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礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

神の国の代表としての振る舞い

マタイによる福音書17章24節〜27節

(2018年3月25日)

参考資料

27節の「神殿税」(別訳「宮の納入金」)とは、神殿の維持や運営のために徴収されたお金です。ユダヤ人の20歳以上の男子は、貧しくても金持ちでも、年ごとに半シケル(=半スタテル=2デナリ。労働者2日分の給料に相当)を支払うことが決まっていました。これは、出エジプト記30:11-16の規定に基づきます。

27節の「つまずき」とは、原語であるギリシャ語では「スカンダロス」で、「スキャンダル」の語源となった言葉です。嫌悪するとか憤るとかいう意味を持ちます。「つまずきを与える」とは、信仰者の言動によって、まだ十分信仰が成熟していない人や未信者が、神さまや教会や聖書や信仰を嫌悪して離れるようになることを指します。

ペテロが釣った魚の種類は分かりませんが、現在、ガリラヤ湖周辺のレストランでは、ピラティアを「聖ペテロの魚」と名付け、フライなどにして提供しています。聖地旅行に行かれるときには、醤油を持って行くのをお忘れなく。

イントロダクション

先日、確定申告が締め切られましたが、国や地方自治体は、住民から徴収する税金によって様々なサービスを提供しますから、決められた税はしっかり払うことが大切ですね。ところが、イエスさまに脱税疑惑が勃発します。そこで起こったのが今回の出来事です。ここから、私たちは何を学ぶことができるでしょうか。イエスさまお墨付きの脱税法、ではありません。神の国の市民、神さまの子どもとしての特権と責任です。

1.神の子の特権

誰から税を取るか

徴税係は、イエスさまが神殿税を支払っていないことを知り、支払うようプレッシャーを与えにきました。放っておくと、借金取りが玄関先で「借りたお金は、きちんと返してくださいよ!」と大声で怒鳴るような真似をしかねません。

そこで、弟子であるペテロは、「もちろん支払いますよ」と言ってその場を切り抜けました。しかし、いかんせん手元にお金がありません。イエスさまは、お金が手に入ると、それを貧しい人たちに惜しみなく与えておられたのでしょう。困り果てたペテロは、イエスさまと今後のことを相談するため、家に入りました。

するとイエスさまは不思議な質問をなさいます。世の中の王たちは、誰から税や貢ぎ物を取り立てるかという質問です。王の子どもではなく、他の人たちからだとペテロは答えました。イエスさまもそれを受けて、「子どもには税を支払う義務はない」とおっしゃいました。

誰の話をしているのか

イエスさまがこの問答でおっしゃりたいことは、地上の王の子どもは王に税を払わなくていいのだから、全世界の王である神さまの子どもは、神さまの家である神殿を維持するための税を支払う必要がない、ということです。イエスさまは神さまのひとり子です。ですから、イエスさまには神殿税を支払う義務はありません。

むしろ、聖書の預言によれば、世の終わりに千年王国が実現すると、全世界の人々が王であるイエスさまに貢ぎ物を献げにやってくるようになります。「海から海に至るまで川から地の果てに至るまで王が統べ治めますように。砂漠の民は王の前に膝をつき王の敵はちりをなめますように。タルシシュと島々の王たちは貢ぎを納めシェバとセバの王たちは贈り物を献げます。こうしてすべての王が彼にひれ伏しすべての国々が彼に仕えるでしょう」(詩篇72:8-11)。

そして、弟子たちもイエスさまを信じることにより、神さまの子どもにしていただけます。「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった」(ヨハネ3:16)。だから、弟子たちも神殿税を支払う義務はありません。

さらに、十二使徒は、世の終わりの千年王国の時代、それぞれイスラエル十二部族を治めるリーダーとして、大王であるイエスさまを助けるようになります。「そのとき、ペテロはイエスに言った。『ご覧ください。私たちはすべてを捨てて、あなたに従って来ました。それで、私たちは何をいただけるでしょうか』。そこでイエスは彼らに言われた。『まことに、あなたがたに言います。人の子がその栄光の座に着くとき、その新しい世界で、わたしに従って来たあなたがたも十二の座に着いて、イスラエルの十二の部族を治めます」(マタイ19:27-28)。

ですから、千年王国では、大王イエスさまの直属となる十二使徒たちは、貢ぎ物を献げる側ではなく、受け取る側になるということです。

貧しくても富んでいる

しかし、イエスさまは神殿の支払いをなさいました。ついでにペテロの分まで用意してくださいました。自分たちには納税の義務がないと言いながら、それでも支払った理由については後半学びますが、イエスさまは釣った魚の口の中から2人分のお金が出てくるという奇跡を行なわれました。

イエスさまも弟子たちも、決められた税を支払うことができないほど貧しい生活をしておられました。確かに手元にお金はありません。しかし、神さまはちゃんと必要を満たしてくださいました。

先日、ラジオで尾木ママこと尾木直樹さんが、子どもたちはSUICAなどの電子マネーカードを、「魔法のカード」だと思っているという話をしておられました。手元にお金が一円もなくても、そのカードを使えば、買い物だってできるし、ゲームの課金だってできるからです。しかも、いくらでも使えます。

もちろん、電子マネーカードは魔法のカードではありません。子どもが使った分は、親の銀行口座からしっかり引き落とされます。親が気づかないうちに子どもがゲームで課金して、何十万円も請求が来たなんて話も聞きます。これはネガティブな話です。

しかし、私たちもまた魔法のカードを持たされている子どものようなものかもしれません。ポジティブな意味で。目に見えるところには現金はほとんどないし、預金通帳の残高欄にもあまり大きな数字は載っていないかもしれません。そのため、決して余裕のある生活をしてはいないかもしれませんが、神さまは子である私たちの必要を満たしてくださいます。イエスさまは、そのことをこの奇跡によって、ペテロに、そして私たちに教えてくださいました。

聖書はこう約束しています。「また、私の神は、キリスト・イエスの栄光のうちにあるご自分の豊かさにしたがって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます」(ピリピ4:19)。

私たちが乏しさを感じるのはお金だけではありません。精神的なエネルギーが枯渇してしまう時があります。体力が追いつかない時があります。人を愛そうと思っても愛が湧き上がってこない時があります。そんなとき、今回の奇跡と、ピリピ書の約束を思い出しましょう。「うちの天のお父さんの口座には、使い切れないほどの残高がある」とつぶやいてみましょう。そして、神さまが必要を満たしてくださるよう祈りましょう。

2.神の子の責任

納税した理由

イエスさまは、自分には神殿税を払う義務はないとおっしゃいました。にもかかわらず、魚から手に入れたお金を使って納税なさいました。その理由を、イエスさまは「彼らにつまずきを与えないため」とおっしゃいました(27節)。どういうことでしょうか。

参考資料に書かせていただいたとおり、「つまずきを与える」とは、信仰者の言動によって、まだ十分信仰が成熟していない人や未信者が、神さまを嫌悪して離れるようになることを指します。
  • たとえば、クリスチャンである私が、いつも眉間にしわを寄せて文句ばかり言っていたとしたら、教会外の人は「クリスチャンになるとあんなふうになるんだったら、教会に近づかない方がいいな」と思うかもしれません。
  • あるいは、私が仕事で手抜きばかりしていたとしたら、真面目に働いている未信者は「罪が赦されるとか、そういう甘いことを言っているから、真面目に働かなくなるんだ」と、イエスさまの赦しの価値を値引いてしまうかもしれません。
イエスさまには神殿税を支払う義務はありませんでした。しかし、イエスさまが神さまの御子であり、やがて神の国の王として世界を統べ治められるということを知らない人々は、納税しないイエスさまを、ただの罪人だと判断するでしょう。イエスさまがモーセの律法を大切にして、神さまの従うきよい生き方をしなさいと教えても、イエスは罪人だと誤解してしまった人たちは、真面目に話を聞くはずありません。「どの口が言うんだ」というわけです。

イエスさまは、人々が誤解のために神さまの教えから離れてしまわないように、本当は義務のない納税をなさったのでした。

言動に注意しよう

以前、海外で行なわれたサッカーの国際試合で、試合後、日本人サポーターが自分たちの使った座席だけでなく、敵チームを応援していた人たちの座席周りのゴミ拾いをしました。それが現地のニュースに取り上げられ、彼らだけでなく、日本人全体が賞賛されましたね。

私たちは、普段の自分の言動に、もっともっと注意を払う必要があります。私たちは、一人一人が日本国を代表しているだけでなく、神の国も代表しています。私たちの言動が、イエスさまの印象に影響を与えます。ですから、
  • 確かに、クリスチャンはどんな罪も赦していただけます。だからといって、平気で悪いことを行なうのは良くありません。
  • 確かに、クリスチャンには社会の悪と戦う権威が与えられています。だからといって、相手を汚い言葉で罵ったり呪ったりするのは良くありません。
  • 確かに、クリスチャンには伝道して人を救いに導く栄誉が与えられています。だからといって、まだイエスさまを信じていない人を馬鹿にしたり、邪悪な人間呼ばわりしたりするのは良くありません。
  • 確かに、クリスチャンはそのままの姿で神さまに愛されています。だからといって、成長のために努力したり犠牲を払ったりするのを怠るのは良くありません。
  • そして、第一のポイントで学んだとおり、確かにクリスチャンは神さまによって必要を満たしていただけます。だからといって、無計画にお金を使ったり、遊びほうけて仕事を怠けたりするのは良くありません。
私が好きな箴言の中に、こんな一節があります。「朝早くから、大声で隣人を祝福すると、かえって呪いと見なされる」(箴言27:14 )。人を祝福するのは良いことですが、場所や時に配慮しないと、かえって相手に迷惑をかけてしまいますね。

罪人呼ばわりされても

イエスさまは、人をつまずかせないよう気を配られました。ところが、どうしても引けない問題に関しては、たとえ罪人呼ばわりされても、イエスさまは正しいことを主張したり行動したりなさいました。

たとえば、安息日に病人をいやすというようなことです。当時の常識ではこれは罪だと思われていましたが、イエスさまは安息日に病人をいやすことが神さまのみこころにかなうことだと知っておられましたから、安息日にいやしを行なわれました。

私たちも、たとえ周りの人たちから非難を浴び、仲間はずれにされ、「全くキリスト教はこれだからダメなんだ」と悪評を招くことになったとしても、それでも曲げてはならないことがあります。

ですから、知恵が必要です。これはどうしても妥協できないことだから、人にどう思われるかを考えなくていいことなのか、それともこだわらなくていいことだから、人にどう思われるかを気にした方がいいことなのか、それを判別するための知恵です。その知恵を神さまに求めましょう。

神さまは約束してくださっています。「あなたがたのうちに、知恵に欠けている人がいるなら、その人は、だれにでも惜しみなく、とがめることなく与えてくださる神に求めなさい。そうすれば与えられます」(ヤコブ1:5 )。 第1のポイントで学んだように、神さまが知恵が欠けている部分を、豊かに満たしてくださいます。

まとめ

私たちは神さまの子どもです。それはとんでもなく素晴らしい特権が与えられているということです。しかし、だからこそ、その特権を濫用することなく、イエスさまや聖書や教会やキリスト信仰の素晴らしさを発信できるような言動を心がけましょう。

あなた自身への適用ガイド

  • 今あなたが「自分には足りない」と感じているものは何ですか?
  • 無限の残高がある神さまの銀行口座からチャージできるカードを持っているとしたら、神さまはあなたの上記の欠乏を満たすために、何を求めますか?
  • 神さまによって欠乏が補われたという経験が、最近ありましたか?
  • 神の国の代表だということを強く自覚した場合、改めなければならないなと感じた言動や習慣は何ですか?
  • 現在、周りに何を思われても貫くよう、神さまから励まされていることがありますか?
  • 今日の聖書の箇所を読んで、どんなことを決断しましたか?

連絡先

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福島県須賀川市森宿辰根沢74-5

TEL 090-6689-6452
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