうだけでなく、他の人たちに永遠のいのちを分け与える働きを、イエスさまと一緒にして欲しいと願っておられます。

そして、人が救われ、喜んでいる姿を、一緒に眺めながら喜びたいと願っておられるのです。そして、「あなたのおかげだ、よくやったね。ありがとう」と声をかけたいと思っておられるのです。

増し加わる喜び

12人の弟子たちは、自分たちもおなかがすいていたわけですが、群衆のためにイエスさまの手伝いをしました。そうしたら、自分たちの分が無くなったのではなく、12のカゴにいっぱいの食べ物を手にすることができたのです。

何かすごい能力がなければ、神さまの働きができないわけではありませんでした。今回の奇跡のきっかけになった5つのパンと2匹の魚は、子どものお弁当でした(ヨハネ6:9)。弟子たちは「こんなわずかなものでは、こんなにたくさんの人たちのおなかを満たすのには役に立たない」と言いました。しかし、イエスさまはそのわずかなものを使って、ものすごい奇跡を見せてくださったのです。

この話をお読みください

もっともっとあなた自身が永遠のいのちを味わえるよう求めましょう。そして、他の人に、イエスさまがあなたにくださった永遠のいのちについて話をしましょう。そんな小さなことから、現代の五千人の給食の奇跡が始まります。そして、あなたはますます喜びや感動に満ちあふれることになります。

まとめ

イエスさまは、あなたに無条件で永遠のいのちを与え、しかもそれを豊かに与えて、さらにあなたを通して他の人にまで届けようとしておられます。

あなた自身への適用ガイド

  • あなたは今特に、永遠のいのちの祝福をどのような領域で味わいたいと思いますか?
  • 永遠のいのちは、一方的に信仰によって与えられるということを聞いて、どんなことを感じましたか?
  • 今週、他の人にどんな祝福を分かち合うことができますか?
  • 今日の聖書の箇所を読んで、どんなことを決断しましたか?

中通りコミュニティ・チャーチ

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