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礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

エペソでの9ヶ月

使徒の働き19章20節〜21節

(2019年2月3日)

参考資料

21節の「これらのこと」は、スケワの息子たちの失敗と、それに続いてエペソで起こった大規模な悔い改めのこと。前回のメッセージ参照。

21節の「マケドニア」はギリシア北部の州で、ピリピ、テサロニケ、ベレアといった町に教会がありました。「アカイア」はギリシア南部の州で、コリントに教会がありました。いずれも、前回の伝道旅行(第二回)で、パウロの伝道によって誕生した教会です。

22節の「アジア」は、今のトルコの西部地域。「しばらく」は約9ヶ月間。パウロはすでにエペソに2年3ヶ月間滞在しており(8節と10節)、全部で3年間留まったと言われているからです(20:31)。

イントロダクション

パウロは、これまでのところエペソに2年3ヶ月留まって伝道していました。そして、参考資料に書いたように、さらに9ヶ月をエペソで過ごします。その9ヶ月の間、「使徒の働き」には書かれていませんが、コリント人への手紙2通を読むと、様々な出来事が起こっていたことが分ります。それらを通して、私たちクリスチャンが、どのようにして自分がすべき行動を選択するか学びましょう。

1.エペソでの残りの日々と後日談

今後の計画

エペソを中心としたアジア州の伝道は、非常に祝福されていました。前回学んだように、スケワの息子たちの失敗は、さらに多くのエペソの人々を救いに導きました。

すると、聖霊なる神さまが、パウロに新しい道を示されました。エペソを離れた後、マケドニアとアカイアを訪問し、その後エルサレムへ向かい、さらにその後には、ローマ帝国の首都ローマに赴けという命令でした。後にこれらの命令はことごとく実現することになります。
テモテとエラストの派遣
聖霊さまから今後のことを示されたパウロは、まずテモテとエラストの二人をマケドニアに派遣しました。

マケドニア地方は教会に対する迫害が激しかったため、教会の人々は励ましを必要としていました。また、マケドニアの諸教会は、もっと迫害が激しく貧しい生活を余儀なくされているエルサレムのクリスチャンたちのために、義援金を送りたいと願い、自発的にお金を出し合っていました(第2コリント8章)。集められたお金を取りまとめて精算し、どのようにしてエルサレムに送るか話し合うことも必要です。

パウロが二人をマケドニアに先行派遣したということは、パウロが当初立てた計画は、エペソを去った後、まずマケドニア地方(ピリピ、テサロニケ、ベレア)の諸教会を訪ね歩き、それからアカイア地方(コリント)の教会に向かうというものだったということです。
さらなるエペソ滞在
しかし、パウロ自身は、すぐにエペソを離れたわけではありません。パウロはなお9ヶ月間エペソに留まり続けました。聖霊さまは、パウロがエペソを離れた後どこに行くかは示されましたが、エペソを離れる時期については、何も語られなかったからです。

コリント教会関連の出来事

その9ヶ月の間、パウロはエペソを中心としたアジア州伝道を継続しながら、特にコリント教会に関する問題のために奔走します。その間の出来事を、時系列で紹介しましょう。
コリント教会の問題を知る
パウロはコリント教会から来た人たちの口や手紙によって、コリント教会にさまざまな問題があることを知りました。分裂、不品行、異端、差別、礼拝の混乱などの問題です。
第一の手紙を書く
パウロは上記の問題に対する指導のため、コリント教会に宛てて第一の手紙を書きます。しかし、いくつかの問題は改善されませんでした。特に、不品行を悔い改めようとしない教会員に対して、教会が何も対処していないことに、パウロはひどく心を痛めます。
コリントを電撃訪問する
そこで、コリントを電撃訪問して直接指導しますが、不調に終わります(第2コリント2:1,13:1-2)。
涙ながらの手紙とテトスらの派遣
コリントからエペソに戻ると、今度は涙ながらに手紙を書き、テトスともう一人の弟子に託してコリントに送りました。この手紙は失われて現存していませんが、相当激しくコリント教会の人々を叱責している内容のようです(第2コリント2:3-4)。

おそらくこの涙の手紙の中で(あるいはテトスらの口を通して)、パウロは先の計画を変更して、新しく立てた計画をコリント教会の人々に紹介しています。それによると、まず船で直接コリントに行き、それからマケドニアに行き、またコリントに戻って、そこからユダヤに向かって出発するという計画です(第2コリント1:15-16)。
エペソでの騒乱
9ヶ月後、エペソで銀細工人たちを発端とする騒ぎが起こります。パウロの伝道によって、町のシンボルであるアルテミス神殿の模型が売れなくなると心配したためです。

最初は銀細工人だけの抗議集会だったのが、やがて騒動が町中に広がります。何のために騒いでいるのか分らない人たちが、次々と集会に参加して、めいめい勝手なことを叫び始めたからです。こうしてエペソの町は混乱状態に陥りましたが、町の書記官が人々を説得することで鎮まりました(23-40節)。

エペソを離れた後

騒動をきっかけに、パウロはいよいよエペソを離れます(20:1)。その後の動きは以下の通りです。
マケドニアに渡る
パウロは、第二回伝道旅行のときと同様、トロアスの港からマケドニアに渡ります。すなわち、コリント教会に伝えた新しい計画は破棄し、最初の計画通りに行動したということです。

そのことで、一部のコリント教会員がパウロに不満を抱きました。パウロは、第二の手紙の中で、計画変更について弁明しています。パウロは、自分がコリントに行かないでいるのは、彼らに対する思いやりのためだったと語っています(第2コリント1:23)。

もし、涙の手紙とテトスらの指導に彼らが従わなかった場合、パウロがコリント教会を訪問したら、今度こそ厳しい処分をパウロ自身が行なわなければならなくなります。パウロは、前回の電撃訪問の際にそうすることを宣言していました(第2コリント13:2)。

しかし、パウロは、彼ら自身が自分たちの問題を処理することを期待していました(第2コリント1:24)。ですから、まずテトスに再会し、教会の様子を聞いてから、訪問する時期や訪問した後の行動を決めようとしたのでしょう。

そして、聖霊さまがパウロに今後のことを示された際、エペソを離れる時期については語らず、結果的に9ヶ月間留まらせたのも、同じ理由からだったと思われます。
テトスの報告と第二の手紙
マケドニアに到着したパウロは、コリントから戻ってきたテトスと再会します。テトスは、パウロの涙の手紙(とテトスらの指導)によって、コリント教会の人々が反省し、不品行を悔い改めなかった教会員を除名したこと、その結果除名された人が悔い改めたことなどを報告し、パウロを喜ばせました(第2コリント7:5-16)。

ただ、まだ指導すべき問題が残っていたり、新たに生じたりしていたため、第二の手紙が書かれました。マケドニアでの働きが残っていて、すぐには訪問できなかったからです。

パウロは、第二の手紙の中で、除名後に悔い改めた人を再び教会の交わりに復帰させるように命じています。教会が問題を起こした教会員に対して下す処分は、人を悔い改めに導きたいという愛を元にしなければならないということが分ります。
コリント滞在
マケドニアでの伝道や教育を終えたパウロは、ようやくコリントに赴き、そこで3ヶ月を過ごしてから、シリアに向けて出発しました。

2.行動決定の原則

神の声を聞く

パウロは今後の行動方針について、聖霊なる神さまの語りかけを聞きました。聖霊さまは、現代でも様々な方法で語られます。
  • 祈ったり、何かを見聞きしたりした際に、ある考えや言葉や映像が強く心に印象づけられる。
  • 幻を見る。
  • 天使によって何かが語られる。
私たちも、いつ聖霊さまが語りかけてこられてもいいように、「いつでもお語りください」と祈り、心の準備をしておきましょう。
聖書による裏付け
ただし、どんな語られ方をしたとしても、その教えや計画を聖書に照らして、聖書全体の教えに反しないこと、むしろ聖書が積極的に進めているということを確認しなければなりません。聖書は聖霊さまが記者たちに書かせた神のことばですから、聖書に反する教えや計画なら、聖霊さまの命令とは言えません。

逆に、聖書に明確に書いてある命令は、強い印象や感動や幻などがなかったとしても、神さまからの命令として守らなければなりません。たとえば、いくら貧困者を助けるためだからといっても、お金持ちの家からお金を盗むような真似はしてはいけません。また、人工妊娠中絶によって殺される胎児の命を守るためといって、中絶手術を行なう病院に火を付けて医師を殺した事件がアメリカでありましたが、そんなやり方は間違いです。
深い平安
聖書の教えと照らし合わせたら、さらに心に深い平安があるかどうかを確認しましょう。「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます」(ピリピ4:6-7)。

神の語りかけの範囲を明確にする

パウロは、エペソを離れたあとにどこに行くべきかを神さまから示されました。彼は、ユダヤに戻る前にコリントを訪問しなければなりません。しかし、すぐに行動したわけではありません。もちろん、今すぐエペソを離れてコリントに迎えとを命ぜられたのであれば、直ちにコリントに向かったでしょう。しかし、実際には時期や訪問順については何も語られていませんでした。

パウロは、神さまが何を命じておられるか、何を望んでおられるかを明確にし、それに対しては忠実に従いました。が、明確に示されていないことに関しては、自分の自由意志に任されていることだと受け取り、自分で最善だと思える行動を考え、実行しました。

神さまは、私たちの一挙手一投足に対して、いちいちあれをしろ、これをしろと命じるようなお方ではありません。多くの場面で私たちの判断に任せておられます。

大切なことは、神が明確に命じておられることと、私たちの自由意思に任されていること、その二つを区別することです。

自由は愛の原則で行使する

神さまが明確に命じておられないことに関しては、もちろん私たちがどうするかを好きに決めてかまいません。ただし、その自由をどう使うかについて、パウロはこう語っています。「『すべてのことが許されている』と言いますが、すべてのことが益になるわけではありません。『すべてのことが許されている』と言いますが、すべてのことが人を育てるとはかぎりません。だれでも、自分の利益を求めず、ほかの人の利益を求めなさい」(第1コリント10:23-24)。

別の言い方で言うと、愛の原則で行動しようということです。神は愛ですから、神さまの命令もまた愛の原則に基づいています。ですから、神さまに従う私たちも、たとえ私たちの自由になることであっても、他の人への愛を目的として行動しましょう。

パウロには、コリント訪問の時期を自分で決める自由が与えられました。そして、その自由を、コリント教会の人たちに対する愛の動機で決定しようとしました。コリントの人たちの霊的成長にとって、最善のタイミングで訪問したいと思って決めたのです。

どんな行動を取るべきか迷って、祈っても考えても答えが見つからないときには、こう考えてみましょう。
  • その行動は、人をイエスさまに近づけるだろうか?
  • その行動は、人を人間として、あるいは信仰者として成長させるだろうか?
  • その行動は、人を刹那的な欲求充足ではなく、永遠に続く本当の幸せに導くだろうか?
あるお母さんは、小学生の息子さんの部屋の掃除をするのをやめました。散らかった部屋で過ごさせるのが忍びなくて、ついつい手出しをしていましたが、そんなことをしていたらいつまでたっても自分で掃除をする癖が付きません。それではかえって息子さんの成長を邪魔することになります。何もしないという愛し方もあるのですねと、その方はおっしゃいました。そうです。それも愛の原則に基づいた自由の使い方です。

まとめ

神さまのみこころを求め、それに従いましょう。そして、自分の自由に任されていることについては、愛の原則で判断することを心がけましょう。

あなた自身への適用ガイド

  • 最近、神さまはあなたにどのような命令をなさいましたか? それはどのような形でもたらされましたか? あなたはそれに対してどのように反応なさいましたか?
  • 神さまがはっきり命じておられること以外は、あなたの自由意志に任されていることです。そう言われたとき、何か思いつく事柄がありますか?
  • どう行動していいか迷っていることがありますか? 聖書の教え、あるいは愛の原則に基づくと、どういう判断ができそうですか?
  • 今日の聖書の箇所を読んで、どんなことを決断しましたか?

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