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礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

大伝道者アポロの作り方

使徒の働き18章23節〜28節

(2019年1月20日)

参考資料

パウロの第二回伝道旅行が終わり、しばらくして第三回伝道旅行が始まったところです。「パウロはアンティオキアにしばらく滞在した後、また出発し、ガラテヤの地方やフリュギアを次々に巡って、すべての弟子たちを力づけた」(23節)。この伝道旅行は、紀元53〜58年にかけて行なわれました(第一回が47-49年、第二回が49-52年)

23節の「アンティオキア」は、シリアの地中海沿岸にあった都市。パウロはここにあった教会の指導者の一人で、ここから伝道旅行に遣わされました。「ガラテヤ」や「フリュギア」は小アジア(今のトルコ)の内陸部地方。

24節の「アレキサンドリア」は、エジプト北部にあったローマ帝国第2の都市。優れた大学があり、ローマ世界の中の、文化・芸術の中心地の一つでした。たくさんのユダヤ人が住んでおり、アポロもその一人でした。「エペソ」は、小アジア西部の都市で、小アジアで最も栄えた町でした。

25節の「ヨハネ」は、バプテスマのヨハネのこと。

26節の「プリスキラとアキラ」は、コリントでパウロの生活と伝道活動を支えた夫婦。アキラが夫でプリスキラが妻です。二人はパウロと同じテント職人でした。パウロがコリントを離れる時にエペソまで同行し、パウロが去った後もそこに留まりました。

27節のアカイアは、ギリシャ南部の地域。中心都市はコリントです。

イントロダクション

先日、「奇跡のレッスン」というテレビ番組を見ました。横須賀総合高校の女子ソフトボール部は、決して弱いチームではありませんが、今一歩のところで勝利を逃していました。そこに、かつてアメリカ代表でピッチャーを務めた名選手、ミッシェル・スミスさんがやってきて彼女たちを指導します。短期間の指導ながら、彼女たちは技術的にも精神的にも大きく成長し、指導後に行なわれた2回の試合では、いずれも勝利を収めました。

また、今期の大学ラグビー選手権で優勝した、明治大学ラグビー部についての番組も見ました。明治はこれまで何度も優勝を経験している強豪ですが、最近はずっと低迷を続けており、今回の優勝はなんと22年ぶり。チームを再建したのは、最後の優勝時に選手だったOBの田中澄憲(きよのり)監督でした。

良い指導者との出会いは、人生にとって大きな幸いです。今回登場するのはアポロという伝道者です。彼は、エペソでプリスキラとアキラの夫婦と出会います。彼らのおかげで、アポロはさらに優れた伝道者となりました。

私たちも、たとえ指導者という地位にいなかったとしても、親や先輩や友人として多くの人たちに接します。私たちが接する人たちが持ち味をどんどん伸ばしていけるような、そんな関わりができる存在になりたいですね。そのためには、どんなことに注意すればいいのでしょうか。プリスキラとアキラから学びましょう。

1.アポロへの関わり

これまでの経緯

前回まで、パウロの第二回伝道旅行について学んできました。パウロ、そして同労者であるシラスとテモテは、コリントで2年半にわたって伝道活動を行ないました。

それからパウロたちは、コリントで出会ったプリスキラとアキラの夫妻と一緒にコリントを離れ、小アジアに渡ってエペソに到着します。そして、エペソでアキラ夫妻と別れ、イスラエルへと戻っていきました。そして、1年後にパウロは第三回伝道旅行に出発します。

一方、アキラたちはそのままエペソに留まっていました。

アポロによる伝道

アキラたちがエペソにいた時、アポロというユダヤ人がやってきます。アポロについてはこのように書かれています。「この人は主の道について教えを受け、霊に燃えてイエスのことを正確に語ったり教えたりしていたが、ヨハネのバプテスマしか知らなかった」(25節)。

主の道とは、キリスト教のことです。彼はクリスチャンになっていました。そして、イエスこそ旧約聖書が登場を約束している救い主(キリスト、メシア)だと人々に教えました。しかし、「ヨハネのバプテスマしか知らなかった」のでした。

この時から数えて30年近く前、バプテスマのヨハネが現れて、ユダヤ人に向かって神さまの言葉を語りました。彼が教えたのは、旧約聖書が約束している救い主がまもなく来られるということと、その方をお迎えするために罪を悔い改めなければならないということでした。そして、悔い改めのしるしとして、ヨルダン川で水中に体を沈めるバプテスマを授けていました。また、イエスさまを指して、あの方こそ救い主だと宣言しました。

エペソにやってきたアポロは、ユダヤ人の会堂に行き、バプテスマのヨハネが教えたことを大胆に宣言しました。そして、アポロ自身がクリスチャンになっていたわけですから、救い主イエスが、私たち人類の身代わりとして罪の罰を背負って十字架にかかり、死んで葬られ、3日目に復活なさったということと、それを信じるだけで罪が赦されて救われ、天の父なる神さまの子どもとされ、やがて地上に実現する神の国に迎え入れられるということも語ったはずです。

プリスキラとアキラによる援助

アポロの説教を聞いたプリスキラとアキラは、アポロの教えは不十分だと感じました。そこで、「彼をわきに呼んで、神の道をもっと正確に説明した」(26節)のでした。
より正確な教え
二人がアポロに補足した内容は、聖霊さまに関する教えだと考えられます。というのは、その後パウロがエペソに戻ってきたとき、ヨハネのバプテスマしか受けたことがないという信者たちに出会いますが、彼らは「聖霊については聞いたことがない」とパウロに語っているからです。

19:1 アポロがコリントにいたときのことであった。パウロは内陸の地方を通ってエペソに下り、何人かの弟子たちに出会った。
19:2 彼らに「信じたとき、聖霊を受けましたか」と尋ねると、彼らは「いいえ、聖霊がおられるのかどうか、聞いたこともありません」と答えた。
19:3 「それでは、どのようなバプテスマを受けたのですか」と尋ねると、彼らは「ヨハネのバプテスマです」と答えた。
19:4 そこでパウロは言った。「ヨハネは、自分の後に来られる方、すなわちイエスを信じるように人々に告げ、悔い改めのバプテスマを授けたのです。」
19:5 これを聞いた彼らは、主イエスの名によってバプテスマを受けた。
19:6 パウロが彼らの上に手を置くと、聖霊が彼らに臨み、彼らは異言を語ったり、預言したりした。
19:7 その人たちは、全員で十二人ほどであった。


ヨハネのバプテスマしか知らないということは、聖霊さまについて教えられていないということだと理解できますね。エペソに来たばかりの頃のアポロも、彼らと同じだったということです。
聖霊による助け
私たちは、自分の決意や努力によって罪を克服することができません。ですから、イエスさまの十字架と復活によって、一方的に神さまに罪を赦していただく必要がありました。それは信じて救われた後も同じです。自分一人の力で罪を犯さず、神さまのみこころにかなう生き方をし続けることは不可能です。ここでも神さまによる助けが必要です。そして、聖書は神さまが確かに信じた後も助けてくださると約束しています。

私たちがイエスさまを信じた時、神の霊である聖霊さまが私たちの内に入ってくださり、住んでくださるようになります。そして、私たちを少しずつ罪の力から解放して、イエスさまに似た存在に日々造り変えてくださいます。また、聖霊さまは、教会に属するクリスチャン一人ひとりに特別な奉仕の能力(賜物)を与え、一人ひとりが体の各器官のように有機的に結びつき、協力し合って、神さまの働きを地上で行なうことができるようにしてくださいます。どのように祈っていいか分らないときも、聖霊さまが父なる神さまに取りなしてくださいます。

それらのことをプリスキラとアキラはアポロに説明しました。
その結果
プリスキラとアキラから学んだおかげで、アポロはさらに優れた伝道者になりました。その後アポロはコリントに渡ります。そこは、パウロが1年半にわたって伝道し、多くの信者がいた場所です。しかし、ユダヤ人たちの多くはパウロの教えに反対していました。そこに乗り込んだアポロは、ユダヤ人たちが信じている聖書を用いて、イエスこそ救い主だということを証明していきました(28節)。その結果、ユダヤ人による反対が封じ込められ、逆に多くのユダヤ人が救われたことでしょう。

アポロは元々優れた伝道者でしたが、さらにその力を引き出したのは、プリスキラとアキラでした。他の人たちにどのように接したら、その持ち味を引き出して差し上げることができるのか、彼らの態度から学びましょう。

2.他人の持ち味を引き出す人となるために

相手の自尊心を尊重する

プリスキラとアキラは、1年半もパウロと共にいたので、聖書の教えについて正確な知識を持っていました。ですから、アポロの説教を聞いた時、それが不十分だということにすぐに気づきました。

ところが、それを指摘する際、公衆の面前で「あなたのここが間違っている」「ここが不十分だ」とは言いませんでした。彼らは、アポロをわき呼んで話をしました(26節)。すなわち、他の人が聴いていないところで話したということです。それは、アポロに恥をかかせないための配慮です。

人には自尊心があります。それを傷つけられることはとても苦しいことです。ですから、プリスキラとアキラはアポロに配慮して、このようなやり方を採用したのです。

この話をお読みください

私たちが他の人に何かを伝えるとき、内容だけでなく伝え方、すなわちどんな表情で伝えるか、どんな表現で伝えるか、どんな声のトーンで伝えるかなどについて、いつも注意を払いましょう。

言葉にして伝える

プリスキラとアキラは、アポロに聖霊さまについて教えました。アポロの説教の足りないところを指摘しただけでなく、より正確な教えが何かということを言葉で伝えたのです。

イントロで紹介した田中監督は、選手に「俺の背中を見て学べ」とか「もっとがんばれ」とか言っても、まったく伝わらない。望ましい行動を引き出すには、どうしたらいいかを具体的に、そしてどうしてそれをする必要があるのかを論理的に、言葉にして伝える必要がある、とおっしゃっていました。明治のある選手も、「これまでは日本一になったらいいなと漠然と思っているだけだったけれど、監督はどうしたらなれるか、その道筋を具体的に教えてくれた」と語っています。

素晴らしい指導力を発揮したミッシェル・スミスさんも田中監督も、現役時代は大変活躍した名選手でした。しかし、名選手が必ずしも良い指導者になるとは限らないと言いますね。それは、自分が良いパフォーマンスを発揮できるということと、それがどういうことなのか他の人に理解してもらうということとは、全く別の技術だからです。人は、自分の中にある思いや体験を言葉にできて、初めて他の人にそれを伝えることができます。

子育てをしたり、部下や後輩を指導したりするとき、ダメなところに目を向けて、それを非難したり怒ったりすることはよくやります。しかし、大切なのは代わりにどうすべきかという「望ましい行動」と、そしてどうしてそうすべきかという「理由」を言葉にして伝えることです。

そして、そうやって望ましい行動を言葉にしてもらった人は、別の人に伝えることができるようにもなります。ミッシェルさんや田中監督に指導されて良いプレーヤーとなった部員たちは、きっと良い指導者にもなれることでしょう。

今回の記事でおもしろいのは、アポロは聖霊さまについて知識としては知りませんでしたが、彼自身聖霊さまに助けられて信仰生活を送るいう体験はしていたということです。霊に燃えてイエスのことを正確に語ったり教えたりしていた」(25節)。プリスキラとアキラは、アポロが体験していたことを言葉にしてあげることによって、より深い理解へと導いたのです。そして、アポロも、そうやって言葉にしてもらったおかげで、コリントで多くの人に語り、教え、救いに導くことができるようになりました。

ですから、人を育てるためには、言葉にして伝えることが大切です。

相手を信じる

相手の問題点を指摘して、代わりにどうしたらいいかを教えたり、どうしたらいいかについて話し合ったりするのは、勇気がいります。それは、嫌われる勇気です。

もちろん、いくら嫌われる勇気が大切だといっても、これまで学んできたとおり、相手の自尊心に対する配慮を欠いた伝え方をしたり、何を言いたいのかさっぱり分らない伝え方をしたりして、その結果相手を苛ただせるような嫌われ方では意味がありません。

どんなに配慮し工夫して伝えても、その話に耳を傾け、自分の行動を振り返り、より良い生き方について一緒に考えようとしてくれるかどうかは、相手次第です。嫌われる勇気というのは、うまく伝わるための配慮は尽くしながら、最終的にそれを受け入れてもらえるかどうかについては心配しないということです。

アキラ夫妻は一介のテント職人でした。かたやアポロは学術都市アレキサンドリアの出身の弁論家で、聖書の知識にも通じていました。果たして素直に自分たちのアドバイスを聞いてくれるだろうか。腹を立てたりされないだろうか。心配すればきりがありません。しかし、プリスキラとアキラはきっとアポロが謙遜に耳を傾け、より正確な教えを説教に反映してくれるようになると信じました。

人に望ましい行動について伝える場合、相手に対する深い信頼が必要です。それは、相手に少なくとも2つの力があると信じることです。
(1) 謙遜な人である
文豪吉川英治が残した言葉に「我以外皆我師」というものがあります。自分以外の人は、みんな自分の教師であるという意味です。自分は十分偉いと思っていれば、もっと成長したいとは思えませんし、そのために他の人に教えてもらおうとも思いません。成長の秘訣は、謙遜であることです。

聖書の中にも、「何事も利己的な思いや虚栄からするのではなく、へりくだって、互いに人を自分よりすぐれた者と思いなさい」(ピリピ2:3)という勧めがありますし、「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです」(マタイ5:3)とも言われています。私たちはそのような謙遜さを、聖霊さまの助けによって身につけていきたいですね。

そして、私たちは、他の人にそのような謙遜さが備わっていると信じる必要があります。この人は謙遜な人だから、きっと私が伝えたいことを聴いてくれるし、それについて考えてくれると信じる。そうして初めて、私たちは他の人にアドバイスをしたり指導をしたりすることができます。
(2) 本当の自信を持っている人である
人には自尊心があるといいました。自尊心は、自分の存在価値はOKだという確信から生まれます。自分の存在価値がOKだという根拠はどこにあるでしょうか。私たちクリスチャンにとっては、
  • 私たちは神さまによって創造された神さまの作品であるという事実
  • イエスさまの十字架によってすべての罪が赦され、子どもとして神さまに愛されているという事実
です。

しかし、もしも自分が人に認められる立派な行ないをしているからとか、勉強や仕事やスポーツで良い結果を出したからとか、人と比べて何かに秀でているとかいうことがOKの証拠だとすると、その証拠を否定されるようなことを言われるのは耐えられない苦痛になります。

自分の表面的な行ないの良し悪しなんかどうでもいいということではありません。行ないが良いに越したことはありません。しかしその良し悪しと、存在の良し悪しは別ものです。どんなに外側の行ないを非難されたとしても、自分の存在価値が下がるわけではない。そういう本当の自尊心を持っている人は、他の人からの指摘を素直に聴くことができます。

プリスキラとアキラは、アポロが謙遜で本当の自信を持っている人だと信じました。ですから率直に彼の足りない部分について話をすることができました。私たちも、他の人の謙遜さと自信を信じましょう。そして、恐れず心を開いて、率直に話し合いましょう。

まとめ

あなたも、他の人の持ち味を引き出す、良い指導者、良い親、良い先輩、良い友人になれます。

あなた自身への適用ガイド

  • 同じことを伝えられているのに、それを受け入れやすい人と反発したくなる人がいるでしょうか。いるとしたら、その違いはどこにありそうですか?
  • 相手の自尊心に配慮した伝え方について学びましたが、具体的に実践してみようと思ったことがありますか?
  • 最近、こちらが伝えたいことがうまく伝わらなかった経験がありますか? 相手の足りないところを非難するよりも、すべき行動とその理由を具体的・論理的に伝えることの大切さを学びましたが、その観点からどのような伝え方をしたら良かったと思いますか?
  • 相手を信じて伝えることについて学びましたが、謙遜さや自信について信じづらい人がいますか?
  • 今日の聖書の箇所を読んで、どんなことを決断しましたか?

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福島県須賀川市森宿辰根沢74-5

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