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礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

7つの性質

ペテロの第二の手紙1章3節〜11節

(2019年10月27日)

参考資料

伝承によれば、使徒ペテロは、紀元67年に皇帝ネロの迫害で殉教したと言われています。この手紙はその直前に書いたものと思われます。「私たちの主イエス・キリストが示してくださったように、私はこの幕屋を間もなく脱ぎ捨てることを知っています」(1:14)。

イントロダクション

今日は召天者記念礼拝です。2012年の10月に召天なさったW姉とその信仰を改めて思い起こします。

今回の箇所の5-7節にこう書かれています。「だからこそ、あなたがたはあらゆる熱意を傾けて、信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい」。W姉はこの教えを忠実に実践しようと、祈りながら奮闘努力していらっしゃいました。

私たちがやがて天に迎え入れられたとき、「私たちもこれらのものを身につけようと、奮闘努力してきましたよ」と、W姉に、そしてイエスさまに報告できるよう、改めてこの箇所を学びましょう。

1.努力の勧め

全体のテーマ

まずはこの手紙全体のテーマについて確認します。

第1の手紙のテーマは、教会の外からやってくる攻撃、たとえば迫害の苦しみや誘惑です。そのような中にあっても喜びを忘れず、また罪を犯さずきよい生き方を求め続けるようペテロは読者を励ましました。

第2の手紙は、教会の中から来る攻撃について警告しています。それは、偽教師たちがやってきて、間違った異端の教えを広めようとするからです。「しかし、御民の中には偽預言者も出ました。同じように、あなたがたの中にも偽教師が現れます。彼らは、滅びをもたらす異端をひそかに持ち込むようになります。自分たちを買い取ってくださった主さえも否定し、自分たちの身に速やかな滅びを招くのです」(2:1)。

その惑わしに引っかかった信者たちは、聖書の健全な教えを無視して、平気で罪を犯すようになります。

一旦イエスさまを信じた以上、そうなった人たちが世の終わりのさばきの時に罪に定められて、永遠の滅びを受けることは決してありません。しかし、それでは神さまがその人のために用意している祝福のほとんどを味わい損ねてしまいます。

ですから、残念ながらそのような状態になってしまった人たちについて、ペテロはこう評しています。「『犬は自分が吐いた物に戻る』、『豚は身を洗って、また泥の中を転がる』という、ことわざどおりのことが、彼らに起こっているのです」(2:22)。

過ちを防ぐための方法

ペテロは10節で「これらのことを行っているなら、決してつまずくことはありません」と語っています。今回の箇所は、私たちクリスチャンが間違った教えに振り回されて、神さまのみこころと神さまが用意してくださっている素晴らしい人生から離れてしまわないようにするための大切な羅針盤です。

そして、ペテロは5-7節で7つの性質を挙げて、それを身につけなさいと勧めています。しかも、新改訳2017では「あらゆる熱意を傾けて」、新改訳第三版では「努力して」、口語訳では「力の限りをつくして」、新共同訳では「力を尽くして」身につけるようにせよと訳されています。

もちろん、救われるための努力は必要ありません。誰も、正しい行ないを神さまに見せて気に入られることによって救われることはありません。もし救いのために神さまが行ないを要求なさるとすれば、それはかけらほどの不完全さもない完璧な行ないが必要だからです。そして、生まれてから死ぬまでの間、ただの1度も失敗は許されません。

私たちが救われるのは、恵みの福音を信じる信仰によってです。恵みの福音とは、「イエス・キリストは、私の罪を赦すために十字架にかかり、死んで葬られたけれど、3日目に復活なさった」と信じるだけで救いはあなたのものだという、喜ばしいニュースのことです。この福音を信じたあなたは、過去・現在・未来のすべての罪を赦され、神さまの子どもとされ、人生が作り変えられ、永遠に続く祝福をいただける身分となりました。

しかし、救われた私たちが、これまで自分を不自由にしていた様々なとらわれから解放され、神さまがくださる様々な祝福をこの地上で味わうためには、信仰だけでなく努力も必要です。それは、信仰に加えるよう5-7節で勧められている7つの性質を身につけるための努力です。

私たちクリスチャンは、「信仰」についてはすでに身につけています。私たちは福音を信じる信仰によって救われるのだからです。それでは、それに加えるよう努力しなさいと言われている7つの性質は、それぞれどういうことを表しているのでしょうか。

2.努力して身につけるべきもの

(1) 徳

徳とは、道徳的・倫理的に正しい性質のことです。しかも、その道徳的正しさは、自分が考える正しさや、世間一般の人たちが考える正しさではありません。神さまがお考えになっている正しさのことです。

イエスさまを信じた私たちに対して、ペテロが「信仰には徳を加えなさい」と命じたのは、「一方的に愛され、赦され、祝福されていることを信じて感謝し、喜んでいるならば、当然救ってくださった神さま、自分のために命を捨ててくださったイエスさまが願う生き方を実践したいと思うでしょう? そして、実践できるよう努力するはずでしょう?」ということです。

いつも神さまへの感謝を言い表して、「あなたに従います。あなたが望まれる生き方をします」と祈りましょう。

(2) 知識

さて、徳を身につけるためには知識が必要です。聖書が言う徳とは、神さまのみこころにかなう正しさのことですから、それを身につけるためには神さまが人間に何を望んでおられるかを知ることが必要です。

みこころに関する知識は、聖書と聖霊さまから来ます。聖書全体を選り好みしないで学び、また「聖書を通してみこころを教えてください」と聖霊さまに祈りましょう。もちろん、それは1回限りのことであってはなりません。何年も何十年もし続けていきましょう。

(3) 自制

私がカウンセリングスクールで教わった言葉の中に、「"わかる"と"かわる"は違う」というものがあります。神さまのみこころを知っているということと、それが実践できることとは違います。

サタンや悪霊たちは、私たちが神さまに逆らって罪を犯すよう、あの手この手で誘惑してきます。また、私たちは罪の罰からは解放されていますが、罪の性質はまだ私たちの中に残っています。ですから、放っておくと罪を犯す方向に強く引っ張られてしまいます。

最近は、自分の気持ちに正直に生きることが良いとされています。しかし、実際に自分の気持ちに正直に生きたなら、必ず神さまのみこころから外れてしまいます。私たちの心は神さまから離れる方向に傾いているからです。自分の気持ちに正直に生きていいのは、どの選択肢も神さまのみこころから外れていないときです。

心の中に、罪だと分かっていることをしたいという思い、あるいは正しいと分かっていることをしたくないという思いがわき上がってきても、驚いたり自分を責めたりしないでください。それが私たち人間の自然な姿なのです。大切なのは、そういうときに自分の気持ちよりも神さまのみこころの方を選んで実践するということです。これが自制です。

(4) 忍耐

罪に引っ張ろうとする内側の性質に縛られ、また外からやってくる誘惑の中で、それでも神さまに従う方を選べば、時に苦しい思いをしなければなりません。自分の心が苦しいだけでなく、他の人たちから攻撃されたり馬鹿にされたりするかも知れません。

ヘブル人への手紙の著者は言いました。「あなたがたは、罪と戦って、まだ血を流すまで抵抗したことがありません」(ヘブル12:4)。これはそのことを責める言葉ではありません。

イエスさまは、ご自分を救い主だと受け入れない霊的指導者たちによる迫害にもかかわらず、父なる神さまのご計画に従うことをやめませんでした。そして、十字架にかかって血を流されました。それは、単に死刑になったということではなく、全人類の罪の身代わりとなり、父なる神さまののろいを受けるということです。

私たちに対するどれほど迫害が厳しくとも、イエスさまが経験なさった苦しみを超えるものではありません。ヘブル12:4の言葉は、イエスさまの忍耐を思い描きながら、自分の信仰の戦いを戦いなさいという励ましの言葉です。

聖書は、イエスさまが自ら進んで十字架にかかる道を選ばれたと記しています。「だれも、わたしからいのちを取りません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、再び得る権威があります。わたしはこの命令を、わたしの父から受けたのです」(ヨハネ10:18)。

聖書が教える忍耐とは、ただ嵐が過ぎ去るのを我慢して待つという消極的な意味ではなく、積極的に試練や誘惑に立ち向かっていくことを指します。誘惑を感じたり、自分の正直な気持ちを手放すのがつらかったりするときには、積極的に「悪霊どもよ退け。誘惑よ去れ!」と命じ、「私はみこころに従う方を選ぶ!」と宣言しましょう。

(5) 敬虔

敬虔とは、神さまを恐れ敬う態度のことです。

この話をお読みください

聖書は、神さまが私たちを愛するあまり、御子イエスさまのいのちと引き換えになさったと語っています。また、神さまのことを私たちの天のお父さんだと教えています。神さまは私たちにとって優しく、温かなお方です。

C.S.ルイスの「ナルニア国ものがたり」シリーズは、言葉をしゃべる動物たちの国ナルニアに、イギリスの少年少女たちが迷い込んで冒険するファンタジーです。その中で、金色の大きなライオン「アスラン」が登場します。実は、アスランの正体はキリストです。

アスランは、時に子どもたちや動物たちとじゃれ合って遊ぶような優しく楽しい存在です。しかし、その目で見つめられれば誰も逆らうことができず、軽くうなり声を上げただけで悪い者たちは尻尾を巻いて逃げ出します。誰もがアスランの前では膝をかがめ、頭を垂れます。

神さまの愛の側面、優しさの側面を決して忘れてはなりません。私たちが神さまに従うのは、そうしないとひどい罰を受けるから、それが恐ろしいからではありません。しかし、神さまがこの宇宙を支配しておられるお方であり、王の中の王、主の中の主であることもまた、決して忘れてはなりません。神さまの偉大さ、気高さ、そして恐ろしさを知れば知るほど、そういうお方が犠牲を払ってまで自分のことを愛し、守り、支えてくださっているということが感動となり、喜びとなるのです。

神さまに対する正しい恐れ、畏怖の念、尊敬の念を忘れないようにしましょう。

(6) 兄弟愛

次が兄弟愛です。兄弟とは、信仰の兄弟、すなわち他のクリスチャンたちのことを指します。その人たちに対する愛です。

敬虔さが深まっていくと、今度は別の誘惑がやってきます。それは、他のクリスチャンよりも自分は敬虔で正しくて立派だという傲慢に引っ張っていこうとする誘惑です。このとき兄弟愛を忘れてしまうと、他のクリスチャンたちを見下げたり、責めたりし始めます。それによって自分の方が優れているということを証明したくなるのです。その結果、教会が分裂したり、クリスチャンになったばかりの人たちが「自分にはクリスチャンは無理だ」と絶望して集会に来なくなったりしてしまいます。サタンにとっては、してやったりです。

第1ヨハネ4:20にこう書かれています。「神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません」。

神さまは私たちに対する愛をどのように表されましたか? 神さまは、私たちの罪を赦してくださいました。信じた後も何度も失敗していますが、そのたびに「また挑戦してごらん」と励ましたくださっています。そして、私たちが成長するのを忍耐強く、そして優しく見守り、待ち続けてくださっています。であれば、私たちも他のクリスチャンたちに対してそうすべきです。

(7) 愛

最後は「愛」です。相手がクリスチャンであるとかないとか、立派だとか立派でないとか、好きとか嫌いとかに関係なく、相手を大切にする態度です。そして、そのために自分が犠牲を払うことも厭わない態度です。それは、イエスさまが私たちに見せてくださった愛です。私たちの最終的な目標は、イエスさまのような愛を身につけて実践することです。
  • コルカタの上流階級の少女たちを教える学校の校長という地位を捨て、貧しく死にゆく人たちを世話し続けたマザー・テレサのように。
  • ハワイのハンセン氏病の人たちを励まし世話し続け、最後は自分も同じ病気にかかって亡くなったダミアン神父のように。
  • ナチスの収容所で、脱走者が出たことに対する見せしめのため殺されることが決まった青年の身代わりとなることを申し出たコルベ神父のように。
  • アメリカの黒人差別撤廃のために立ち上がり、しかし暴力によらない運動を続けて最後は暗殺されたキング牧師のように。
  • リトアニアの外交官だったとき、ナチスの迫害によりヨーロッパ各地から逃れてきた数千人のユダヤ人の命を守るため、日本政府の意向に反することを知りながら、日本へのビザを発行し続け、結局外務省を辞めざるを得なくなった杉原千畝さんのように。
そして、一般の歴史には名が残らない、しかし天にははっきりとその名が記されているW姉をはじめ多くの先輩クリスチャン、あるいは現役のクリスチャンたちのように。

イエスさまのみわざについての恵みの福音を信じる信仰によって、私たちは救われました。その信仰に徳を加え、さらに知識を、自制を、忍耐を、敬虔を、兄弟愛を、そして愛を加えることができるよう、日々奮闘努力していきましょう。

まとめ

もちろん、私はW姉を偶像化するつもりも、完全無欠の人だったと主張するつもりもありません。W姉も何度も失敗したはずですし、そのために悩みもしたでしょう。事実、そのために私もたびたび相談されたり、祈ってくれるよう依頼されたりしました。

しかし、それでもW姉は最後にはイエスさまの方を向き直し、信仰に加えて7つの性質を身につけられるよう再出発し続けました。そう、繰り返し、繰り返し。

そして、その努力は私たちが一人で絞り出すものではありません。W姉がそうなさったように、私たちも聖霊なる神さまの助けを求めましょう。そして、教会の仲間たちと励まし合い、祈り合いましょう。

あなた自身への適用ガイド

  • あなたはいつ、イエスさまの恵みの福音を信じましたか? それはどのような経緯でしたか?
  • 信仰に加えて身につける努力をするよう命ぜられている7つの性質について、特にあなたの心にとまったものは何ですか?
  • それを身につけるために、あなたが心がけなければならないと思ったことは何ですか?
  • あなたが特に聖霊さまの助けを必要としていることは何ですか?
  • 今日の聖書の箇所を読んで、どんなことを決断しましたか?

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