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礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

逆転の発想

使徒の働き28章20節〜31節

(2019年4月7日)

参考資料

21節の「彼ら」は、ローマに住むユダヤ人の代表者たち。パウロから直接キリスト教について聞くため、集まってきました。

欠如している29節は、「彼がこれらのことを話し終えると、ユダヤ人たちは互いに激しく論じ合いながら、帰って行った」という言葉ですが、後の時代に付け加えられたものなので、現在の聖書本文からは削除されています。

パウロがローマにいる間に、「エペソ」「ピリピ」「コロサイ」「ピレモン」のいわゆる獄中書簡が書かれたという説が有力です(カイサリアで2年間投獄されていた間という説もあります)。

今回の出来事は、紀元60年から62年頃と思われます。その後、伝承によると、パウロはスペインに伝道旅行に出かけ、67年頃に皇帝ネロ(在位54-68年)の迫害によって命を落としたと言われています。同じ頃、使徒ペテロもネロの迫害で殉教しました。

26-27節の預言は、イザヤ6:9-10の引用です(2017年7月23日のメッセージ参照)。

イントロダクション

私たちは、たとえ問題のまっただ中に置かれても、そこで神さまの祝福を味わうことができます。パウロからその秘訣を学びましょう。

1.ローマでの伝道

ローマへ

マルタ島で冬を越したパウロたちは、アレキサンドリアの船に乗せてもらい、ローマに向かいました。

ローマでは、皇帝による裁判を受けることになっていましたが、皇帝も忙しいのですぐにというわけにはいきません。結局、2年間待たされることになりますが、その間の待遇はとても良いものでした。一応は囚人ですから、鎖につながれ(20節)、兵士による監視は付きましたが、牢屋に入れられたのではなく、自分で家を借りて住むことが許されたのです。「私たちがローマに入ったとき、パウロは、監視の兵士が付いてはいたが、一人で生活することを許された」(16節)

これは、パウロをローマに送ったユダヤ総督フェストゥスから皇帝に宛てた手紙に、パウロがローマの法律を犯したわけではなく、ユダヤ人たちの宗教的な伝統を破ったという罪で捕らえられたのだという事情が書かれていたからでしょうし、パウロをここまで護送してきた百人隊長ルキウスも、パウロの人となりについてはよく理解していましたから、待遇について口添えをしてくれたからでしょう。

ユダヤ人たちへの伝道

パウロは、早速ローマ市に住むユダヤ人たちの代表を呼び集めました。当時のローマ市には、ユダヤ人の会堂が11個あったそうです。それぞれから代表者を呼び出したのです。

そして、パウロは、現在の自分の立場を説明しました。それによると、
  1. 自分はユダヤの宗教的な伝統を破ったわけではないが、逮捕され、ローマ人に引き渡された。
  2. ローマ人は、パウロを取り調べた結果、罪がないことが明らかになったので、釈放しようとした。
  3. しかし、ユダヤ人たちが反対したので、仕方なく皇帝に上訴した。
  4. 自分が皇帝に上訴したのは、エルサレムのユダヤ人たちを非難し、訴えるためではない。
そして、こう語りました。「私がこの鎖につながれているのは、イスラエルの望みのためです」(20節)。イスラエルの望みとは、救い主が現れ、神の国が実現し、イスラエルに永遠の平和と繁栄がもたらされるという神さまの約束のことです。当時のユダヤ人たちは、ローマ帝国の支配下にあって苦しんでいましたから、特に救い主の到来を切望していました。
迫害の理由
そのユダヤ人共通の希望について語っているのに、どうしてパウロや他の使徒たちはユダヤ人の指導者たちから迫害され、命まで狙われているのでしょうか。それは、パウロたちが次のように宣べ伝えていたからです。
  1. 救い主はすでに現れた。
  2. その救い主は、ナザレのイエスである。
  3. イエスさまは、人類の罪を赦すために身代わりに十字架にかかり、死んで葬られたが、3日目に復活した。
  4. イエスさまはいったん天にお帰りになったが、やがてもう一度地上に戻ってこられる。そして、その時こそ神の国が実現する。
  5. ユダヤ人でも異邦人でも、イエスさまの十字架と復活を信じるなら、罪を赦され、神さまの子どもとされ、やがて救い主が地上に実現する神の国に迎え入れられる。
ところが、ユダヤ人の指導者たちは、イエスは救い主ではないと判断しました。マタイ12章で、彼らはイエスが悪霊の力によって奇跡を行なっているだけだと主張しています。すなわち、イエスは救い主などではなく、魔術師だというわけです。その見解はユダヤ教の経典タルムードにも記されていて、現代でもそう教えられています。

イエスは魔術師だから十字架にかけられて殺されたし、そんな男を救い主だと言い張るクリスチャンどもも死に値する。これが指導者たちの考えです。

また、当時のユダヤ人たちの考えでは、ユダヤ人として生まれたら自動的に神の国には入れるのだから、悔い改めは必要ないということになっています。これに対し、イエスさまも使徒たちも、たとえ肉体的にユダヤ人として生まれたとしても、悔い改めてイエスさまを信じなければ救われないと教えました。そのことを、イエスさまは門のたとえで教えておられます。

「狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広く、そこから入って行く者が多いのです。いのちに至る門はなんと狭く、その道もなんと細いことでしょう。そして、それを見出す者はわずかです」(マタイ7:13-14)。

これもまた、指導者たちがイエスさまと使徒たちを憎んだ理由の一つです。
パウロによる説明
ローマのユダヤ人たちは、キリスト教に対する反対の声を耳にしてはいましたが、特にパウロに関してエルサレムの指導者たちから指示を受けたり、悪い噂を聞いたりしていなかったため、中立の立場でパウロの話に耳を傾けることにしました。まず本人の話を聞いてから判断するというのは、モーセの律法で教えられていることでもありますから(申命記19:15-17、ヨハネ7:51)、ローマのユダヤ人たちは誠実な対応をしたということです。

ユダヤ人たちは日を改めてパウロの元を訪れました。パウロは、朝から晩まで「イスラエルの望みがイエス・キリストによって実現した」という話をしました。しかも、23節には「モーセの律法と預言者たちの書から」と書かれています。これは、今の私たちの言葉で言うと旧約聖書のことです。

旧約聖書はイエスさまが誕生する前に書かれた文書ですから、もちろんイエスさまは登場しません。しかし、やがて救い主が現れたときには、このお方はどういう性質をお持ちで、どういう行ないをなさるかということが、旧約聖書のあちこちで預言されています。

ある人は、イエスは旧約聖書の預言をよく知っていたから、それに合わせて行動していただけだろうと言います。しかし、他人がどう救い主に対して行動するかについては、自分で選びようがありません。そもそも、いつ生まれるか、どこで生まれるか、どうやって生まれるか、どんな母親から生まれるかというようなことは、自分で選ぶことはできません。そして、いつどうやって死ぬかも、なかなか選べることではありませんね。

旧約聖書の預言と、イエスさまについての記録を照らし合わせるなら、ベレアのユダヤ人たちのように、素直にイエスさまを救い主だと認めるはずなのです。「この町のユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも素直で、非常に熱心にみことばを受け入れ、はたしてそのとおりかどうか、毎日聖書を調べた。それで彼らのうちの多くの人たちが信じた。また、ギリシアの貴婦人たち、そして男たちも少なからず信じた」(17:11-12)。
ユダヤ人たちの反応
パウロの説明を聞いて、集まったユダヤ人たちの中で、イエスさまを救い主だと受け入れた人たちが現れました。ところが、頑として受け入れようとしない人たちもいました(24節)。
パウロの対応
パウロは、信じようとしないユダヤ人たちに対して、イザヤ書の言葉を語りました。「まさしく聖霊が、預言者イザヤを通して、あなたがたの先祖に語られたとおりです。 『この民のところに行って告げよ。あなたがたは聞くには聞くが、決して悟ることはない。見るには見るが、決して知ることはない。 この民の心は鈍くなり、耳は遠くなり、目は閉じているからである。彼らがその目で見ることも、耳で聞くことも、心で悟ることも、立ち返ることもないように。そして、わたしが癒やすこともないように』」(25-27節)

そして、これからは異邦人たちに福音を語ると宣言しました(28節)。

これは、ユダヤ人が神さまから見捨てられたという意味ではありません。神さまはアブラハムと契約を結び、彼とその子孫、すなわちユダヤ人を大いに祝福すると約束しておられます。これもまた、「イスラエルの望み」です。

ユダヤ人の多くはイエスさまを信じませんでしたが、それでもイエスさまを信じるわずかな人々が残されています。今もその一握りの人々、聖書の言葉で言えば「イスラエルの残りの者」(イザヤ10:20など)が存在しています。そして、世の終わりの時代に、イスラエルは国家・民族としてイエスさまを信じるようになります。こうして、アブラハムとの契約は必ず実現します。

その後2年間の伝道

こうして、パウロは2年間ローマに留まりました。自分は自由に外を出歩くことはできませんが、ここまで一緒に旅をしてきたルカやアリスタルコ、またローマのクリスチャンたちの手を借りて、たくさんの人々を家に招き、福音を語り続けました。

31節には、「少しもはばかることなく、また妨げられることもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた」と書かれています。

また、この時期に書かれたと言われている(参考資料参照)ピリピ書にはこう書かれています。「さて、兄弟たち。私の身に起こったことが、かえって福音の前進に役立ったことを知ってほしいのです。私がキリストのゆえに投獄されていることが、親衛隊の全員と、ほかのすべての人たちに明らかになり」(ピリピ1:12-13)。パウロの監視に当たった兵士たちは、パウロが客に対して語る福音を、毎度毎度聞かされることになります。その中には、イエスさまを信じる兵士たちもいたということです。

不自由な軟禁生活にもかかわらず、パウロは今までで最も自由に福音を語ることができ、非常に多くの実を結ぶことができました。

では、ここから私たちは何を学ぶことができるでしょうか。

2.逆転の発想をしよう

不幸はチャンスである

パウロの願いは、できるだけ多くの人々に福音を語り、救いに導くことです。そんな彼にとって、逮捕され、投獄され、4年以上にわたって身柄を拘束され続けるというのは、我慢のならない境遇でしょう。

ところが、そのおかげで、パウロは2人のユダヤ総督、アグリッパ王、千人隊長リシアや百人隊長ユリウス以下、多くのローマ兵たちに福音を聞かせることができました。辺境に住むユダヤ人であるパウロにとって、普通だったらとても話なんかできないような、雲の上の身分の人たちです。

また、パウロはずっと帝国の首都ローマで伝道したいと思いながら果たせないでいましたが(ローマ1:11-13)、今回の逮捕によって、図らずもローマに行って伝道することが可能になりました。

今置かれている状況を不幸だと思わないことが大切ですね。問題が大きくても、その状況でなければ得られない祝福が必ずあると信じましょう。

出て行けなければ招けばいい

パウロは、牢獄には入れられませんでしたが、それでも行動の自由は制限されていました。しかし、だからダメだとは考えませんでした。出て行けなければ、来てもらえばいいのです。そして、他のクリスチャンたちが連れてきてくれる人たちに、一生懸命に福音を語りました。

ある人が言いました。「できないと考える人は、どうしてできないかを考えるが、できると考える人は、どうしたらできるかと考える」。

パウロはできると考える人でした。私も皆さんも、パウロと同じくイエス・キリストを信じるクリスチャンです。ですから、私たちもできると考え、できる方法を探る人になりましょう。

今がダメだからずっとダメなわけではない

ほとんどのユダヤ人はイエスさまの福音を信じませんでした。ユダヤ人であるパウロにとって、それはどんなにか悲しく、苦しいことでしょうか。

しかし、だからユダヤ人は神さまから見捨てられたのだとパウロは考えませんでした。ローマ9-11章を読むと、それが分ります。彼は、神さまのご計画によれば、やがてイスラエルが国家としてイエスさまを信じる時が来ると信じていました。「兄弟たち。あなたがたが自分を知恵のある者と考えないようにするために、この奥義を知らずにいてほしくはありません。イスラエル人の一部が頑なになったのは異邦人の満ちる時が来るまでであり、こうして、イスラエルはみな救われるのです」(ローマ11:25-26)。

「あつものに懲りてなますを吹く」ということわざがありますが、私たちは失敗をすると、同じ痛みを味わいたくないために、挑戦し続けることを躊躇してしまいがちです。しかし、一度失敗したからといって、あるいは今の状況が悪いからといって、永遠にその状態が続くと考える必要はありません。

自分が挑戦しようとしていることが、神さまのみこころに反しないものだと分っているなら、一度や二度や十度や百度の失敗にめげることなく、チャレンジし続けましょう。

まとめ

私たちも、パウロのように体が物理的に縛られているわけではないとしても、様々な縛りを経験しているでしょう。しかし、私たちはそれで絶望する必要がありません。パウロに倣って、逆転の発想をしましょう。

あなた自身への適用ガイド

  • 不幸だと思える状況で、かえって祝福を刈り取った経験がありますか?
  • 「できると考える人は、どうしたらできるかと考える」という言葉通りのことを実践して、問題が解決した経験がありますか?
  • 神さまの約束を信じて耐え忍び、結果的に祝福を刈り取った経験がありますか?
  • 今日の聖書の箇所を読んで、どんなことを決断しましたか?

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