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礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

神のものは神に返しなさい

マタイによる福音書22章15節〜22節

(2018年5月13日)

参考資料

17節の「カエサル」(カイザル)は、ローマ皇帝の称号。この時の皇帝はティベリウス(テベリオ)。

19節の「デナリ」は、ローマ帝国内に流通していた銀貨で、1デナリは労働者1日分の給料に相当しました。

イントロダクション

イエスさまは、パリサイ人やヘロデ党の人たちとの議論を通して、「神のものは神に返しなさい」とおっしゃいました。これは、私たちの人生の究極の目的、何のために生きているのかということを示す言葉です。

1.ことばのわな

パリサイ派とヘロデ党

パリサイ人とヘロデ党の人たちが、一緒になってイエスさまを言葉の罠にはめようとしていました。
パリサイ人
パリサイ人というのは、ユダヤ教のパリサイ派に属する人という意味で、モーセの律法(神がイスラエルに与えられた命令)を熱心に守ろうとしたグループの人々です。

ところが、イエスさまの時代にはこれが行き過ぎて、モーセの律法に書かれていないような膨大な数の規則を作って、それを守るよう民衆に教え、かえって律法の精神をないがしろにしてしまっていました。そして、非常に偽善的な態度が目についたため、イエスさまは彼らを非難なさいました。今回の箇所の直前もそうです。

カエサルへの納税に関しては、ローマが異教の国であり、しかも皇帝が自らを神格化していたため、消極的反対の立場を取っていました。つまり、熱心党のように反逆行為まではしないけれど、おもしろくないという立場です。
ヘロデ党
イエスさまが誕生した時代、イスラエルはイドマヤ人(エドム人)であるヘロデ大王が統治していました。それをローマ帝国が認めていたのです。大王の死後は、3人の息子が分割統治することになりました。エルサレムがあるユダヤ地方は長男アルケラオ(アケラオ)に与えられましたが、あまりにも残酷だったため、すぐに退位させられ、ローマから派遣される総督によって治められることになりました。

ヘロデ党は、ユダヤ地方を再びヘロデ王家に治めさせることを願う人々です。その願いが実現するためには、ローマ帝国と良好な関係を作り上げる必要があります。当然カエサルへの納税については賛成の立場でした。

両派の協力

政治的には水と油の両派ですが、イエスさまへの反感という点では一致していました。

パリサイ派は、イエスさまがユダヤの伝統的な宗教的決まり事をないがしろにしていると感じていました。そして、もしもイエスさまの教えによって、ユダヤの民が惑わされでもしたら、ユダヤの国はいつまでも神さまからの救いをいただくことができないと考えたのです。下手をすれば、先祖たちがモーセの律法を無視し続けた結果、アッシリアやバビロンによって国が滅ぼされたようなことが起こりかねません。

ヘロデ党は、ローマ皇帝の機嫌を損ねることを何よりも恐れていました。イエスさまが自分を王だなどと言いだし、帝国に反旗を翻したりすれば、巻き添えを食って、国そのものが滅ぼされてしまうかもしれないと考えたのです。

つまり、「イエスを放っておいたら、国が滅びる」という点では、両派の考えは一致していたのですね。ですから、協力してイエスさまを罠にかけようとしたわけです。

罠の中身

では、「ことばのわな」とはどんな罠なのでしょうか。
  • もし、イエスさまが税金を納めることが律法にかなっている(つまり、神さまのみこころだ)と明言すれば、ローマを憎んでいる群衆の怒りを買い、人気を落とすことになります。
  • 逆に、律法に反しているから税金を納めるなと言えば、ローマに対する反逆者として訴えることができます。
つまり、どちらに答えても困るような質問をしたのです。

しかし、イエスさまは引っかかりませんでした。AでもBでもない、第三の答えをなさいました。「カエサルのものはカエサルに、神のものは神に返しなさい」と。

それはこういう意味です。「カエサルがこの地を治めているわけだから、国民の義務として納税しなさい。しかし、それは自分の信仰を売り渡すことではないから安心しなさい。神さまへの信仰は、『神のものを神に返す』という方法で表すことができるのだから」。

2.神のものとは

神のもの=あなた

では神のものとは、何でしょうか。それは、あなた自身のことです。

私たちは、神さまによって、造られました。そして、私やあなたが持っているもので、神さまによって造られなかったものは何もありません。だから、あなたのいのちも、あなたの持っているものも、すべて「神のもの」なのです。
肖像
カエサルが統治するローマ帝国のコインには、カエサルの肖像(イメージ)が刻み込まれていて、これがカエサルのものであることを主張しています。

それと同じように、私たちは、ただ神さまによって造られただけでなく、神さまのかたち(イメージ)に造られています。「神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された。」(創世記1:27)。

神さまは決して間違いを犯しません。ですから、あなたはすばらしい神さまの作品です。まして、あなたは神さまに似せて造られています。だから、他の人やあなた自身がどう評価しようとも、あなたはすばらしい存在なのです。あなたが神のものだというのはそういうことです。
また、ローマ帝国のコインには、カエサルの名が刻まれていて、これがカエサルのものであることを主張しています。

それと同様に、私たちには神さまの名が刻まれています。「もはや、のろわれるものは何もない。神と子羊の御座が都の中にあり、神のしもべたちは神に仕え、御顔を仰ぎ見る。また、彼らの額には神の御名が記されている」(黙示録22:3-4)。そして、クリスチャン(キリストにつく者という意味)という呼び名の中にも、キリストの名が含まれています。ですから、私たちは神さまのものです。

買い戻されたもの

聖書は、私たちがイエス・キリストによって救われたと教えています。そして、その救いのことを「あがない」と表現しています。あがないとは「買い戻す」という意味です。

私たちは神さまによって造られたものですが、神さまの元を離れてしまいました。私たちは心のどこかで、「神なんかいらない。私は自分の好き勝手に考え、感じ、行動したい」と思っています。この自己中心を罪といいますが、罪の結果、私たちは神さまから切り離されているのです。神さまから見れば、私たちは失われた宝物、家からいなくなってしまった子どものようなものです。

神さまは、私たちを愛しておられるので、私たちが失われたままであることに耐えられず、私たちを買い戻してくださいました。私たちを買い戻すために、神さまはイエス・キリストの尊い命を代価として支払ってくださいました。

あなたは神さまに買い戻されました。だからあなたは神さまのものです。そして、神さまは、あなたに、イエスさまのいのちを支払っても惜しくないほどの価値があると考えておられるということです。あなたは神のものであって、神さまが最高の価値を見出した宝物です。あなたが神のものだというのは、そういう意味です。

3.神に返すとは

神のために生きる

私が大学4年生の時、教会に来た宣教師がメッセージでこう語りました。「あなたが医者になるとしても、政治家になるとしても、教師になるとしても、牧師になるとしても、宣教師になるとしても、会社員になるとしても、専業主婦になるとしても、神さまのためにその仕事に就き、生きるのでなければ、何の価値もありません」。当時、教師になることが決まっていた私は、改めて自分の人生の目的を見つめ直しました。

その結果、私は牧師になることを決意しました。しかし、イエスさまがおっしゃる「神のものは神に返せ」というのは、必ずしもフルタイムの伝道者になれという意味ではありません。神のものとはあなた自身ことです。あなたのいのち、能力、時間、知恵、体力、お金、仕事……あなたの持っているすべてのものです。それを神さまに返しなさいというのは、神さまのためにあなたの持っているすべてのものを使いなさいという意味です。

神の栄光を現す

「あなたがたは、食べるにも飲むにも、何をするにも、すべて神の栄光を現すためにしなさい」(第1コリント10:31)と、聖書は教えています。神のために生きるとは、神の栄光を現すということです。

神の栄光を現すとは、「神さまのすばらしさが、自分にも他の人にも、もっともっと分かるようにすること」です。

あなたが何かをする、本を読むとか、ご飯を食べるとか、話をするとか、何かを買うとか、何でもいいですが、何かをしたときに、自分自身や周りの人が「神さまってすごいなあ」「神さまってすばらしいなあ」「神さまって、愛にあふれたお方だなあ」「もっと神さまのことを知りたいなあ」と思うようになるということですね。そういう行動を選びなさいと、聖書は教えています。

自分や他人を大切にする

先ほど、第2のポイントで、私たちは神さまのすばらしい作品であり、イエスさまのいのちと引き替えにあがなわれたすばらしい価値のある存在だということを学びました。

私たちを造ってくださり、あがなってくださる神さまのすばらしさを、自分や他の人に明らかにするにはどうしたらいいでしょうか。それは、自分が神さまに造られ、愛されていることを認め、喜び、神さまが自分を大切にしてくださっているように、自分自身を大切にすることです。

また、他の人も神さまの作品であって、大切な宝物なんだということを認めて、それをその人に伝え、その人のことを宝物のように扱うことです。

神さまが自分や他の人を大切にしてくださっているのだということを自分や相手に伝え、また自分も自分自身や他の人を大切にする。それをあなたの持っているもの、あなたにできることで実行すること。それが、神のものを神に返す、神の栄光のために生きるということです。

他の人と比較する必要はありません。あなたにできることから始めましょう。

あるおばあさんは、以前は不平不満が多く、いつも愚痴や他の人の悪口を言っていました。しかし、クリスチャンになって数年たつうちに、すっかり人が変わったようになり、口を開くと、神さまや人に対して「ありがとさん」というふうに感謝の言葉が出てくるようになりました。

ご家族も茶飲み友だちも、このおばあさんと一緒にいることが楽しく、またあこがれるようになりました。そして、おばあさんを変えた教会というところに行ってみようということで、一人また一人と礼拝式に参加するようになりました。

あなたには何ができるでしょうか。それを探して実行しましょう。そして、あなたもあなたの周りの人たちも、もっともっと神さまに感動し、感謝し、喜びや希望に満たされましょう。あなたはそのために造られ、生かされています。

まとめ

1866年5月2日、中国の奥地で伝道していた宣教師、ハドソン・テーラーは、イギリスで宣教報告会を開きました。テーラー師の報告の後、恒例によって司会者が「先生の働きのために献金しましょう」と、会衆に促そうとしました。

しかし、テーラー師はそれを押しとどめていいました。「私の願いは、皆さんが神さまの働きに責任を負ってくださることです。お金を援助しようという皆さんのお気持ちは、とてもうれしく思います。けれども、私の望んでいるのは、皆さんがそれぞれの家にお帰りになった後、神さまが皆さんに何をさせようとしているか、神さまに尋ねていただくことです」。

皆さんも神さまに尋ねてみましょう。「神さま。私に今、何をお望みですか?」 そんなふうに毎日、いや一瞬一瞬尋ねながら生活しましょう。

あなた自身への適用ガイド

  • あなたは、自分が、神さまのお墨付きのすばらしい存在だということを認めることができますか? もしすばらしくないなら、どこがどうすばらしくないと思いますか?
  • そのすばらしくないという点について、神さまはどう評価なさるでしょうか。
  • 自分をもっと大切にするとは、具体的にどうすることでしょうか。
  • 他の人をもっと大切にすると言われたとき、誰に何をするように、神さまに促されましたか?
  • 神さまは、あなたに今、どういう生き方をしてもらいたいと思っておられるでしょうか。
  • 今日の聖書の箇所を読んで、どんなことを決断しましたか?

連絡先

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