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礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

ナザレでの出来事

ルカによる福音書4章14節〜30節

(2020年2月9日)

参考資料

18-19節でイエスさまが朗読なさったのは、イザヤ61:1-2です。

19節の「恵みの年」は、モーセの律法が定めている「ヨベルの年」がモチーフになっています(レビ25章)。これは50年ごとに巡ってきて、すべての畑を休耕にし、売られた土地が元の所有者のものとして返却され、貧しさのために身を売って奴隷となった人が解放されました。

25-26節は第1列王17章、27節は第2列王5章のに載っている話です。

27節の「ツァラート」は重い皮膚病の一種で、家や皮膚や食器などにつくツァラートもあります。こちらは悪性のカビでしょう。イスラエルではこれにかかるとモーセの律法に則って宗教的に汚れていると宣言されました。なお、以前は「らい病」と訳されていましたが、らいすなわちハンセン氏病とは違う病気です。

後にイエスさまはもう一度ナザレを訪問なさっています(マルコ6:1-6)。

イントロダクション

イエスさまが故郷のナザレに来たとき、カペナウムなど他の町で行なったような奇跡をなさいませんでした。私たちは、人生の中で神さまの奇跡、神さまにしかできないような体験をしたいと願っています。ナザレの人々を反面教師としてその秘密を学びましょう。

1.ナザレでの出来事

解放宣言

荒野での誘惑の後、イエスさまはガリラヤ地方で伝道なさったと書かれています。ガリラヤでの伝道は1年半ほど続きましたが、その間にペテロとアンデレ、ヤコブとヨハネ、ピリポとナタナエルなどが弟子になっています(ヨハネ1章)。またその合間に過越の祭りに参加するためにエルサレムにも登り、ニコデモと話したり帰り道でサマリアの女と話をなさったりしています(ヨハネ2-4章)。

さて、ガリラヤ(やエルサレム)で様々な奇跡を行ないながら人々を教えておられたイエスさまは、自分が育った村ナザレに戻られました。そして、安息日に礼拝をささげるために会堂に入られました。
1世紀のユダヤの礼拝
安息日とは今の日本の暦では金曜日の日没から土曜日の日没までを指します(当時のユダヤでは日没で日が変わりました)。安息日はユダヤ人が礼拝する日だと思っている人が多いですが、元々は違います。モーセの律法によれば、この日は仕事をしないでみんな休息を取ることになっています。みんなが集まって礼拝するのは過越、ペンテコステ、仮庵の祭りの年3回、集まるのはエルサレムの神殿でした。

ところが、バビロンによってエルサレムの神殿が破壊され、多くのユダヤ人がバビロンに連れ去られました。国が滅びたのは自分たちが不信仰に陥り、神さまがくださった律法をないがしろにしたためだと悟ったユダヤ人たちは、ひかれていった先に会堂(シナゴーグ)を建てて、安息日ごとにそこに集まって律法を学び、礼拝をささげました。そして、バビロンが滅びて多くのユダヤ人が約束の地に戻ってきてからも、町ごとに会堂が建てられて、そこで律法を学んだり礼拝したりする習慣は残りました。

会堂での礼拝では、モーセ五書と預言書が朗読された後、会堂管理者が参加者の中から説教者を選んで説教をしてもらいます(使徒13:14-15参照)。今回は久しぶりに帰省したイエスさまが選ばれました。

メシア宣言と人々の反応

説教を依頼されたイエスさまは、イザヤ61:1-2を朗読なさいました。「主の霊がわたしの上にある。貧しい人に良い知らせを伝えるため、主はわたしに油を注ぎ、わたしを遣わされた。捕らわれ人には解放を、目の見えない人には目の開かれることを告げ、虐げられている人を自由の身とし、主の恵みの年を告げるために」(18-19節)。

この預言の中で「わたし」と言っているのは預言者イザヤのことではなく、救い主のことです。ちなみに救い主を意味するメシアという称号は、ヘブル語で「油を注がれた者」という意味があります(18節「主はわたしに油を注ぎ」)。

イザヤ61章は救い主がイスラエルに解放をもたらし、自由や繁栄や喜びを与えてくれることを預言しています。

イエスさまはイザヤ61章を朗読なさった後、聖書の巻物を閉じ、おもむろにこう宣言なさいました。「あなたがたが耳にしたとおり、今日、この聖書のことばが実現しました」(21節)。

原文では「今日」という言葉が強調されています。捕らわれ人が解放される、目の見えない人は目が開かれる、虐げられている人は自由の身となる。そんな素晴らしい時代がいよいよやってきた。それは、聖書に約束されてきた救い主がすでに登場したからだ。イエスさまはそのように宣言しました。
肯定的な反応
イエスさまの短いけれど権威に満ちた説教を聞いたナザレの人々は、一体どのように反応したでしょうか。

22節の前半には「人々はみなイエスをほめ、その口から出て来る恵みのことばに驚いて」と書かれています。

この話をお読みください

解放のメッセージを聞くことは素晴らしいことです。特にその時代のイスラエルはローマ帝国に支配されていて、みんな救い主が現れてローマから解放してくれることを願っていました。ですから彼らは喜びました。
否定的な反応
しかし、その一方で「『この人はヨセフの子ではないか』と言った」とも書かれています。

ナザレの人々は、イエスさまが「私こそ、この箇所で描かれている油注がれた者、救い主、メシアである」と宣言したんだと受け止めました。実際、イエスさまはそう宣言なさったのです。「私は聖書が登場を約束してきたメシアである。メシアがこうして現れたのだから、解放は実現する。メシアである私が来た以上、すでに主の恵みの年は始まっているのだ」と。

ところが、イエスさまは小さいときからナザレで育ち、30歳過ぎまでずっとそこで生活なさいました。ナザレは小さな村ですからみんなイエスさまやその家族のことを小さいときから知っています。

イザヤ書の別の箇所には救い主についてこんな預言が書かれています。「彼には見るべき姿も輝きもなく、私たちが慕うような見栄えもない」(イザヤ53:2)。イエスさまは、見た目はどこにでもいる普通の青年です。世界を王として治める救い主にはとても見えません。

ですから、ナザレの人々は「この人は大工の息子じゃないか」とつぶやきました。これは「何を偉そうなことを言っているんだ」という意味です。つまり、ナザレの人々はイエスさまが解放をもたらしてくれる救い主であることを受け入れませんでした。

イエスの反応

彼らの反応を見たイエスさまは言いました。「きっとあなたがたは、『医者よ、自分を治せ』ということわざを引いて、『カペナウムで行われたと聞いていることを、あなたの郷里のここでもしてくれ』と言うでしょう」(23節)。

ナザレの人々は、イエスさまが救い主だと言うことは信じません。しかし、カペナウムで行なわれたという病気のいやしなどの奇跡は体験したいと願いました。彼らは、救い主であるイエスさまを求めたのではなく奇跡を求めたのです。そういう彼らの態度に対して、イエスさまは明らかに否定的な反応をなさいました。「まことに、あなたがたに言います。預言者はだれも、自分の郷里では歓迎されません」(24節)。

それからイエスさまは、列王記に書かれているシドンのやもめとシリアの将軍ナアマンの話をなさいました。
人々の怒り
それを聞いた人々は怒りに震えます。なぜでしょうか。それは、カペナウムの人々よりも自分たちが信仰的に劣っていると言われているように感じたからです。さらに、ユダヤ人ではなく異邦人が神さまの奇跡を体験したということを、イエスさまがことさらに強調なさったからです。

ユダヤ人たちは、自分たちは神さまに選ばれた特別の民だけれど、異邦人は呪われた存在であるという強烈な選民意識を持っていました。その異邦人よりも自分たちが劣っていると言われているように感じて、ナザレの人々は怒りを覚えたのです。

そして、イエスさまを崖の下に投げ落とそうとしますが、イエスさまは彼らの真ん中を通って無事に村を出て行かれました。なぜそうなったのかは書かれていませんが、とにかくイエスさまは無事でした。

あるとき、イエスさまがこうおっしゃったことがあります。「だれも、わたしからいのちを取りません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、再び得る権威があります。わたしはこの命令を、わたしの父から受けたのです」(ヨハネ10:18)。

イエスさまは、過越の祭りの時に十字架にかかって、神の子羊として血を流し命をささげるという使命を与えられていました。そうすることによって、人類の罪が赦され、人類と神さまとの関係を回復させるためです。

それまでは人も悪魔もイエスさまの命を取ることはできません。荒野の誘惑で悪魔は「聖書には神が守ると書いてある。だから高いところから飛び降りてみろ」とイエスさまに言いました。イエスさまは必要も無いのにわざわざ危険を冒すことを拒否なさいましたが、必要なときにちゃんと神さまはイエスさまを守ってくださったのです。

こうして、ナザレの人々は救い主であるイエスさまを拒否しました。その結果、彼らは救い主イエスさまの驚くべき神さまの奇跡を体験することができませんでした。

後にイエスさまはもう一度ナザレを訪問なさいます。最初の訪問はイエスさまの活動の初期でしたが、この時はすでにイエスさまの名声はイスラエル中に広まっていました。それでもナザレの人々は信じませんでした。「それで、何人かの病人に手を置いて癒やされたほかは、そこでは、何も力あるわざを行うことができなかった。イエスは彼らの不信仰に驚かれた」(マルコ6:5-6)。

では、彼らを反面教師として、私たちは一体何を学ぶことができるでしょうか。どうしたら私たちは人生が劇的に変えられたり、神さまでしかできないような不思議を体験させられたりできるでしょうか。

2.奇跡だけを求めない

今も起こる奇跡

聖書には様々な奇跡が記録されています。病気や心身の障がいがいやされたり、災害が起こったり治まったり、食べ物や水や油が与えられたりと、驚くような不思議が起こりました。

物理的な奇跡だけでなく、人生そのものが作り変えられるという奇跡もあります。ペテロは臆病でしたが、やがて勇気に満ちあふれた人物に変えられました。すぐに頭に血が上っていたヨハネは愛の人になりました。お金の亡者だったマタイは分け与える人になりました。迫害者だったパウロは大伝道者になりました。

聖書時代だけではありません。2千年の教会の歴史の中でも、また現代でも、奇跡が起こったという報告がたくさんなされています。そうです。あなたの人生にもそれは起こります。

それを信じ、期待しましょう。

イエスを無視しない

しかし、奇跡だけを求めることは間違いです。

私はほとんど父親に叱られたことがないのですが、教師になるのをやめて牧師になると言ったときを除けば、唯一覚えているのは6歳の時のエピソードです。父の知り合いが家に来たとき、私にオモチャのお土産を持ってきてくれました。その方は私にもいろいろと話しかけてきたのですが、私はオモチャに夢中でほとんど受け答えをしませんでした。父はそんな私を叱り、そのオモチャを庭に投げ捨てました。

ナザレの人々はイエスさまを救い主として認めることはしませんでしたが、奇跡は行なって欲しいと願っていました。奇跡さえ起これば、イエスさまとの関係はどうでも良かったのです。それはイエスさまにとって存在を無視されることであり、悲しいことです。

イエスさまが奇跡を行なわれたということは、自然も病気も悪霊たちでさえもイエスさまの命令に従ったということです。もし私たちがイエスさまを無視したり、イエスさまに逆らったりしながら、他のものはイエスさまに従うように願うならそれは矛盾ですね。

救い主として交わろう

ナザレの人々を反面教師として、私たちはイエスさまを救い主として受け入れ、愛し、尊敬し、交わりましょう。

まずイエスさまが私たちの罪を赦すためにしてくださったことをいつも確認しましょう。イエスさまは私たちの身代わりとして十字架にかかり、死んで葬られ、そして3日目に復活なさいました。私たちがそれを信じるだけで私たちのあらゆる罪は赦され、神さまの子どもにしていただき、神さまに愛され祝福されます。そのことをいつも確認して感謝しましょう。

そして、愛する人のことはもっともっと知りたいと願うはずですね。イエスさまのことをもっと知りたいと願い、聖書を読みましょう。イエスさまの素晴らしさを知ったなら、それを祈りや歌や詩や絵画など、自分にできる芸術的・文学的手段で表して賛美しましょう。

そして、イエスさまが自分に何をしてもらいたいと願っているのかを聖書や祈りを通して学びましょう。もちろん、知って何もしないのは知らないのと一緒です。聖霊さまの助けを求めながら、学んだことを生活の中で実践しましょう。

願い事があるなら遠慮しないで素直にお願いしましょう。またお願いだけでなく、ただイエスさまとおしゃべりするためにも語りかけましょう。

まとめ

救い主であるイエスさまとの交わりを、もっともっと深めていきましょう。それこそが奇跡に満ちた人生に必要なことです。

あなた自身への適用ガイド

  • 神さまが何でもしてあげようとおっしゃったとしたら、あなたはどんな奇跡を求めますか?
  • 自分の生活や性格などで、神さまがこんなふうに変えてくださるといいなと思っていることがありますか?
  • あなたは「奇跡」を実際に自分の人生で体験したり、見聞きしたりしたことがありますか?
  • 救い主であるイエスさまとの交わりを深めるために、これから特にあなたが心がけようと思ったことは何ですか?

連絡先

〒962-0001
福島県須賀川市森宿辰根沢74-5

TEL 090-6689-6452
E-Mail info@nakakomi.com


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