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礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

アポロ

助演男優シリーズ27

使徒の働き18章24節〜28節

(2022年9月11日)

礼拝メッセージ音声

参考資料

24節の「アレクサンドリア」は、エジプトの地中海沿岸にあったローマ帝国第2の都市。ユダヤ人も数多く住んでいて、七十人訳と呼ばれる旧約聖書のギリシア語訳はこの都市で翻訳されました。図書館、博物館、大学を有し、文学や芸術も盛んでした。

24節の「エペソ」は、小アジア(今のトルコ)西部にあった小アジア最大の都市。ここにも多くのユダヤ人が住んでいました。

25節の「主の道」とは、キリスト教の教えのことです。

25節の「ヨハネ」は、イエスさまが公の働きを始める少し前に登場した預言者、バプテスマのヨハネのこと。

26節の「会堂」(シナゴーグ)は、ユダヤ人の礼拝施設。

26節の「プリスキラとアキラ」は、パウロがコリントで伝道したときに知り合った夫婦です(プリスキラが妻で、正式名称はプリスカ)。パウロがコリントを離れてアンティオキアに戻る際、2人はエペソまで同行してそこで別れました。

27節の「アカイア」は、ギリシアの南半分の地域で(北がマケドニア)、コリントやアテネといった都市がありました。

イントロダクション

今日取り上げるのは伝道者アポロです。彼については、聖書の女性シリーズ「プリスキラ」の回で登場しましたが、今回はアポロ自身の信仰についてより詳しく見ていきます。

アポロは才能にあふれた人でしたが、クリスチャンとしては問題を抱えていた人でもあります。しかし、その後大きく成長して、パウロやペテロと並び称せられるほどの優れた伝道者になりました。今日はアポロを通して、人が成長するために必要な態度について教わりましょう。

1.アポロの成長

アポロのエペソ伝道

今回の箇所は、パウロが第3回伝道旅行を始めた頃の話です。この伝道旅行は紀元53年から57年にかけて行なわれましたから、おそらく53年頃のことでしょう。

あるときエペソの町にアポロがやってきました。彼については、次のように書かれています。「さて、アレクサンドリア生まれでアポロという名の、雄弁なユダヤ人がエペソに来た。彼は聖書に通じていた」(24節)。

アレクサンドリアはローマ帝国第2の都市で、エジプトの地中海沿岸にありました。ここは学問や芸術が盛んで、アポロは雄弁だったと言われていますから、アレクサンドリアで弁論術を学んだのでしょう。そしてユダヤ人であり、聖書にも通じていたということですから、旧約聖書の専門教育を受けていたのでしょう。
熱心な伝道
さらに次のように書かれています。「この人は主の道について教えを受け、霊に燃えてイエスのことを正確に語ったり教えたりしていたが、ヨハネのバプテスマしか知らなかった」(25節)。

エペソにやってきたアポロは、さっそく熱心に、そして正確にイエスさまのことを人々に伝え始めました。アポロ自身主の道、すなわちキリスト教の教えを受け、イエスさまについて正確に教えていたわけですから、恵みの福音を彼自身が信じていたはずです。

そして、恵みの福音、すなわち「この自分の罪を赦すためにイエスさまは十字架にかかり、死んで葬られたけれども、3日目に復活した」ということを事実だと信じるだけで、その人は罪を赦され、神さまの子どもとされ、永遠に続く祝福をいただく特権が与えられるということも教えたでしょう。
ヨハネのバプテスマしか知らなかった
ただ、「ヨハネのバプテスマしか知らなかった」と書かれていますね。

このヨハネというのはバプテスマのヨハネのことです。今回のできごとより20数年前、ヨルダン川そばの荒野にヨハネが現れて、ユダヤ人に預言をしました。それによると、
  1. 聖書が繰り返し登場を約束してきた救い主(メシア、キリスト)が間もなく現れる。
  2. 救い主をお迎えするために、罪を悔い改めなければならない。
そして、悔い改めた人には、そのしるしとしてヨルダン川でバプテスマ(洗礼)を授けました。さらに、イエスさまが現れると、あの方こそ約束の救い主だと言いました。
そのヨハネのバプテスマしか知らなかったというのは、どういう意味でしょうか。
パウロが出会ったエペソの人々
後にパウロがエペソを訪問した際、あるクリスチャンたちに出会いますが、そのときの様子が19章に書かれています。

19:1 アポロがコリントにいたときのことであった。パウロは内陸の地方を通ってエペソに下り、何人かの弟子たちに出会った。
19:2 彼らに「信じたとき、聖霊を受けましたか」と尋ねると、彼らは「いいえ、聖霊がおられるのかどうか、聞いたこともありません」と答えた。
19:3 「それでは、どのようなバプテスマを受けたのですか」と尋ねると、彼らは「ヨハネのバプテスマです」と答えた。
19:4 そこでパウロは言った。「ヨハネは、自分の後に来られる方、すなわちイエスを信じるように人々に告げ、悔い改めのバプテスマを授けたのです。」
19:5 これを聞いた彼らは、主イエスの名によってバプテスマを受けた。
19:6 パウロが彼らの上に手を置くと、聖霊が彼らに臨み、彼らは異言を語ったり、預言したりした。
19:7 その人たちは、全員で十二人ほどであった。


この12人ほどの人たちは、アポロと同じようにヨハネのバプテスマしか知りませんでした。そのことと、イエスさまを信じてはいても、聖霊なる神さまについては教えられていなかったということとが関連付けられています。ですから、アポロも聖霊さまについてよく知らなかったと思われます。

プリスキラ夫妻との出会い

さて、エペソの町にはプリスキラとアキラというクリスチャン夫婦がいました。この人たちはコリントでパウロと出会い、彼の伝道活動を支えました。そして、パウロがアンティオキアに戻る際にエペソまで同行し、そのままエペソに住むようになったのでした。

プリスキラとアキラは、アポロがユダヤ人の会堂でイエスさまについて話すのを聞きました。そして違和感を憶え、それがアポロが聖霊さまについての理解が不十分なせいだと分かったのです。そこで2人はアポロを呼んで、より正確な教えを伝えました。
聖霊についての教え
アポロは旧約聖書に通じていましたから、旧約聖書に出てくる神さまの霊、聖霊さまのお働きについては知っていたはずです。たとえば、
  • 聖霊さまは、天地創造に関わられました。
  • 聖霊さまは、人の救いに関わられました。
  • 聖霊さまは、人の性質を内側から造り変えました。
  • 聖霊さまは、神さまのために仕えるために必要な力や知恵を与えました。
ただし、聖霊さまが人を満たして力を発揮なさるのは、一時的・限定的でした。特定の人々が特定の働きをするために特定の期間に限られたのです。その人が罪を犯して神さまを悲しませたり、その特定の働きが終了したりすると、聖霊さまはその人の元を離れてしまわれました。

しかし、使徒2章のペンテコステのできごと以来、聖霊さまのお働きが変わりました。上述のような働きの内容そのものは同じですが、働きが一時的・限定的ではなく永続的・普遍的になったのです。

すなわち、イエス・キリストを信じた人すべての内に、聖霊さまは住んでくださるようになりました。牧師や宣教師など特定の人だけでなく、あらゆるクリスチャンの内に聖霊さまはいらっしゃいます。そして、クリスチャンを内側から造り変え、力や知恵を与えてくださいます。しかも、決して出て行ってしまわれることがありません。
アポロはその真理を知りませんでした。ですからおそらく、イエスさまを信じて罪を赦された後は、自分自身の意識と努力によって罪を離れ、正しい行ないをし、神さまに仕えていくのだと考えていたし、人々にもそう教えていたのでしょう。
霊に燃えていた
ただ不思議なことですが、アポロ自身は「霊に燃えて」いたと書かれています。アポロは聖霊さまが自分も含めてあらゆるクリスチャンの内に住み、クリスチャンを造り変えてくださることを知りませんでした。しかし、それでもアポロが信じて以来、聖霊さまはアポロの内に住み続け、アポロに伝道する力を与えてくださっていました。

そして、プリスキラとアキラに出会い、彼らを通してより正確な教えを受けたというのも、聖霊さまのお導きによります。

こうしてアポロはさらに優れた伝道者になりました。

その後のアポロ

コリントでの伝道
伝道の意欲に燃えているアポロは、次にアカイア地方(ギリシアの南部地域)に行きたいと願うようになりました。そこで、エペソ教会の人々はアポロを励まして送り出します。その際彼らはアカイア地方の教会宛に書いた推薦状をアポロに持たせました。

当時、異端の教えを広めたり、金品を要求したりする偽教師が教会にやってくることがありました。エペソ教会が書いた手紙は、アポロはそのような変な伝道者じゃないということを保証するためのものです。

アポロはアカイア地方に赴き、そこでも熱心に伝道したりクリスチャンたちを教えたりしました。アカイア地方の中心都市はコリントで、アポロもコリントにしばらく留まって働きました。その情熱的で雄弁な語り口は、コリント教会の中に多くのファンを生みます。

そしてそれが行き過ぎて、コリント教会に分裂が起こりました。コリント教会を開拓したパウロを支持するグループ、名説教者であるアポロを支持するグループ、イエスさまの愛弟子であるペテロ(ケファ)を支持するグループ、さらにはキリスト派などという訳の分からないグループもできあがりました。そして、互いにいがみ合うようになったのです。

そのことが、パウロが書いた手紙の中に書かれています。「私の兄弟たち。実は、あなたがたの間に争いがあると、クロエの家の者から知らされました。あなたがたはそれぞれ、「私はパウロにつく」「私はアポロに」「私はケファに」「私はキリストに」と言っているとのことです」(第1コリント1:11-12)。

さらにパウロは次のように書いて、分裂しているコリント教会の人々を指導しました。

「アポロとは何なのでしょう。パウロとは何なのでしょう。あなたがたが信じるために用いられた奉仕者であって、主がそれぞれに与えられたとおりのことをしたのです。私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です」(第1コリント3:5-7)。
エペソへの帰還
とはいえ、アポロがこの分裂の原因だというわけではありません。アポロも上述のようなパウロの考えと同じ思いでした。

パウロがコリント人への第一の手紙を書いたのは、第3回伝道旅行でエペソに滞在していたときでしたが、そのときアポロもコリントからエペソに戻ってきていました。そして、コリント人への第1の手紙の最後で、パウロはアポロについて次のように語っています。

「兄弟アポロのことですが、兄弟たちと一緒にあなたがたのところに行くように、私は強く勧めました。けれども、彼は今のところ行く意志は全くありません。しかし、良い機会があれば行くでしょう」(第1コリント16:12)。

もしアポロが率先して分裂を引き起こした犯人だったとすれば、パウロが彼に再びコリントに行くよう勧めるはずがありません。

アポロがコリントを離れたのは、コリント教会が分裂して自分がその1つのグループの旗頭にされそうになっていることを悲しんでいたからでしょう。そして、根本的にコリント教会が変わっていない以上、今はまだ戻らない方がいいと判断したのです。

熱烈に支持されることは気持ちがいいことです。舞い上がって自分の派閥をもっと大きくしたいという誘惑がやってきます。しかし、アポロは(そしてパウロもペテロも)そんな傲慢の罪には陥りませんでした。自分はただ神さまにお仕えしているしもべであり、なすべきことをやっているだけだから、別に何か偉い者なのではないとアポロは思っていたのです。

あるときイエスさまが次のように語られたことがあります。「同じようにあなたがたも、自分に命じられたことをすべて行ったら、『私たちは取るに足りないしもべです。なすべきことをしただけです』と言いなさい」(ルカ17:10)。 アポロはこの命令通りに行動していたのです。
テトスの教会での働き
その後もアポロは巡回伝道を続けていったようです。パウロが殉教したのが紀元67年頃と言われていますが、その少し前、パウロは愛弟子の一人テトスに手紙を書きました。その中でアポロについて触れられています。

「律法学者ゼナスとアポロが何も不足することがないように、その旅立ちをしっかりと支えてあげてください」(テトス3:13)。

このときテトスはギリシアの南にあるクレタ島にいましたから(テトス1:5)、アポロもそこにいて伝道や教育の働きを助けてくれていたと思われます。そして、さらに別の場所に行って、そこで伝道したり教えたりしたいと願っていました。

その後のことは知られていませんが、きっと生涯を伝道活動にささげたことでしょう。

それではアポロから私たちが学ぶべきこと、すなわち私たちが成長のために必要な態度は何でしょうか?

2.謙遜になろう

素直に指摘を聴こう

聖書の中にも「自分は何かを知っていると思う人がいたら、その人は、知るべきほどのことをまだ知らないのです」(第1コリント8:2)という言葉があります。

自分はもう十分知っていると思っている人は、それ以上学ぼうとしませんから成長もありません。しかし、まだまだ世の中には学ぶべきことがあり、どんな人や状況からでも成長のための糧を得ることができると思っている人は、どんどん必要な情報を吸収していき成長していくことでしょう。

世界のホンダの創始者である本田宗一郎さんは、「気に食わない奴」ほど大切にしたと言われています。気に食わない奴というのは、本田さんの意に沿わない意見でもじゃんじゃん言ってくる人のことです。

イエスマンばかり回りに侍らせていても、人も企業も成長がないことを本田さんは知っていたのでしょう。実際、会社が危機に陥ったり、壁にぶつかったりしたとき、そんな「気に食わない奴ら」の意見が突破口になったそう。

アポロは学術都市アレクサンドリアで、弁論術や聖書の専門教育を受けてきたエリートです。しかし、一介のテント職人の夫婦が語る教えに素直に耳を傾けました。そして、それが正しいと判断するとすぐに受け入れて、自分の説教を修正します。

もちろん、人が私たちに指摘することすべてが正しいわけではありません。それでも、頭から否定することなく、何かしら大切なことを学べるはずだと信じて耳を傾けてみましょう。

本当の自信を手に入れよう

人の指摘を素直に聴くためには、自信がなければなりません。自信がないと、ほめられれば舞い上がって鼻高々になったり、逆に強烈に「そんなことありません!」と自己卑下したりします。あるいは間違いを指摘されるとひどく落ち込んだり、間違いをごまかしたくなって強く反発したりします。

ではアポロの謙遜さはどこから来たのでしょうか。元々そうだったということも考えられますが、私はアポロがユダヤ人であって聖書に精通していたこと、そしてクリスチャンになっていたということが大きいと思っています。

人間は、どんなに人間の社会の中で立派な人だと認められていたとしても、完璧な神さまの前ではみんな不完全です。人間は生まれながらにして罪人であって、神さまの赦しを必要としています。ユダヤ人であり聖書に通じていたアポロにはそのことが分かっていました。

そして、イエス・キリストの貴い犠牲のおかげで、自分の罪が赦されたのだということ、それどころか神さまの子どもにしていただいたということも知っています。

だからこそ彼は、ほめられても舞い上がらず、問題点を指摘されても落ち込んだり反発したりしなかったのです。
キリストの十字架を誇りとする
聖書は言います。「しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが、決してあってはなりません」(ガラテヤ6:14)。

私たちが謙遜になり、多くの学びの機会を与えられてぐんぐん成長していくためには、自分の自信の種をイエスさまの十字架に求める必要があります。私たちが神さまの子どもとなり、その存在がどんなときにもOKなのは、イエスさまが十字架でご自身のいのちと私たちのいのちを引き換えにしてくださったおかげです。

いつもイエスさまの十字架を心の中で見上げ、赦されていることを確認し、感謝しましょう。

仕えることに心を向けよう

そして、私たちは自分が得をすることや自分がいい気持ちになることに心を向けるよりも、神さまに仕えることをもっぱら考えて生活しましょう。また人の上に立つことよりも、イエスさまが「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、皆に仕える者になりなさい」(マタイ20:26)とおっしゃり、ご自分でもそれを実践なさったように、人に仕えることを大切にしましょう。
神さまに仕えるとは、神さまが喜ばれること、神さままがいま自分に求めておられることは何だろうかと考え、それを実践することです。人に仕えるとは、その人が本当の意味で幸せになるために、今の自分にできることは何だろうかと考えて行動することです。アポロはそのような人でした。私たちもそうありたいと願い、実践しましょう。
聖霊の助けを求める
もちろん私たちは自分自身の知恵や力で神さまや人に仕えるのではありません。私たちクリスチャンの内に住んでくださっている聖霊さまが、私たちを神さまの謙遜なしもべに造り変え、神さまや人に仕えるのに必要な知恵や力を与えてくださいます。

アポロは新約時代の聖霊さまのお働きについて、正しい知識を持っていませんでした。それにもかかわらず、アポロに仕える姿勢があったために、聖霊さまは彼に力を与えてくださり、その上聖霊さまについてより正確な情報を与えるためにエペソに導き、プリスキラ夫妻に出会わせてくださいました。こうしてアポロはますます神さまと人とに仕える忠実なしもべになり、より効果的な働きができるようになりました。

私たちも、聖霊さまのお働きを期待し、知恵や力をさらに与えてくださるよう祈り求めましょう。

ただし、その知恵や力は私たちが自分自身を誇るためではありません。ですから自分を誇るために求めても、聖霊さまは知恵や力を与えてはくださらないでしょう。私たちは神さまのしもべであり、地上で神さまと人とに仕える使命が与えられていることをいつも忘れないでいましょう。

まとめ

私たちの内に住んでおられる聖霊なる神さまが私たちを満たし、私たちに本当の自信に裏付けられた謙遜さを与え、人の指摘を素直に聴いて参考にしたり、神さまや人に仕える思いをますます強めたりしてくださいます。それを信じ、求めましょう。

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