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礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

神の大逆転

ミカ書5章1節〜4節

(2018年12月23日)

参考資料

1節の「娘」は、象徴的に用いられる場合には、町やその住民、あるいは国やその国民を指します。シオンの娘=エルサレムあるいはユダヤ人、モアブの娘=モアブ人、など。

1節の「イスラエルをさばく者」とは、人間の王のこと。1節は、イスラエルが軍隊の攻撃を受け、指導者が辱められるという預言です。この預言は、南王国ユダがバビロニア帝国に滅ぼされたときに実現しました。ユダの王ゼデキヤは、足かせをはめられてバビロンの王ネブカデネザルの前に引き出され、目の前で息子たちを殺された上、両目を潰されました。

2節の「エフラテ」は、エルサレムの南8キロの所にあるベツレヘムの別名(創世35:19など)。実は、ナザレの北西11キロの所にもベツレヘムという名の村があって(ヨシュア19:15)、そこと区別するために「ベツレヘム・エフラテ」と呼ばれています。

3節の「産婦が子を産む」とは、大きな苦しみがあるけれど、それが終わって大きな喜びの時がやってくることを表しています。

イントロダクション

本日はクリスマス礼拝です。2000年前にイエスさまが誕生なさったことを記念してお祝いする日です。実際には、12月25日が誕生日なのかどうかは、聖書には記されていませんが、キリスト教会は伝統的にこの日にお祝いしてきました。

そして、今日のクリスマスメッセージのテーマは、大逆転です。イエスさまは、あなたに人生の大逆転をもたらしてくださいます。そのことをクリスマスの物語、特にミカ書の預言から確認しましょう。

1.クリスマスの物語

イエスの誕生

イエスさまの誕生は、紀元前6年か7年のことです。イスラエルのガリラヤ地方にあるナザレという村に住んでいたマリアという女性は、ヨセフと婚約していました。あるとき天使がマリアの前に現れ、あなたは聖霊なる神さまの力によって妊娠し、男の子を産むと告げました。そして、天使は、その子こそ聖書が登場を約束していた救い主キリストだと語ります。

婚約者のヨセフは、最初マリアが浮気をしたのだと思い悩みますが、天使が現れて事情を説明したので、マリアと結婚しました。

子どもが生まれる直前、ローマ皇帝の命令によって、人口調査が行なわれました。そして、ユダヤ人も、それぞれ先祖の出身地で登録をしなければならなくなりました。そこで、ヨセフはマリアを連れてベツレヘムに向かいました。ベツレヘムでは宿がいっぱいだったので、町の外にある家畜小屋(といっても建物ではなく、洞窟です)で休むことになりました。そして、そこでマリアは男の子を出産しました。これがイエスさまです。

イエスさまが誕生したとき、天使たちがベツレヘム郊外で野宿していた羊飼いたちの所に来て、救い主誕生を知らせました。羊飼いたちは、お告げに従ってヨセフ一家がいる洞窟を探し当て、イエスさまを礼拝しました。

2年後の出来事

それから2年後、ヨセフ一家はそのままベツレヘムで暮らしていました。すると、東の方、今のイラクあたりから博士たちがエルサレムにやってきました。よく絵や置物では博士の数は3人ですが、別に人数は書かれていません。彼らは、天文学と星占いの学者でした。そして、ユダヤ人の王、すなわち救い主が誕生したことを、不思議な星を観察して知ったので礼拝しにきたのだが、その方はどこにおいでかとエルサレムの人々に尋ねました。

その言葉は、ローマ帝国から委任されてイスラエルを治めていた、ヘロデ大王の耳に届きました。この人はユダヤ人ではなく、イドマヤ人(イサクの子でヤコブの兄であるエサウを先祖とするエドム人のこと)で、ユダヤ人たちに人気がありません。そこで、救い主が誕生したら、自分の地位が危なくなると考えました。

ヘロデ大王という人は、とても疑り深い性質で、自分の地位を守るためなら、政治的な敵はもちろん、妻や子どもまで殺しています。ですから、救い主も殺してしまおうと考えました。

そして、ユダヤの聖書学者たちに、救い主誕生の場所を尋ねました。学者たちはすぐに「ベツレヘムです」と答えます(マタイ2:5-6)。それは、700年前に活躍していた預言者ミカが、そのことを預言していたからです。「ベツレヘム・エフラテよ、あなたはユダの氏族の中で、あまりにも小さい。だが、あなたからわたしのためにイスラエルを治める者が出る。その出現は昔から、永遠の昔から定まっている」(ミカ5:2)。

ヘロデ大王は、東方から来た博士たちからも、救い主の星が2年前に出現したことを聞き出して、今救い主は2歳になっているということを知りました。そんなことを知らない博士たちは、星に導かれてヨセフ一家が住んでいた家を探し当て、イエスさまに黄金、乳香、没薬をささげ、礼拝しました。

ヘロデ大王は兵士たちをベツレヘムに使わし、2歳以下の男の子を皆殺しにしてしまいました。当時のベツレヘムの人口が300人から1000人ほどだと考えられていますから、20人から30人ほどの幼児が犠牲になったと思われます。

しかし、イエスさまは、あらかじめ神さまがヨセフに夢で危険を知らせ、エジプトに逃れるように命じていたため、命を落とすことがありませんでした。博士たちがくれた宝物は、エジプトでの生活費として役立ったことでしょう。

ミカの預言

ここで、ミカの預言を改めて読んでみましょう。5:2は救い主を預言している箇所ですが、その前の4つの章は、バビロン(バビロニア帝国)によってイスラエルの南ユダ王国が滅ぼされるということを預言しています。

そして、5:1で「今、軍勢をなす娘よ、勢ぞろいせよ。包囲網が私たちに対して設けられた。彼らは、イスラエルをさばく者の頬を杖で打つ」と言われているように、バビロンによる攻撃の結果、多くのユダヤ人がバビロンの都に捕らえ移され(バビロン捕囚)、南王国の王ゼデキヤも捕らえられて、ひどい辱めを受けることになります。これは、歴史的には、紀元前586年にエルサレムが破壊されたことで実現しました。

しかし、2節にあるように、ユダヤ人のまことの王である救い主がやがて誕生します。その誕生は、イスラエルに危機がやってくるから、突然決められたことではなく、永遠の昔から決められていたことだとミカは言います。

そして、3節「それゆえ、彼らはそのままにしておかれる。産婦が子を産む時まで。そのとき、彼の兄弟のほかの者はイスラエルの子らのもとに帰る」。その救い主は、まるで女性がつらいつわりや陣痛を乗り越えて出産し、大きな喜びを体験するように、ユダヤ人に苦しみの後に喜びをもたらします。バビロンの都に捕らえ移されていたユダヤ人を、故郷に帰らせてくださいます。これもまた、紀元前539年にペルシャのキュロス王がバビロンを滅ぼし、ユダヤ人が故郷に帰ることを許可してくれたことで、歴史的に実現しました。

それから4節「彼は立って、【主】の力と、彼の神、【主】の御名の威光によって群れを飼う。そして彼らは安らかに住まう。今や彼の威力が、地の果ての果てまで及ぶからだ」。この救い主は、イスラエルだけでなく全世界を治めます。そして、本当の平和をもたらしてくれます。

しかし、この4節の預言はまだ実現していません。イスラエルの国は、バビロンから帰ってきた後も、たびたび外敵によって攻撃されたり、征服されたり、国そのものを失ったりしてきました。現在も約束の地にイスラエル共和国が存在しますが、とても平和とは言えない状況です。

この4節の預言は、世の終わりの時代、もう一度イエスさまが地上に帰ってこられたとき、すなわち再臨なさった時に実現します。そして、その平和や喜びは、ユダヤ人だけでなく、全人類にも及びます。もちろん私やあなたにもです。

では、ミカの救い主誕生の預言から、すでに救い主をお迎えした私たちが、どのようなことを信じればいいか学びましょう。それは、イエスさまは、大逆転の神だ、ということです。

2.大逆転の神を信じて生きよう

小さい者が用いられることを信じる

2節で神さまは、わたしのためにイスラエルを治める者が出る」とおっしゃいました。

確かに神さまはイスラエルを助けると約束なさいました。私たちにも平和を与えると約束してくださっています。しかし、それは神さまご自身のためだとおっしゃいます。神さまの栄光、神さまの素晴らしさが明らかになるためです。

神さまのやり方は、小さなもの、取るに足りないもの、ダメにしか見えないものを用いて大きな事をなさるということです。たとえば、
  • 神さまの救いのご計画のために選ばれた民族は、もともと大きな人口を誇る民族ではなく、子どもも土地もない一人の遊牧民アブラハムと、彼から生まれたユダヤ人でした。
  • イスラエルが外国に侵略されたとき、これと戦うよう神さまに選ばれたリーダーは、臆病な若者ギデオンでした。そして、彼と共に戦う兵士たちを神さまは次々とお返しになり、最後に残ったのはたった300人でした。しかし、彼らを通してイスラエルは敵を追い払うことに成功します。
  • ペリシテ人の3メートル近い戦士ゴリアテを倒したのは、まだ少年だった羊飼いダビデでした。
そして、神さまは、救い主の誕生の地を、たくさんの人が住んでいる首都エルサレムではなく、人口300人、多くても1000人ほどの小さなベツレヘムの村に選ばれました。

神さまが小さなものを用いて大きな事をなさるのは、人が人を誇りにするのではなく、神さまをほめたたえるようになるためです。

神さまを信じる私たちは、たとえ自分自身が小さくても、弱くても、貧しくても、多くを持っていなくても、大きな事を行なうことができると信じることができます。期待しましょう。神さまが、小さな私たちを用いて、素晴らしいことを行なってくださり、私たちが神さまの素晴らしさを実感として味わい、心からほめたたえることができるということを。

苦しみが喜びに変わることを信じる

私たちの信じるイエスさまは、大逆転の神です。イエスさまを信じれば、苦しみも悲しみも一切なくなるというわけではありません。しかし、その苦しみは苦しみで終わることはありません。必ず平安、喜びがやってきます。それどころか、その苦しみが祝福の種にさえなります。

先日、ネットを見ていたら、知り合いがメールマガジンを発行していることを知りました。彼とは、20年ほど前に別の教会を訪問したときに出会いました。彼はずっと不登校で、生きる意味が分らず苦しんでいました。しかし、お母さんが教会に助けを求めたことがきっかけで、彼もイエスさまと出会います。そして、イエスさまと教会の人たちから温かい関わりと励ましを受けながら、生きる意味と生きる力を与えられ、少しずつ立ち直っているところでした。

今、この時の経験を生かして、不登校の子どもを抱える保護者向けに、様々な文書を書いたり、カウンセリングをしたりしているそうです。また、その働きをするためにビジネスのやり方を学んだおかげで、不登校やニートの青年たちを巻き込んでビジネスを行ない、社会との関わりを手助けしているとのこと。不登校という苦しみを、すっかり宝に変えている姿を見て感動しました。そして、彼に大逆転を与えてくださったイエスさまをほめたたえたことです。

今、苦しみを味わっていますか? とても喜べないと思います。しかし、あえて神さまに感謝しましょう。素晴らしいことがこの苦しみを通して始まろうとしているからです。

罪の完全な赦しを信じる

そして、大逆転の神さまは、私たちのうちにある罪でさえも解決なさいます。ここで言う罪は、私たち日本人が普通にイメージする罪とは違います。聖書が言う罪とは、神さまを神さまとして尊重せず、信頼せず、従わないことです。「困ったときの神頼み」のように、都合のいいときだけは神さまを利用しますが、普段は無視し、自分の思うとおりに生きようとする自己中心です。

神さまは正義の神ですから、本当は罪人である私たちは神さまからさばかれ、捨てられ、永遠に滅ぼされても仕方がありません。しかし、この希望のない立場に大逆転が訪れました。

イエスさまご自身が、当時のほとんどのユダヤ人たちから救い主だと信じてもらえず、信じたわずかな弟子たちにも見捨てられ、十字架に付けられて殺されました。しかし、大逆転が起こります。十字架のおかげで私たちの罪は赦され、神さまの子どもにしていただくことができるようになりました。イエスさまが、身代わりに罪の罰を引き受けてくださったからです。そして、イエスさまは3日後に復活なさり、今は天にいて、父なる神さまに私たちが神さまの子どもとして祝福されるよう取りなしてくださっています。

あなたの過去の過ちはすべて赦されています。あなたの弱さはすべて赦されています。あなたの不完全さはすべて赦されています。それどころか、大切な子どもとしてあなたは神さまに愛されています。

信じましょう。どんなときでも、神さまの愛はあなたから離れることはありません。

まとめ

イエスさまは、あなたに人生の大逆転をもたらしてくださいます。

あなた自身への適用ガイド

  • 小さい者が大きく用いられたという例が、あなた自身やあなたの周りでありませんでしたか?
  • 問題が、後で大きな祝福の元になったという例が、あなた自身やあなたの周りでありませんでしたか?
  • あなたはイエス・キリストによる罪の赦しを信じましたか? 信じたのであれば、いつどのようにして信じましたか?
  • これだけは赦されていないと感じる過ちが何かありますか? 聖書はそれに対してなんと教えていますか?
  • 今日の聖書の箇所を読んで、どんなことを決断しましたか?

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