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礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

マケドニア人の幻

使徒の働き16章6節〜10節

(2018年12月2日)

参考資料

6節の「アジア」は、小アジア(今のトルコ)の中の、南西部の地域。エペソなど、黙示録に出てくる7つの町がありました。「フリュギア」と「ガラテヤ」は、小アジア中央部の地方。7節の「ミシア」と「ビティニア」は、いずれも小アジアの北方の地域。パウロたちは、ピシディアのアンティオキアから西に向かうことを聖霊さまに禁じられたので、北に向かったということです。

7節の「イエスの御霊」は、聖霊さまのこと。

8節の「トロアス」は、小アジア北西部にある港町。

9節の「マケドニア」は、今のギリシアの北部地域。ピリピやテサロニケなどの町がありました。なお、アテネやコリントのあるギリシア南部はアカイアと言います。

イントロダクション

人生には、物事が計画通りに進まなかったり、邪魔が入ったり、自分で失敗したりして、行き詰まってしまうことが起こりますね。実は、それに上手に対応すると、その先に大きな祝福が待っています。では、どう対応したらいいのでしょうか。

1.神による介入

御霊によるストップ

パウロたち一行は、第一回伝道旅行で訪問した町々を再訪問して、信徒たちを指導するという目的を達成しました。そして、さらに西方のアジヤ州に足を伸ばして伝道しようとしました。そこにはエペソという大きな町があり、ユダヤ人もたくさん住んでいたため、伝道に最適だと考えたからでしょう。

ところが、それを聖霊なる神さまに禁じられてしまいます。具体的にどういう方法で止められたのかは分りませんが、とにかくパウロたちは、自分たちの計画が聖霊さまによって禁じられたと認識しました。そこで、北方のビティニア州に進もうと計画を変更しましたが、それも禁じられてしまいます。

パウロたちの当初の計画をストップしたのは、聖霊さまでした。すなわち、パウロたちの伝道旅行が計画通りに進んでいかなかったのは、背後に神さまの意志が働いていたからだということです。

神には計画がある

聖書の神さまは、行き当たりばったりに行動なさる方ではありません。明確な意図を持ち、計画を立て、それに従って行動なさいます。そして、それは、私たちを幸せにするための意図であり、計画です。

昔、イスラエルの民は神さまから心が離れてしまい、偶像礼拝に陥ったり、道徳的に大敗したりして、神さまの命令を無視し続けました。神さまはたびたび預言者を送って悔い改めを勧めますが、イスラエルは悔い改めようとしませんでした。その結果、イスラエルの国はバビロニア帝国によって滅ぼされ、多くの民がバビロンの都に捕囚されていきました。その捕囚の民に向かって、神さまは預言者エレミヤを通して、次のように語りかけておられます。

「わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている──【主】のことば──。それはわざわいではなく平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ」(エレミヤ29:11)。

国が滅びるというとんでもない不幸を味わったイスラエルの民に、神さまは平安と将来と希望を与える計画を立てていると宣言しておられます。

先にあった祝福

パウロたちも、当初の計画が行き詰まってしまいました。しかし、そこにはパウロたちだけでなく、世界人類にとっての祝福が用意されていました。

パウロは、トロアスでマケドニア人の幻を見、福音がマケドニアに渡ることになりました。それにより、この後福音がギリシア、ローマ、スペイン、さらにはヨーロッパ全土へと広がっていくことになるのです。

また、トロアス付近で、使徒の働きの著者であるルカが、一行と出会い、その後の旅に加わりました。その証拠は、それまでは主語が「彼ら」と書かれていたのに(たとえば6節)、10節からは「私たち」に変わっていることです。ルカは、パウロと出会い、行動を共にしたことで多くのことを学び、それが後にルカの福音書と使徒の働きを生み出す土台となります。これもまた大きな祝福です。

私たちは、計画が思い通りに進まなかったり、邪魔が入ったり、自分で失敗だと思うようなことをしてしまったりして、物事が行き詰まったときには、私たちを愛し、幸せへと導こうとする神さまのみこころが働いている、ということをこの箇所から学ぶことができます。

では、それを知った私たちは、物事が行き詰まったとき、どういう態度を取ればいいのでしょうか。

2.正しい問いをする

私たちは問われている存在

神さまは全知全能なのですから、私たちが傲慢や準備不足のせいで失敗したり、外から邪魔が入ったりすることがないよう、そして物事がうまく進んでいくように状況を整えることがおできになったはずです。それをなさらなかったということは、神さまに何か積極的な意図があったということです。

そして、その意図は、私たちを祝福し、あるいは私たちを通して回りに祝福を与えるということです。

知的障がいのお子さんを持つお母さんの話を聞きました。お子さんの世話に疲れ果て、時々「どうしてうちの子は障害を持って生まれてきたの?」と思ったりもしたそうです。

そんなある日、お母さんは同居している自分の母親とケンカをしてしまい、家庭内が険悪な雰囲気になってしまいました。ところが、この子は一緒になってピリピリしたり、びくびくしたりせず、ニコニコしながら「お母さん、おばあちゃん、お休みなさい」とあいさつしました。すると、二人とも気が抜けて、穏やかな気持ちを取り戻したのです。

「ああ、この子がいるから、私たちは幸せに暮らすことができるんだ。この子は、神さまが与えてくださった宝物なんだ」と、このお母さんは思わされたそうです。

行き詰まったり、失敗したりしたとき、私たちは「どうしてこんなことに?」と自問します。あるいは神さまに対して「どうしてこんなことをなさるのですか?」「どうして助けてくださらないのですか?」と問うかも知れません。

しかし、実は私たちの方が、神さまから問われているのです。「わたしは、あなたを必ず幸せの方向に導いていく。そのためには、この行き詰まりがなければならなかったのだ。あなたを幸せにするというわたしのことを信頼しますか? 信頼しませんか?」

「はい、もちろん信頼します」とお答えしましょう。

宝探しの質問

特に私たち日本人は、そういう教育を受けてきたせいか、「ダメなところを見つけて、直す」という発想をしがちです。しかし、神さまが私たちのために、あえて行き詰まった状況を許可されたのですから、その状況の中にある積極的な部分、良い部分を探してみましょう。

ある教育の専門家は、「問題児」と言われる子どもの問題行動は、全行動のうちのわずか2%に過ぎないと言っています。しかし、親や教師は、そこにばかり注目してしまいがちですね。でも、98%は健全な行動なのです。もっとそこに注目してみましょう。

他人だけでなく、自分自身や、置かれている行き詰まった状況に対しても、です。何か宝物がないかと、考えるのです。探せば、きっと見つかります。「探しなさい。そうすれば見出します」(マタイ7:7)。

そして、その宝を見つけ出すために、正しい質問を自分に投げかけましょう。
正しくない問い
それは「何がおかしいのか?」「いったい誰が悪いのか?」というような、問題点に目を向け、犯人捜しをするような問いです。宝探しでなく、あら探しですから、なかなか神さまが用意してくださった宝物に到達できません。
正しい問い
それは「どんな良い部分があるだろうか?」「ここから何が学べるだろうか?」「どんな良いことにつながる可能性があるだろうか?」というような宝探しの質問です。

未来指向の質問

あるいは、どんなに現状が残念でも、苦しくても、それでも「今自分にできること」に注目するような質問を自分に投げかけましょう。

パウロたちは、一つの道が閉ざされたとき、そこで立ち止まらず、「この地域がダメなら、こちらの地域に行って伝道できる」と考えて、新たな伝道計画を立て、実践しました。それも閉ざされても同じ事をしました。そうしてトロアスの港に到着し、そこで幻を見せられ、新たな方向性を示されることになります。

私たちも、物事がうまくいかないとき、それを嘆くことに時間とエネルギーを費やすのではなく、「今この状況で、自分にできることは何だろうか?」「同じ失敗をしないために、できることは何だろうか?」「この経験をした自分だからこそできることは何だろうか?」と自分に尋ねてみましょう。

先ほど紹介した、知的障がいのお子さんを持つお母さんの話です。かつては、お子さんのゆっくりした行動を黙って見ていられず、あれこれと手を出していたそうです。

しかし、この子は神さまが我が家に与えてくださった宝物だということに気づかされたとき、できないことに目を留めて直そうとし、イライラするのではなく、すでにできていることに目を留めて喜ぶようにしなければならないと考えました。すると、イライラしなくなったし、毎日が楽しくなりました。

そして、「すぐに手を貸さずに、自分でやり遂げるのを待つ」ということを始めました。すると、今まで以上にお子さんの成長が早まったといいます。

あなたは神さまからどんな行動を期待されているでしょうか?

祈り求めよう

そして、神さまに「この行き詰まった状況の中に働いている、あなたのみこころを、どうぞ私に教えてください。あなたがすでに用意しておられる宝がどこにあるのかを教えてください」と祈りましょう。

あなたは最近、物事がうまく進まなくてイライラしたり、失敗して落ち込んだりしませんでしたか? であれば、神さまに祈りながら、自分に質問してみてください。
  • あなたはそこから何を学びましたか?
  • その経験をしたおかげで、あなたが良い方向に変わったことは何ですか?
  • 失敗だと思えることの中で、できたこと、良い面は何ですか?
  • その経験をしたあなただからこそ、これからできることは何ですか?

まとめ

物事が思い通りに行かなかったり、失敗したりしたときは、いたずらに状況や自分を責めたり、神さまに文句を言ったりするのではなく、私たちを幸せにしようとする神さまのみこころについて考える機会としましょう。

あなた自身への適用ガイド

  • 最近、物事がうまくいかなかったり、失敗してしまったりしたことがありますか?
  • 停滞や失敗を通して、かえって祝福を刈り取ったり、成長したりしたという経験が今までにありましたか?
  • 今、あなたが経験している行き詰まりや失敗の中で、肯定的な面が何かありませんか?
  • 「正しくない問い」を最近自分にしませんでしたか? それを「正しい問い」に修正したら、何か気づきますか?
  • その気づきを行動に移すとしたら、どんなことをすればよいでしょうか。
  • 今日の聖書の箇所を読んで、どんなことを決断しましたか?

連絡先

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TEL 090-6689-6452
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