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礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

小さなパン種一つ

イスラエルの王シリーズ6 「ヨシャファテ」(南王国)

第2歴代誌19章1節〜11節

(2021年2月14日)

礼拝メッセージ音声 (録音不具合のため、収録しなおしました)

参考資料

今回の箇所は、前回学んだように、ヨシャファテが北王国のアハブ王の要請で、共にアラムと戦って命からがら帰国した後の話です。この戦いは、前853年、ヨシャファテの治世の20年目に起こりました。

2節の「先見者」とは、預言者のことです。預言者は神さまの言葉を直接聞いて、それを人々に伝える役割を負っていました。

4節に「もう一度」と言われているのは、治世の3年目にも高官たちとレビ人たちをユダの町々に派遣して、モーセの律法を教えさせたからです(17:7-9)。

8節の「レビ人」は、祭司のを助けて神殿の様々な雑務を行なった人たちです。

11節の「あなたがたの上に立つかしら」とは、大祭司のこと。

北王国イスラエルと南王国ユダ、及び周辺国の位置関係は以下の地図をご覧ください(アモン=アンモン。国境線は時代によって変化します)。

イントロダクション

現在、歴代のイスラエル王について学んでいます。
  • 歴代の王の名前については、こちらの資料(PDF)を参照してください(修正日:2021年2月14日。ヨシャファテの治世の終了年を彼の死亡年に変えました。跡継ぎのヨラムがヨシャファテと共同統治していた時期があって、2月7日版の資料では共同統治が始まった年をヨシャファテ統治の終了年としていました)
今回取り上げるのは、南王国4代目の王ヨシャファテです。ヨシャファテは、父であるアサ王と同様良い王として知られています。特に、彼はどんな良いことを行なったのでしょうか。また、どんなに素晴らしい人でも、罪人である以上完璧ではありません。ヨシャファテにもまた問題点がありました。それは一体何でしょうか。ヨシャファテの良い点と問題点を知ることによって、私たちが地上を幸せに生きる参考にしましょう。

1.良い点とその結果

良い点

(1) 宗教改革
ヨシャファテは宗教改革を行ないました。父アサ王も、その治世の初めに神殿男娼を追放したり、異教の神々の偶像を破壊したりしました。しかし、晩年は神さまへの信仰が薄らいでしまったために、その雰囲気は民衆の間にも伝染したのでしょう。民衆は異教の偶像を造って礼拝したり、「高き所」で異教の神々にいけにえをささげたりしたようです。

そこで、35歳の時に跡を継いで王となったヨシャファテは、さっそく国中の偶像を取り除き、高き所を破壊しました。そして、高官たちとレビ人たちをユダの町々に派遣して、モーセの律法を教えさせました(17:6-9)。

さて、2節に預言者エフーが登場します。「ハナニの子、先見者エフーが、ヨシャファテ王の前に進み出て言った。『悪者を助け、【主】を憎む者を愛するというのですか。このことのゆえに、あなたの上に、【主】の前から怒りが下ります』」(2節)。後で詳しく解説しますが、ヨシャファテは北王国のアハブ王と同盟を結び、共にアラムとの戦いに出て行ったのですが、エフーはそれを非難したのです。

このエフーは「ハナニの子」と呼ばれていますね。ハナニはヨシャファテの父アサの時代に活躍した預言者です。アサ王は、当時敵対していた北王国に対抗するため、さらに北にあるアラムと同盟を結びました。すると、神さまは預言者ハナニを通して、アサの行動は神さまに信頼していない態度だと批判しました。頭にきたアサは、悔い改めるどころかハナニを捕らえて投獄してしまいました。

このように、一国の王を面と向かって批判すれば、預言者といえども投獄されかねませんし、場合によっては命を奪われることさえあり得ます。エフーも父ハナニと同じような目に遭うかも知れません。しかし、エフーは恐れずヨシャファテに神さまの言葉を語りました。

すると、ヨシャファテはエフーを投獄しませんでした。彼が神さまを恐れ、従う心を持っていたからです。エフーは北王国との同盟を非難しただけでなく、「あなたには良いことも認められます」と、即位直後に行なった宗教改革についてほめました。ヨシャファテはそのほめ言葉に励まされて、改めて改革を行なおうと考えました。こうして、4節に書かれているように再び宗教改革を行ないました。
(2) 公正な政治
さらに、ヨシャファテはモーセの律法に基づいた政治を行なおうとしました。5節から7節で、ヨシャファテは町ごとに裁判官を任命し、彼らが神さまを正しく恐れて、不正をせず、えこひいきをせず、賄賂を取らず、神さまに認められるような裁判を行なうように励ましました。

また、8〜11節にあるように、首都エルサレムに町々にある裁判所の上級審、いわば高等裁判所を置きました。そして、高等裁判所の裁判官は祭司やレビ人の中から選んで任命し、長官は大祭司と定めました。これは、モーセの律法を裁判の中心に置いたということです。そして、高等裁判所の裁判官たちは、ただ起こった問題について裁判を行なうだけでなく、訴訟に関わる人々に向かって、神さまに従うよう訓戒を与えることも期待されていました。

こうして、神さまに対する正しい信仰が再び国中に広がっていきました。
(3) 主への信頼
そして、ヨシャファテは神さまに対して深い信頼の心を持っていました。それが良く分かる出来事があります。詳しくは20章に書かれていますが、死海の東側にあるモアブとヨルダン川の東側にいるアンモンが、死海南にあるセイル山地に住む人々(エドム人)の一部と共に侵攻してきたのです。

この時、南王国には116万人の軍勢があって、これとは別にそれぞれの町にも守備隊がいました(17:13-19)。臨時に募集すればさらに数が増えたことでしょう。また、北王国と同盟を結んでいたので、頼めば援軍を送ってもらえたことでしょう。しかし、ヨシャファテはそれらの軍事力に頼りませんでした。彼がしたことは、神さまに祈ったことです。

すると、レビ人ヤハジエルを聖霊なる神さまが満たされました。彼は言いました。「ユダのすべての人々、エルサレムの住民、およびヨシャファテ王よ、よく聞いてください。【主】はあなたがたにこう言われます。『この大軍のゆえに恐れてはならない。おののいてはならない。これはあなたがたの戦いではなく、神の戦いである。明日、彼らのところに攻め下れ。見よ、彼らはツィツの坂を上って来る。あなたがたはエルエルの荒野の前、谷の外れで彼らに出会う。この戦いは、あなたがたが戦うのではない。堅く立って、あなたがたとともにおられる【主】の救いを見よ。ユダとエルサレムよ、恐れてはならない。おののいてはならない。明日、彼らに向かって出陣せよ。【主】はあなたがたとともにおられる』」(20:15-17)。

ヨシャファテと南王国の国民は、これを聞いて神さまの前にひれ伏し賛美しました。そして、翌朝出陣すると、軍勢の前に聖歌隊を配置しました。軍事的にはまともな布陣ではありませんが、自分たちではなく神さまが戦われるというのが神さまの約束でしたから、ヨシャファテたちはそうしたのです。

聖歌隊が「【主】に感謝せよ。その恵みはとこしえまで」(20:21)と賛美の声を上げると、次のようなことが起こりました。「彼らが喜びと賛美の声をあげ始めると、【主】は伏兵を設けて、ユダに攻めて来たアンモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせたので、彼らは打ち負かされた」(20:22)。

伏兵とはどういう存在か書かれていませんが、おそらく天使でしょう。とにかく、突然攻撃を受けてパニック状態に陥った敵軍は、互いに味方が裏切った勘違いして同士討ちを始め、勝手に全滅してしまいました。南王国軍は、残された武器や防具、食糧などを集めて回りましたが、すべて拾い集めるのに3日かかったと記されています。

このように、ヨシャファテ王は神さまにまったく信頼していました。

その結果

こうして神さまを信頼し、神さまに従うことを中心において政治を行なった結果、いったいどうなったでしょうか。神さまはヨシャファテを大いに祝福してくださって、彼が治めた南王国はますます豊かになりました。

そして、神さまはヨシャファテと南王国に平和を与えてくださいました。まずヨシャファテ自身が外国を侵略して領土を増やそうなどと考えておらず、同盟を結んだ北王国の要請で援軍を2度出したほかは、外国に軍隊を送ったことがありません。

そればかりか、先ほどのモアブとアンモンによる侵攻の1回を除いて、南王国を攻撃する国々がまったくありませんでした。南王国を守り祝福しておられる聖書の神さまについての噂が外国にも響き渡っていたからです。神さまを恐れたペリシテやアラビアが貢ぎ物を届けてきたほどでした(17:10-11)。

2.問題点とその結果

問題点

ヨシャファテの治世の問題点は2つあります。 2つですが、実は根っこは同じです。
(1) 高き所が再建されたのを放置した
高き所とは、異教の神々にいけにえをささげて礼拝する場所です。ヨシャファテが王になってすぐ、彼は国に残っていた高き所を取り除きました。「彼の心は【主】の道を大いに誇りとし、彼はさらに、高き所とアシェラ像をユダから取り除いた」(17:6)。

ところが、同じ歴代誌の中に次のような文章もあります。「ヨシャファテはその父アサの道に歩み、そこから外れることなく、【主】の目にかなうことを行った。しかし、高き所は取り除かれなかった。民はなおも、彼らの父祖の神にその心を定めようとしなかった」(20:32-33)。これはどういうことでしょうか。

25年に及ぶヨシャファテの治世の間に、民衆の一部が勝手に高き所を再建して、そこで異教の神々にいけにえをささげるようになっていたのでしょう。ヨシャファテは非常に信仰的な王でしたが、その影響が国の隅々にまで広がり、国民を一人残らず神さまに忠実にさせるというのは難しいことです。ただ、ヨシャファテにもそれを軽く見てしまって放置し、より徹底した宗教改革を怠ります。

彼のこの問題点を一言で言うと、「不信仰のパン種を徹底的に取り除かなかった」ということです。

使徒パウロがコリント教会に宛てて書いた手紙の中で、教会の中に不品行を行なっている人がいるのに、教会がその人に対して何もしていないという問題を指摘しています。そしてこんなことを語りました。「あなたがたの高慢は、よくないことです。あなたがたは、ほんのわずかのパン種が、粉のかたまり全体をふくらませることを知らないのですか。新しい粉のかたまりのままでいるために、古いパン種を取り除きなさい。あなたがたはパン種のないものだからです。私たちの過越の小羊キリストが、すでにほふられたからです。ですから、私たちは、古いパン種を用いたり、悪意と不正のパン種を用いたりしないで、パン種の入らない、純粋で真実なパンで、祭りをしようではありませんか」(第2コリント5:6-8)

ヨシャファテも、国の中に小さな不信仰のパン種があるのに、それを軽く見て取り除かなかったのです。この傾向は、次の問題点でさらにはっきりと現れます。
(2) 北王国との融和政策
ソロモン王の死後、イスラエルが南北に分裂して以来、両国は対立関係にありました。父のアサ王の時代も、北王国が国境近くに要塞を築こうとし、アサ王はアラムと同盟を結んで逆に北王国の領土を攻め取りました。

しかし、ヨシャファテは北王国との和平の道を選びました。そして、北王国の王アハブと王妃イゼベルの娘アタルヤを、皇太子であるヨラムの妻に迎えました。

ヨシャファテが北王国と同盟を結んだのは、同じイスラエル民族だから喧嘩などしたくないという思いだったのでしょう。平和になるのは良いことだし、同じ民族が仲良くするのだから素晴らしいことのように思えます。しかし、これらの行為は神さまのみこころに反していました。先ほど申し上げたとおり、神さまは預言者エフーを通してこの行為を非難しておられます。

エフーの預言の言葉をもう一度読んでみましょう。「悪者を助け、【主】を憎む者を愛するというのですか。このことのゆえに、あなたの上に、【主】の前から怒りが下ります」(2節)。神さまは北王国のアハブ王を悪者と呼び、主を憎む者と呼びました。北王国は、最初からずっと偶像礼拝を行ない、神さまに従おうとしなかった国です。特にアハブは外国からめとった王妃イゼベルの影響で、国中に異教礼拝を広め、聖書の神さまに仕える預言者をたくさん殺し、正義に反する政治を行ないました。それを知りながら、なぜ同盟を結び、彼らを助けようとしたのかと神さまはおっしゃったのです。

神さまのみこころは、南王国が北王国と距離を取ることでした。あれほど神さまを恐れ、忠実に従ったヨシャファテですから、預言者エフーの叱責を聞いてすぐに悔い改め、アハブが死んだのをいい機会に北王国との同盟をすぐに破棄したと思いますね? ところが、なぜかヨシャファテはそうしませんでした。

北王国の王位は、アハブが戦死したので息子アハズヤが継ぎましたが、ヨシャファテは彼とも改めて同盟を結びました。そして、アハズヤの助けを借りて、貿易のためにタルシシュ(今のスペイン)に船団を送りました。しかし、エリエゼルという預言者が、アハズヤの協力を得たこの船団派遣は必ず失敗すると預言しました。その通り、船団は嵐に遭って難破しました(20:36-37)。

それでも、ヨシャファテは同盟を解消しませんでした。アハズヤは神さまの罰を受けて、足かけ2年で死に、弟のヨラムが跡を継ぎましたが、ヨシャファテはこのヨラムとも同盟を結んだのです。そして、ヨラムがモアブと戦った際には、またもや援軍を送っています。

この問題点もまた、一言で言えば「不信仰のパン種を徹底的に取り除かなかった」ということです。彼は北王国との融和という大事の前に、北王国の王たちが神さまに逆らっている点は小さな事として無視したのです。

「大事の前の小事」という言葉があります。「大きな事をなそうとするときは、小さな事にいちいちかまっていられない」という意味で使われることがありますが、その一方でまったく逆の意味、「大事をなすときには、小事にも気をつけ油断してはならない」という意味もあります。

ヨシャファテは、前の意味のような生き方をしました。国の中央では神さまへの信仰を土台とした行政や司法が行なわれているから、地方の一般民衆が多少偶像礼拝を行なったとしても気にしない。自分たちは異教礼拝を行なっていないのだから、異教礼拝を行なっているアハブ王家と親密な交流をしても影響を受けることなどないだろう。彼は無意識でしょうがそう考えていたのでしょう。

ところが、その認識が甘かったことが後に判明します。

その結果

小さな不信仰のパン種を軽視して徹底して取り除こうとしないヨシャファテの態度は、その後どのような結果を生んだでしょうか。

神さまは、ヨシャファテの信仰深さを評価して、彼が生きている間にはそれほど大きな問題は起こされませんでした。先週も触れたように、北王国とアラムの戦いに援軍として参加した際、アハブ王と間違えられて集中攻撃に遭い、危うく戦死しかけたことと、タルシシュに送った船団が難破した程度です。モアブ・アンモン連合軍との戦いでは、神さまは圧倒的な力でヨシャファテと南王国を守ってくださいました。

しかし、本格的な問題はヨシャファテが死んでから起こります。

この先の説明では、南北で同じ名前の王さまが出てきます。分からなくなったら以下の家系図をご覧ください。
息子ヨラムの堕落
ヨシャファテの跡を継いだのは息子のヨラムですが、この人の妻は誰でしたか? そうです、アハブとイゼベルの間に生まれた娘アタルヤです。アタルヤは母イゼベルの薫陶を充分に受けて育ちました。すなわち、バリバリの異教礼拝者だったのです。そして、アハブがイゼベルの影響を受けたように、アタルヤの影響でヨラム王は異教礼拝・偶像礼拝に走りました(21:6)。

また、これもアタルヤの影響でしょう、ヨラム王は自分の権力を確かなものにするために、自分に取って代わる可能性がある兄弟たちを皆殺しにしました。また、偶像礼拝に走ったヨラムを批判したからでしょう、父ヨシャファテが任命した政治家たちも次々と虐殺しました(21:4)。
孫アハズヤの死
ヨラムが内臓の病気で死ぬと、跡を継いだのがヨラムとアタルヤの間に生まれたアハズヤです。ところが、このアハズヤ、わずか1年足らずで死んでしまいます。それは、北王国で起こったクーデターに巻き込まれたせいです。

クーデターを起こしたのはエフーという人物です(2節の預言者エフーとは別人です)。この人については改めて取り上げるつもりですが、神さまは預言者エリシャを通して、エフーが新しい王となること、そしてエフーによってアハブの一族を滅亡させることを宣告なさいました。そこで、エフーは、その時の北王国の王であったヨラムとその母イゼベル、さらにアハブの子70人を殺して王権を奪いました。

その際、たまたま北王国を訪問していた南王国のアハズヤ王も殺されてしまいました。彼もまたアハブとイゼベルの孫だったからです。
アタルヤによるクーデター
アハズヤ王がエフーに殺されたことを知った母アタルヤは、とんでもない行動に出ました。それは、かつて夫のヨラムが行なったのと同じことです。すなわち、自分が南王国の女王となり、その地位を脅かす可能性のある王族を次々と殺したのです。

南王国はずっとダビデの子孫が国を治めましたが、アタルヤが女王となって治めた期間は例外です。もし、このままアタルヤが長期にわたって南王国を支配していたとしたら、生き延びたダビデの子孫たちが徹底的に狩り出されて殺され、やがてダビデの子孫は地上に一人もいなくなってしまったことでしょう。

そうなれば、ダビデの子孫の中から救い主が誕生するという神さまの約束も実現しないことになります。私や皆さんがイエスさまを信じて罪を赦され、救われることもありませんでした。そんなことになっては大変です。そこで、あなたを愛しあなたを救おうと思っておられる神さまは、この状況を放っておかれず介入なさいました。アタルヤの治世は6年で終わりを告げて、再びダビデの子孫が王権を奪還することになります。この話はまた別の機会に取り上げましょう。

とにかく、ヨシャファテは非常に信仰的な王でしたが、彼が不信仰な王が治める北王国と同盟を結ぶという妥協をしたことで、神さまの計画が危うくなるところでした。では、私たちはここから何を学ぶことができるでしょうか。

3.私たちへの励まし

小さな不信仰のパン種を徹底的に取り除こう

ヨシャファテは、小さな不信仰の種を、小さいからと軽視して徹底的に取り除こうとしませんでした。私たちはそうではなく、徹底的に不信仰の種、罪の種、悪習慣の種を生活の中から取り除かなければなりません。

ある人は、インターネットのニュースサイトに、政治家や問題を起こした人たちについての批判コメントを書き込んでいました。そして、そうすることがクリスチャンとして正義を実現することだと思っていたのです。ところが、あるとき神さまが自分の心を深く見つめる機会を与えてくださいました。そして、自分が批判コメントを書き込んでいた本当の目的は、他人をディスることによって自分自身の正しさや善良さを感じるためだったということが気づかされました。要するに、批判することでいい気持ちになりたかったわけです。

ニュースサイトやSNSで批判的コメントを書き込む人の中には、これと同じ動機で行なっている人が結構たくさんいそうです。しかし、この方はそのことに気づいたとき、みんなもそうなんだからと言い訳したり、別に犯罪を犯しているわけではないのだからと開き直ったりしないで、書き込みをすっぱりとやめてしまいました。 神さまがそういう動機で人を批判することを喜ばれないことを悟ったからです。
誘惑の環境から離れる
また、ヨシャファテは、息子のヨラムに悪名高いイゼベルの娘アタルヤを妻としてめとらせました。そして、ヨラムは信仰的な父ヨシャファテの薫陶を受けて成長したにもかかわらず、アタルヤと結婚したことで異教礼拝に走ってしまいました。人は触れたものに影響されます。ですから、たとえ自分自身が現在罪を犯していないとしても、悪影響を受けそうな環境、罪の誘惑がある環境からは距離を取ることが必要でしょう。

罪の誘惑を感じたときには、「これくらいなら大丈夫だ」などと甘く見ないで、すぐにその誘惑の現場から離れましょう。

この話をお読みください

たとえば先ほど紹介した方は、あのニュースサイトを見ること自体をやめてしまいました。あのサイトを見れば、また批判的書き込みをしたくなる誘惑を受けそうだと思ったからです。自分がきよめられたことを証明するために、わざわざ誘惑がある場所に行って誘惑と戦う必要などありません。

私たちはいつも自分自身の心を見張って、いつの間にか聖書の価値観から外れていたことに気づいたなら、すぐに悔い改めてそれを完全に捨て去らなければなりません。罪の方向に誘惑されることが分かっているなら、最初からその状況に近づいてはいけません。それが本当に幸せな人生の秘訣です。

神さまに信頼しよう

それでも、聖書はヨシャファテを高く評価しています。彼は素晴らしい信仰者です。2ヶ国プラス1の大軍が攻めてきたとき、彼は神さまに祈ることを選択しました。そして、神さまの約束を受けたとき、疑わずにその約束に従って行動しました。

私たちもまた、神さまに深く信頼することを学ばせていただきましょう。
愛と恵みの神に対する信頼
それは神さまの奇跡の力に対する信頼だけではありません。愛と恵みに対する信頼も含みます。

神さまはヨシャファテの問題点を指摘して非難なさいましたが、それでも彼が生きている間に罰を下すことはなさいませんでした。私たちは神さまが愛と恵みの神だということを決して忘れてはなりません。恵みというのは、神さまが私たちの罪、私たちの不完全さを一方的に赦してくださり、祝福してくださるということです。

今回のヨシャファテに関する話を、ただ単に「失敗しないようにがんばろう」というメッセージとして聞くだけならば、それは私たちの重荷となるでしょう。もちろん、私たちは小さな罪や誘惑を軽く見ないで、徹底的にそれを避け、自分の心の中や周りの環境から取り除かなければなりません。しかし、ヨシャファテのようなものすごい信仰者でも不完全でした。まして私たちは不完全です。私たちもまた、罪を徹底的に取り除くのに失敗してしまうことがあるでしょう。それでも神さまは私たちを愛し、祝福しようと思っておられます。それを決して忘れてはならないのです。

聖書の神さまが愛と恵みの神だということがどうして分かりますか? それは御子イエスさまを世に遣わしてくださったこと、そしてイエスさまが私たちの罪を赦すために身代わりとして十字架にかかり、死んで葬られ、3日目に復活してくださったことによってです。

私の罪は赦されています。あなたの罪も赦されています。イエスさまが命をかけて罪を取り除いてくださったからです。だからこそ、私たちは些細な罪も些細なこととして軽く見ないで、徹底的に取り除こうとするのです。

そして、聖霊なる神さまが、私たちを誘惑から遠ざけ、罪のパン種を生活の中から取り除き、神さまの守りを信じ、忠実に仕えることができるように助けてくださいます。

まとめ

私たちは小さな罪や誘惑を軽く見ないで、徹底的にそれを避け、自分の心の中や周りの環境から取り除きましょう。

と同時に、私たちはいつも謙遜になって、神さまの守り、イエスさまの赦し、聖霊さまの助けを求めましょう。神さまは必ず私たちを誘惑から守ってくださいます。失敗しても赦して再び立ち上がらせてくださいます。そして、みこころにかなう価値観を私たちが持ち、それに従って生きられるよう助けてくださいます。

あなた自身への適用ガイド

  • 最近、「小さな不信仰のパン種」が自分の心の中や環境に放置されていたと気づかれましたか?それを取り除くとは、具体的にどういう行動を取ることですか?
  • 今は罪を犯してはいないけれど、今後悪影響を与えそうな誘惑の種が周りにありませんか?  あるとしたら、どのようにしてそこから離れますか?
  • 今、あなたが神さまに信頼しなければならないことはどういうことですか?
  • 神さまの愛と恵みを、先週どのように体験しましたか?
  • 神さまが愛と恵みの神であることを再確認したとき、あなたの言動はどのように変わりそうですか?
  • 今日の聖書の箇所を読んで、どんなことを決断しましたか?

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