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礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

他山の石としてのヒゼキヤ

第2列王記働き20章1節〜21節

(2019年5月5日)

参考資料

今回の出来事は、前回取り上げた、アッシリア軍によるエルサレム包囲と撤退の直後に起こりました。

21節のマナセは、12歳で王となりました(22:1)。マナセは、父王ヒゼキヤと違って、偶像礼拝や残虐行為を行なった悪王として知られています。

イントロダクション

ヒゼキヤは、南王国史上、最も神さまに信頼した良い王さまです。「彼はイスラエルの神、【主】に信頼していた。彼の後にも前にも、ユダの王たちの中で、彼ほどの者はだれもいなかった。彼は【主】に堅くつき従って離れることなく、【主】がモーセに命じられた命令を守った。」(第2列王18:5-6)。

しかし、残念ながら完璧な人間はいません。前回、私たちはヒゼキヤの良い部分から学びましたが、今回はヒゼキヤの失敗について学び、他山の石としましょう。

1.ヒゼキヤの失敗

病といやし

前回、アッシリアの大軍に首都エルサレムが包囲されるという試練が南ユダ王国と、国王ヒゼキヤを襲ったという記事を学びましたね。ところが、神さまの遣わしたひとりの天使が、アッシリア兵18万5千人を一晩で死なせてしまいます。そのおかげで、アッシリア軍は撤退していきました。

1-11節に書かれているのは、アッシリア軍が撤退したのと同じ年(前701年)に起こった出来事です。何と、ヒゼキヤが死の病にかかってしまいました。7節には腫物という言葉が出てきていますから、ヒゼキヤがかかったのは、もしかしたら癌のような病気だったのかも知れません。

神さまは預言者イザヤを遣わして「もう治らない」と宣告なさいますが、それを聞いたヒゼキヤは、神さまに泣いてお願いして、いやしを求めました。すると、神さまはその祈りを聞いてくださいました。その際ヒゼキヤは、神さまが病気を治してくださるしるしとして、日時計の影が逆方向に10度動くことを求めます(10度というのは40分間に当たります)。すると、神さまはその通りにしてくださいました。地球の自転が逆方向に動いたということです。

神さまは素晴らしい恵みをヒゼキヤに注ぎました。こうして、ヒゼキヤはいやされ、15年寿命を延ばしていただきました。すばらしいですね。

バビロンの使者への態度

ところが、このいやしがヒゼキヤの人生の末節を汚すきっかけとなります。それが今回の箇所に書かれていることです。

同じ出来事について記した第2歴代誌32:24-25には、このように書かれています。「そのころ、ヒゼキヤは病気になって死にかかっていた。彼が【主】に祈ったとき、主は彼に答え、しるしを与えられた。ところがヒゼキヤは、自分に与えられた恵みに応えようとせず、かえってその心を高ぶらせたので、彼の上に、また、ユダとエルサレムの上に御怒りが下った」。

「心を高ぶらせた」というのは、具体的にどういう態度のことを指しているのでしょうか。それは、バビロンの使者に対して行なったある行動です。

バビロンはこの頃はまだそれほどの大国ではなく、南ユダ同様、アッシリアに抑圧されていました。バビロンにしてみれば、南ユダは同じ痛みを持つもの同士、いわば仲間です。その南ユダの王ヒゼキヤが、死にかけていたのに回復したというのですから、バビロン王メロダク・バルアダン2世は、使者を送ってヒゼキヤの回復を祝福してくれました。

喜んだヒゼキヤは、使者を宝物庫や神殿に案内して、南ユダが持っている金銀財宝を見せびらかしました。
富み栄えていたヒゼキヤ
アッシリアが攻めてきたとき、ヒゼキヤは金銀財宝を差し出して許しを請いましたが(18:14-16)、それでも許されずにエルサレムが包囲されてしまいます。この時点で、南ユダの金銀財宝はかなり減少したのです。ところが、前回学んだとおり、神さまのお働きにより、アッシリア軍が突然撤退してしまいました。

これに驚いた南ユダの国民や周辺諸国は、聖書の神さまやヒゼキヤ王にたくさんの財宝を贈りました。「多くの人々が、【主】へのささげ物やユダの王ヒゼキヤに贈る選りすぐりの品々を携えて、エルサレムに来るようになった。この時以来、ヒゼキヤはすべての国々から尊敬の目で見られるようになった」(第2歴代32:23)。

そこで、バビロンから使者を迎えた時の南ユダには、アッシリアに貢ぎ物を差し出した以前よりもっと多くの金銀財宝が満ちあふれていたのです。「ヒゼキヤは非常に多くの富と誉れを手にした。彼は、銀、金、宝石、バルサム油、盾、すべての尊い器を納める宝物倉、穀物、新しいぶどう酒、油などの産物のための倉庫、さらに、あらゆる家畜のための小屋や、羊の群れの囲いを造った。彼は町々を建て、羊や牛の群れもおびただしい数であった。神が、実に豊かな財産を彼に与えられたからである」(第2歴代32:27-29)。
悪趣味な行動の理由
病気の回復を祝福に来てくれた友だちに、自分の家の財産を見せびらかすというのは、はっきり言って悪趣味です。ヒゼキヤがこんなことをしたのはなぜでしょう。前回は大国アッシリアを退けていただき、今回は不治の病までいやしていただき、以前よりもっと裕福にしていただいた自分は、いかに神さまに愛され、祝福されていることか。それを誇りたい気持ちだったからでしょう。

アッシリア軍の撃退も、病気のいやしも、本当は神さまからの一方的な恵みによって与えられました。そして、神さまが先祖アブラハムやダビデ王と結ばれた契約のおかげです。ヒゼキヤが良い王さまだったということは間違いありませんが、決してヒゼキヤ自身の素晴らしさの故に、そのご褒美として祝福されたわけではありません。ところが、ヒゼキヤはまるでそれらの祝福が自分ひとりの手柄のように思い込み、誇ってしまいました。

これが、先ほど引用した箇所で語られている心の高ぶりです。

バビロン捕囚の預言

神さまは、預言者イザヤを通して、ヒゼキヤの行為を非難しました。そして、やがて彼が見せびらかした南ユダの宝物がすべてバビロンに奪い去られ、彼の子孫もバビロンに仕える時が来るとおっしゃいました。バビロン捕囚の預言です。

バビロンの使者たちは、ヒゼキヤの自慢げな行動に内心舌打ちをしたでしょうが、南ユダが思いのほか豊かな国だということは印象に残りました。そして、本国に戻って王に報告したことでしょう。そこで、バビロンには、やがて国力が充実したら、南ユダを征服してやろうという野心が芽生えます。

そして、この時から100年以上経った紀元前586年、バビロンの攻撃によってエルサレムと神殿が破壊され、多くの王族や国民がバビロンに連れ去られてしまいました。
ヒゼキヤの反応
では、バビロン捕囚の預言を聞いたヒゼキヤの反応はどうだったでしょうか。歴代誌にはこう書かれています。「しかし、ヒゼキヤがその心の高ぶりを捨ててへりくだり、彼もエルサレムの住民もそうしたので、【主】の御怒りは、ヒゼキヤの時代には彼らの上に臨まなかった」(第2歴代32:26)。

ところが、ヒゼキヤの反省が不十分だったと思わせる記述が列王記の方には書かれています。「ヒゼキヤはイザヤに言った。『あなたが告げてくれた【主】のことばはありがたい』。彼は、自分が生きている間は平和と安定があるのではないか、と思ったのである」(19節)。

彼自身は、高慢になってバビロンの使者に自分の富を誇ったこと悔い改めました。その結果、自分が生きている間はバビロン捕囚が起こることはないという保証を得ました。そこでヒゼキヤはホッとして喜びました。

ところが、バビロン捕囚自体が取り消しになったわけではなく、子孫がそういうひどい目に遭うとイザヤは警告しています。それなのに、その点についてヒゼキヤは全く無頓着でした。自分自身がさばきを受けさえしなければ、子孫がどうなろうと関係ないという、自己中心的と言われても仕方のない態度です。
後継者マナセ
ヒゼキヤの子孫のことを考えない態度は、後継者であるマナセの時代に早速花開きます。ヒゼキヤが死んでマナセが次の王になったとき、マナセは12歳でした。すなわち、今回病気がいやされたあとで生まれた王子だということです。

ヒゼキヤ自身は立派で信仰的な王でしたが、彼は自分の子どもたちや子孫にその信仰をどう伝えていくかということについては、上述の通り真剣に考えていませんでした。ですから、マナセは父の信仰を全く受け継ぎませんでした。

即位したマナセは、父が取り除いた偶像礼拝や占い、まじないの類いを復活させ、、自分の子どもを犠牲として偶像の神にささげるという真似までしています。悪王だった祖父アハズの所業を復活させたのです。それどころか、聖書の神さまのための神殿の中に偶像礼拝のための祭壇を設けます。そして、自分を批判する預言者イザヤをのこぎり引きで殺すなど、多くの残虐行為を行ないました。

そのため神さまは、南ユダをバビロンによって滅ぼすという計画を、もう取り消し不可能な決定事項となさいました(21:10-15)。事実、やがてバビロン捕囚が現実のものとなります。麗しい都エルサレムは占領され、ソロモンが建てた神殿も破壊されてしまいます。そして、多くの民がバビロンの都に引かれていきました。
ヒゼキヤが自分だけでなく子孫のことも考えて、マナセをしっかり教育しなかったことが悔やまれますね。こう言ってはナンですが、ヒゼキヤがいやされたおかげでマナセが生まれたのだということを考えれば、いやされたことが良かったのかどうかとさえ……。

では、ここから私たちは何を学ぶことができるでしょうか。

2.ヒゼキヤを他山の石としよう

成果主義に陥らないようにしよう

ヒゼキヤの高慢の理由は、本来一方的に与えられた神さまの祝福を、自分が立派だから与えられたのだと誤解したところから生まれました。もしも、救いや祝福が良い行ないに対する報酬、ご褒美だとしたら、自分自身を誇ることもできるでしょう。しかし、神さまからの救いや祝福はあくまでも神さまの恵み、すなわち一方的な選びと決断によって与えられます。

ということは、前回も学びましたが、様々な問題や苦しみを、自分が悪いから、あるいは劣っているからだと捉えることもまた、高慢の一種だということです。人間の行動によって神さまから祝福や苦しみを引き出すことができるという考え、成果主義に基づいているという点では同じだからです。
罪の結果与えられる苦しみの場合
ただし、罪や失敗のせいで問題や苦しみがやってくることもあります。その場合には罪を犯しているということに気づかせ、悔い改めに導く教育的指導が神さまの目的なのですから、どの罪が問題なのかということを私たちがはっきり分るようにしてくださいますし、代わりにどうしたらいいかということも教えてくださいます。

たとえば、バビロン捕囚は、南ユダの王や国民が、神さまの命令を無視し、神さまを捨てて偶像を礼拝して、それを悔い改めなかった結果与えられました。しかし、バビロンに捕囚されたユダヤ人たちは、自分たちがこうなったのは罪を犯したせいだと正しく理解し、悔い改めました。そして、バビロン捕囚が始まって70年後、神さまの恵みによって約束の地に戻ることができるようになったとき、彼らは神さまの命令を熱心に学び、それを守ることを第一とするようになりました。

神さまの恵みによって救われた私たちクリスチャンにとっては、罪に対する罰としての苦しみでさえも、神さまの愛が失われたしるしではなく、むしろ愛されている証拠です。
恵み主義で行こう
フィリップ・ヤンシーの恵みの定義については何度も繰り返していますが、もう一度紹介します。「恵みとは、神さまにもっと愛されるために、私たちにできることは何もないということであり、神さまにもっと愛されなくなるために、私たちにできることも何もないということである」。

成果主義の信仰ではなく、恵み主義の信仰を保ち続けましょう。そうすれば、私たちは神さまや他の人に対して傲慢で鼻につくような態度を取ることも、逆に罪責感や劣等感にさいなまれたり卑屈な態度を取ったりすることもありません。

感謝を忘れないようにしよう

成果主義ではなく恵み主義で生きるようになった人は、神さまに向かって、そして他の人に向かって、感謝の言葉をたくさん使うようになります。

日本語で感謝を表す「ありがとう」という言葉は、「有り難し」、すなわちあり得ないようなことをしてもらったという感動の言葉だと、以前申し上げたことがありますね。ということは、「ありがとう」の反対は「当たり前」「そんなのやって当然」です。

自分が一番上になれば、神さまや他の人がどんなに良いことをしてくれたとしても、それはそうするのが当然のことです。感謝の言葉をかける必要などありません。

しかし、恵み主義に生きる人は、今置かれている状況や、自分が体験した様々な良いことを、起こって当然、してもらって当たり前だとは思いません。そして、感動し、喜びに満ちあふれ、神さまや人に向かって感謝の言葉を口にします。

意識して感謝のタネを探し出し、神さまや他の人に向かって感謝の言葉を述べましょう。くれぐれも「言わなくても伝わるはずだ」なんて思わないで、はっきりと具体的に表現しましょう。

他の人のことも考えよう

感謝は、あり得ないようなことをしていただいたという感動から生まれると申し上げました。恵みを体験し、感動したならば、それを他の人にも伝えたいという思いが生まれてきます。恵みに感動している人は、他の人の幸せや永遠の運命について、無頓着ではいられなくなります。

ところが、ヒゼキヤはいつの間にか高慢になってしまい、自分が祝福を体験すること、奇跡さえも体験できることは、立派な自分にとっては当然のことだと思い込んでしまっていました。そこでヒゼキヤは、恵みを体験した感動を自分の子どもたちや国民に伝える意欲を持てませんでした。

教会の携挙後の混乱した世界を描いた「レフトビハインド」という小説や、それを原作とした映画をご存じでしょうか。原作者の一人は数年前に亡くなったティム・ラヘイというアメリカの牧師です。ラヘイ先生は聖書学者としてだけではなく、大変熱心な伝道者としても知られていました。伝道したいという強い思いが湧き上がってくる理由について、ラヘイ先生は、若い頃から聖書の預言について興味を持ち、それを専門的に研究したせいだとおっしゃったそうです。

世の終わりが来ると、世界は大変悲惨な状態になります。そして、最終的に多くの人々が火の池と呼ばれるゲヘナという場所に落とされ、永遠に逃れることができない苦しみを受けることになります。それを免れる唯一の手段は、イエス・キリストを信じて罪を赦されることだけです。失われようとしている魂に対する深い愛が、ラヘイ先生を伝道に駆り立てました。

しかも、ラヘイ先生は、信じないと地獄行きだぞと脅して伝道したわけではありません。ラヘイ先生の原動力は、本来なら罪の故に将来火の池に落とされるはずの自分を、神さまがわざわざ選び出し、愛し、赦し、救ってくださったという事実、そしてそのためにイエスさまが自ら進んで命をささげてくださったという事実に対する感動です。すなわち、イエスさまに対するあふれる感謝が、ラヘイ先生の思いを他の人へと向かわせました。

私たちも、自分がどんなに大きな愛と恵みによって今の神さまの子ども、クリスチャンとしての立場を与えられているのかということについて、もっともっと学んで感動し、感謝と喜びに満ちあふれましょう。それが、自分の家族や友だちやまだ知らない人たちにも幸せをもたらしたい、特に救いを味わってもらいたいという愛の想いを生み出します。

まとめ

心が高ぶらないよう、いつも自分の内面や行動に気をつけ、恵み主義に立ち続けることを意識しましょう。

あなた自身への適用ガイド

  • ヒゼキヤの残念な部分について学び、どんなことを感じましたか?
  • 自分が成果主義に陥って、高ぶったり落ち込んだりしていたなと気づいた部分がありますか?
  • 神さまに対して、感謝を忘れていたと気づいたことがありますか? また、人に対する感謝はどうですか? あるとすれば、これからどのように感謝を表しますか?
  • 他の人の幸せや救いについて、無頓着になっていたと気づかされた部分がありましたか?
  • 今日の聖書の箇所を読んで、どんなことを決断しましたか?

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