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礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

問題に巻き込まれたとき

第2列王記働き19章1節〜7節

(2019年4月28日)

参考資料

1節の「これ」とは、ヒゼキヤ王の治世第14年(前701年)に、アッシリア軍がエルサレムを包囲し、アッシリアの将軍ラブ・シャケが降伏を勧告して、その中でイスラエルの神を侮辱するような発言をしたこと。

4節の「アッシリアの王」は、センナケリブ(シン・アヘ・エリバ。在位:前705年-前681年)。

7節の「あるうわさ」とは、クシュ(今のエチオピアと北スーダンあたりにあった王国)がアッシリアと戦うために出陣したという報告(8節)。

7節の「わたしはその国で彼を剣で倒す」という預言は20年後に実現します。前681年、センナケリブは末子エサル・ハドンを後継者に指名しますが、それに反発した他の息子たちによって、センナケリブは暗殺されてしまいます(37節)。

イントロダクション

国の存亡に関わる大問題が、ユダの王ヒゼキヤを襲いました。私たちが問題に巻き込まれたとき、どのように考え、対処すればよいでしょうか。

1.アッシリの侵攻と撤退

当時の中東情勢

この当時、中東で最も勢いのあった国はアッシリア帝国です。周辺諸国を次々と征服し、領土を拡大していました。一時は、大国であるエジプトやバビロンもその支配下に置かれました。
ヒゼキヤの父アハズの政策
この当時、イスラエルは北王国イスラエルと、南王国ユダに分裂していました。今回登場する南王国ユダの王ヒゼキヤの父アハズの時代、北王国イスラエルはアラム(ダマスコ王国)と組んで、アッシリアに抵抗しました。そして、南王国にも反アッシリア連合に加わるよう求めましたが、アハズはそれを断り、アッシリアに従う道を選びました。

そこで、北イスラエルとアラムは、南ユダを攻撃して、自分たちの言うことを聞く傀儡の王を立てようと画策しました(前734年。シリア・エフライム戦争)。アハズ王は、預言者イザヤが神さまによる守りを保障したにもかかわらず、それを聞かずアッシリアに救援を求めました(イザヤ7章、第2列王16:5-9)。

その結果、アッシリア軍の救援によってエルサレムの安全が確保されまそた。それだけではなく、イザヤ7章で神さまが約束なさったとおり、前732年にアラムが、そして前722年(ヒゼキヤが王となって4年目)には北王国が滅ぼされて、多くの民が捕囚されました(第2列王18:9-12)。

アハズは、アッシリアに政治的に従っただけではなく、アッシリアの神々を礼拝する偶像礼拝も持ち込んで、聖書では厳しく非難されています。
ヒゼキヤの政策
一方、アハズの後を継いだヒゼキヤは、表面的にはアッシリアに従いながらも、着々と国力を充実させていきました。そして、父王が広めた偶像礼拝を禁止する宗教改革を行ないました。

そして、やがてエジプトやバビロンがアッシリアからの独立を求めて次々と反逆すると、ヒゼキヤもまたアッシリアから独立する動きを見せました。

ところが、頼みとしていたエジプトもバビロンも、次々と鎮圧されてしまいます。こうして、アッシリアの王センナケリブは、南王国ユダを滅ぼすために大軍を送ってきたのです。すでに46の町がアッシリア軍によって占領され、首都エルサレムも包囲されてしまいました。

そして、アッシリア軍の将軍ラブ・シャケが、ユダヤ人の言葉で降伏を呼びかけました。その中で、彼はこんな言葉を発しています。

「国々の神々は、それぞれ自分の国をアッシリアの王の手から救い出しただろうか。ハマテやアルパデの神々は今、どこにいるのか。セファルワイムやヘナやイワの神々はどこにいるのか。彼らはサマリアを私の手から救い出したか。国々のすべての神々のうち、だれが自分たちの国を私の手から救い出したか。【主】がエルサレムを私の手から救い出せるとでもいうのか」(18:33-35)。

これが今回の箇所の歴史的な背景です。

イザヤの預言

ラブ・シャケの冒涜的な言葉を伝えられたヒゼキヤは、着物を引き裂き、荒布を身にまといました。これは、悲しみや怒りの表現です。特に、ユダヤ人は、神さまが冒とくされたときにこのような態度をとります。ラブ・シャケは、ヒゼキヤのことを非力だと侮辱したばかりか、天地の造り主であるイスラエルの神を侮辱しました。

直前に、多額の金銀を差し出して攻撃をやめてもらおうとしたヒゼキヤでしたが、それが通用せずにこのような事態を招きました。エジプトやバビロンの助けも期待できません。政治的には打つ手なしです。ですから、ヒゼキヤが頼れるのは、聖書の神さまのみでした。

そこでヒゼキヤは、預言者イザヤに使いを送りました。それが、今回の箇所です。ヒゼキヤはイザヤに、この国のために祈ってくれるよう依頼しました。それに対して、イザヤはこうと返答します。

「イザヤは彼らに言った。『あなたがたの主君にこう言いなさい。「【主】はこう言われる。あなたが聞いたあのことば、アッシリアの王の若い者たちがわたしをののしった、あのことばを恐れるな。今、わたしは彼のうちに霊を置く。彼は、あるうわさを聞いて、自分の国に引き揚げる。わたしはその国で彼を剣で倒す」』」(6-7節)。

すなわち、必ず神さまが介入してくださるから、恐れるな、と。

顛末

その後、どうなったでしょうか。別の戦場で戦っていたアッシリア王センナケリブは、一つの報告を受けました。それは、クシュがアッシリアを攻めるために出陣したという報告です。

南ユダを滅ぼすのには十分な兵力ですが、クシュは大国ですから、同時に戦うとなると不利です。

そこで、センナケリブはクシュ軍が攻めてくる前にエルサレムを攻略しようと考えました。王直属の部隊も加わって、エルサレムを包囲する敵軍はさらに大軍になりました。そして、センナケリブは、改めて降伏を勧告します。

「ユダの王ヒゼキヤにこう伝えよ。『おまえが信頼するおまえの神にだまされてはいけない。エルサレムはアッシリアの王の手に渡されないと言っているが。おまえは、アッシリアの王たちがすべての国々にしたこと、それらを絶滅させたことを確かに聞いている。それでも、おまえだけは救い出されるというのか。私の先祖は、ゴザン、ハラン、レツェフ、またテラサルにいたエデンの人々を滅ぼしたが、その国々の神々は彼らを救い出したか。ハマテの王、アルパデの王、セファルワイムの町の王、ヘナやイワの王はどこにいるか』」(10-13節)。

またもや神さまを侮辱しています。これを聞いたヒゼキヤは、神殿で神さまに訴えました。

「【主】よ。アッシリアの王たちが、国々とその国土を廃墟としたのは事実です。彼らはその神々を火に投げ込みました。それらが神ではなく、人の手のわざ、木や石にすぎなかったので、彼らはこれを滅ぼすことができたのです。私たちの神、【主】よ。どうか今、私たちを彼の手から救ってください。そうすれば、地のすべての王国は、【主】よ、あなただけが神であることを知るでしょう」(17-19節)。

預言者イザヤも、神さまの言葉を伝えてヒゼキヤを励ましました。すなわち、「あなたの祈りを確かに聞いた」と。そして、「センナケリブは、このわたしに挑戦したのだ。だから、それ相応の報いをしてやろう」と(20-34節)。

その夜、天使1人が神さまから遣わされ、兵18万5千人のアッシリア兵を打ち殺してしまいました。驚いたセンナケリブは、軍を引いて国に帰ってしまいました。こうして、エルサレムと南王国は、平和を取り戻したのです(35-36節)。

その後、センナケリブは、イザヤの預言通り、2人の息子によって斬り殺されてしまいました(37節)。

2.問題への対処法

簡単に罪のせいにしない

この話をお読みください

ヒゼキヤは南王国の中でも最も評価されている良い王さまでした。聖書の神さまに忠実に仕えようとしていましたし、国民全体が神さまへの信仰を回復するように努めました。しかし、それでも国の存亡を左右するような大問題が襲ってきました。

私たちは知らなければなりません。信仰を持ったからといって、問題に全くあわないということはありません。クリスチャンでも病気になります。人間関係のトラブルに巻き込まれます。経済的な問題にぶつかります。異性に振られることだって、仕事を失うことだって、犯罪の被害者になることだってあります。

北王国は、信仰を失い、自分勝手な生き方を続け、何度も何度も預言者たちが遣わされて警告したのに、結局悔い改めようとしませんでした。だからアッシリアによって滅ぼされました。それは、神さまに反逆した報いだと聖書は語っています。「これは、彼らが彼らの神、【主】の御声に聞き従わず、その契約を破り、【主】のしもべモーセが命じたすべてのことに聞き従わず、これを行わなかったからである」(18:12)。

しかし、問題にあったからといって、それがすべて罪の罰とは限りません。聖書の神さまは、愛と恵みの神さまです。むしろ、「問題=罪の罰」であることの方が少ないでしょう。そして、イエス・キリストの十字架によって、あなたの罪は完全に赦されています。神さまからあなたに注がれているのは、さばきではなく、愛です。

あなたは、自分が問題にあっているからといって、神さまに愛されていない、むしろ憎まれている、疎んじられていると思ってこられませんでしたか?

いいえ! あなたは愛されています。問題にあう、あわないは、神さまの愛をはかるはかりではありません。

問題の中にあるときには、意識して「それでも私は神さまに愛されている」と、宣言しましょう

神に信頼しよう

神さまに忠実に歩んでいても、問題はやってきます。

そのときに私たちに問われているのは、いたずらに大騒ぎをしたり、神さまや運命や他の人を呪ったり、場当たり的な解決を求めて右往左往したりするのか、それともヒゼキヤのように神さまに信頼するのかです。

あなたの苦しみは、あなただけの問題ではありません。あなたの霊的な親であり、主人である神さまの名誉がかかっています。

ユダヤ人は神さまの選びの民ですから、その国が異教徒の国に滅ぼされるとしたら、神さまの名誉が傷ついてしまいます。そこでヒゼキヤ王は、預言者イザヤに対して、敵の将軍ラブ・シャケは私たちの主である神さまを侮辱していると訴え、神さまご自身が対処してくださるよう祈って欲しいと願いました。

そして、神さまはその祈りに応えてくださいます。たった一人の天使によって、18万5千人のアッシリア兵が死んでしまい、アッシリア軍は撤退せざるを得なくなってしまったのです。

神さまは、ご自分の名誉にかけて、イエスさまを信じて神さまの子どもになったあなたを守り、最も良い方法で祝福してくださいます。たとえ、問題が起こったとしても、その問題を通して素晴らしいことを見せてくださいます。ですから、問題が起こったら、意識して「神さま、あなたが最善をすでになさっていると信じます」。これから神さまが重い腰を上げて働いてくださるのではありません。「もうすでに」神さまのみわざが始まっている。そう信じて祈りましょう。

信仰の友を頼ろう

そうは言っても、実際に問題が起きると、ついつい心騒いでしまうものですよね。

そのために、神さまはヒゼキヤを、預言者イザヤを通して励ましてくださいました。

一人では、平安を得られないかもしれません。しかし、あなたは一人で信仰生活を送っておられるわけではありません。信仰の友に状況を伝え、祈ってもらいましょう。

また、あなたも他の人のために祈りましょう。教会は、祈りの共同体です。

まとめ

問題に巻き込まれたときこそ、私たちの信仰が試されます。私たちを愛してくださる神さまの助けを期待しましょう。

あなた自身への適用ガイド

  • 問題にあって、自分は神さまに愛されていないのではないかと思ったことが、最近ありませんでしたか?
  • 問題にあっていても、自分は神さまに愛されているから大丈夫だと感じたことが、最近ありましたか?
  • 神さまの介入によって、問題が解決したと感じた出来事が、最近ありましたか?
  • 信仰の友に祈ってもらうことで、励まされ、神さまへの信仰を奮い立たせることができたという経験が最近ありましたか?
  • 今日の聖書の箇所を読んで、どんなことを決断しましたか?

連絡先

〒962-0001
福島県須賀川市森宿辰根沢74-5

TEL 090-6689-6452
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