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礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

喜び・祈り・感謝

テサロニケ人への第一の手紙5章16節〜18節

(2019年8月18日)

参考資料

宛先の教会があるテサロニケは、パウロとシラス(シルワノ)とテモテ(1:1)が第2回伝道旅行で訪れたときに誕生しました。彼らは3週間にわたって滞在して福音を宣べ伝え、幾人かのユダヤ人、大勢のギリシャ人が信じました。ところが、福音に反対するユダヤ人たちが町の人々を扇動して騒ぎになったため、テサロニケのクリスチャンたちはパウロたちを密かにベレヤに送り出しました(使徒17:1-10)。

その後、アテネまでやってきたパウロは、短期間の滞在で十分な指導ができなかったテサロニケの信徒たちを心配し、テモテを派遣して様子を見てこさせました。すると、テモテはテサロニケ教会の人々が信仰と愛に満ちた素晴らしい生活を送っているという報告を持って帰ります(2:17-3:7)。パウロはそのことについて感謝し、今なお迫害の中にある教会を励ますと共に、滞在中十分教えることができなかったこと、特に死者の復活と携挙について述べています(4:13-18)。執筆場所はおそらくアテネの後に訪問したコリント、時期は紀元50年頃でしょう。

イントロダクション

今回はとても有名な箇所を取り上げます。神さまは、「いつも喜び、絶えず祈り、すべてのことにおいて感謝せよ」と命じていらっしゃいます。私たちが常にそういう状態でいられるために必要なことは何でしょうか。

1.約束に目をとめる

命令は約束に基づく

「喜びなさい」という命令に付随している「いつも」という言葉に注目しましょう。これは、喜んでいないときがあって、喜んでいる状態に変われという命令ではなく、常に喜んでいる状態にあれという意味ですね。祈りや感謝についても同様です。

しかし、実際にはどうでしょうか。わざわざ命ぜられているというのは、私たち人間には、喜べないとき、祈りたくもない状況、とても感謝なんかできないことがあるということです。

それにも関わらず、「いつも」「絶えず」「すべてのことにおいて」と言われています。神さまは不可能なことをやれとおっしゃる意地悪なお方ではありません。命令されているということは、それが可能であるということ、別の言い方をすればそうなることができるという約束が与えられているということでもあります。

すなわち、
  • 私たちは、いつも喜んでいることができる
  • 私たちは、神さまとの愛に満ちた交わりを絶えることなく経験し、平安を味わうことができる
  • 私たちは、どんな状況の中でも感謝に満ちあふれることができる
……という約束です。

神の約束

今回の続きである23-24節にこのように書かれています。「平和の神ご自身が、あなたがたを完全に聖なるものとしてくださいますように。あなたがたの霊、たましい、からだのすべてが、私たちの主イエス・キリストの来臨のときに、責められるところのないものとして保たれていますように。あなたがたを召された方は真実ですから、そのようにしてくださいます」。

聖なるものである、きよいということは、単に悪いことをしないというだけではありません。積極的に神さまのみこころに従い、神さまの命令を守るということです。当然、「いつも喜び、絶えず祈り、すべてのことにおいて感謝せよ」も守ります。そうなるよう神さまご自身が助けてくださるとパウロは教えています。

毎日暑いので、少し涼しい話をしましょうか。この話をお読みください

ですから、私たちはこの神さまの約束をしっかりと握って、「どうか、いつも喜んでいられるよう、絶えずあなたとの安らぎに満ちた交わりを保ち続けることができるよう、またどんなことも感謝できるようにお助けください」と祈り求めましょう。そして、「そうなれると信じます」と宣言しましょう。

2.決断する

約束には命令が伴う

命令の背後には神さまの約束があると申し上げました。では、私たちはただボーッと座って待っていればいいのでしょうか。いいえ。聖書に出てくる信仰の勇者たちは、神さまの約束を受けた後、それに伴う命令に従うことを決断し、実際に行動を開始しました。

たとえばノアとその家族。彼らは大洪水から命を守られるという約束をいただきました。そして、そのために巨大な箱船を作るよう命ぜられ、彼らはその通りに実行しました。

たとえばアブラハム。アブラハムは神さまと契約を結び、彼にたくさんの子孫が与えられ、土地が与えられ、そして彼とその子孫が大いに祝福され、また全世界の人々が彼らを通して祝福されることを約束されました。そして、そのために故郷ウルを離れてカナンの地に移り住めと言われ、その通りに実行しました。

たとえばモーセ。神さまは彼と共にあり、彼を用いてエジプトで奴隷状態になっていたイスラエルの民を解放し、アブラハムとその子孫にお与えになったカナンの地に連れ戻すと約束なさいました。そして、そのためにエジプト王(当時の中東で最強の軍事国家の独裁者ですよ!)に民を解放するよう求めよと命ぜられました。モーセは最初は躊躇しましたが、ついに決断してその命令を実行しました。

私たちが決断すべきこと

私たちには、いつも喜んでいることができ、神さまとの愛に満ちた交わりを絶えることなく経験することができ、どんな状況の中でも感謝に満ちあふれることができると約束されています。そのために、私たちは今置かれている状況の中で、喜ぼうと決断し、神さまと交わろうと決断し、感謝しようと決断する必要があります。

普通だったら喜べないし、祈りたくもないし、感謝なんかできないけれども、それでもそうすることを選び、そうしようと決断して実践するわけです。そして、「今の状況を喜びます」と神さまに祈り、「この状況を感謝します」と宣言します。

そのとき、人の理屈では説明できないような喜びや平安や感謝が私たちの心の中に芽生え、それが少しずつ育っていくのを私たちは体験することでしょう。なぜなら、それが神さまの約束だからです。

3.意識する

自分の感情に気づく

前回、私たちの常識をを疑い、聖書の教えに合わせて修正していこうというお話をしました。そして、そのためにはまず自分の中にある常識に気づき、自分が何を考えているのかをしっかりと意識することが大切だと申し上げました。

私たちが喜びや平安や感謝を味わうことができるようになるには、まずは自分が喜べない状況、祈れないような精神状態、感謝を見失っている状態だということに気づく必要があります。喜びや平安や感謝の気持ちとは異なる、どんな気持ちでしょうか。

それを自覚するだけでも、実は大きな前進です。ある人が言いました。「スズメバチが部屋の中に入ってこないに越したことはないが、残念ながらもし入ってきたとしたら、ハチの姿が見えないより見えていた方が安心だ」。嫌な感情(たとえば怒りや絶望感)をしっかりと自覚することで、私たちはそれに振り回されにくくなります。

感情の背後にある考えに気づく

それから、その感情の元となっている考えに意識を向けます。私たちの感情は、状況から直接生み出されるものではありません。起こった出来事をどのように解釈し意味づけするか、すなわちその出来事をどう考えるかによって生み出されます。

ですから、同じような出来事に遭遇しても、人によって感じ方が異なるのです。一人一人その出来事について考えることが違うからです。

たとえば、ある母親が子どものためを思って何かをアドバイスしたら、子どもが「うるせぇ!」と怒鳴ったとします。
  • あるお母さんは、「年少者に馬鹿にされた」と考えます。すると頭にくるでしょう。
  • あるお母さんは、「子どもを怒らせるなんて、私は母親失格だ」と考えます。すると罪責感を抱くでしょう。
  • あるお母さんは、「子どもに嫌われた」と考えます。すると悲しくなるでしょう。
  • あるお母さんは、「殺される!」と考えます。すると恐ろしくなるでしょう。
  • あるお母さんは、「お。うちの子は自分のことは自分でやりたいと願っているんだな。なかなか自立してきたなあ」と考えます。すると頼もしい気持ちになるでしょう。

神の約束を前提とした考えに変える

感情の背後にある考え方が見つかったら、それは神さまの約束を前提とした考え方だろうかと検討してみます。そして、神さまが私を救い、必ず祝福すると約束しておられるなら、そして、喜びや平安や感謝を生み出してくださると約束しておられるなら、どのように考え直せばいいか検討します。

よりうれしくなるような考え方は何でしょうか。神さまを信頼して祈りたくなるような考え方は何でしょうか。そして神さまに感謝したくなるような、そんな考え方は何でしょうか。

私たちは神さまの存在を信じています。聖書とイエス・キリストを通してご自身を表された神さまはどんなお方ですか?

神さまは何でも知っておられ、何でもすることがおできになります。神さまにコントロールできないものは何一つありません。あなたの人生も、神さまがしっかりと握っておられます。

しかも、その神さまはあなたを愛しておられます。全知全能の力を、私たちをいじめ、滅ぼすためではなく、私たちを幸せにするために使ってくださいます。

私たちクリスチャンは、これらを前提として起こった出来事を解釈します。この出来事がどうして自分の身に起こったのかすぐに分からなかったとしても、それでも神さまの全知全能と愛のご性質を信じるが故に、私たちはいつも喜び、信頼して絶えず祈り続け、そしてすべてを感謝するのです。

これを繰り返していくとき、喜び・祈り・感謝が私たちの血となり肉となります。そして、いつも喜び、絶えず祈り、すべてのことにおいて感謝することができるようになっていきます。

まとめ

神さまに対する信仰とそれに基づく決断によって、あなたの毎日が、いえ一瞬一瞬が、喜びと祈りと感謝に満ちあふれますように。

あなた自身への適用ガイド

  • 最近、喜んだり、祈ったり、感謝したりできなかった出来事に遭遇しませんでしたか?
  • 最近、最初は喜んだり、祈ったり、感謝したりできなかったけれど、後になってできるようになったということがありましたか?
  • 感情的には喜んだり感謝したりできなかったけれど、あえて信仰と決断によってそうしたということが最近ありましたか? そうしてみたら、状況やあなた自身の内面がどんなふうに変わりましたか?
  • 物事の受け止め方、意味づけの仕方が変わって、感じ方まで変わったという経験が最近ありましたか?
  • 今、喜べなかったり、祈れなかったり、感謝できなかったりする状況にありますか? もしそうなら、神さまの全知全能と愛を前提にすると、どんな新しい考え方ができそうですか?
  • 今日の聖書の箇所を読んで、どんなことを決断しましたか?

連絡先

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福島県須賀川市森宿辰根沢74-5

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