あなたがたは自由になる

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ヨハネによる福音書8章30節〜36節

(2017.1.29)

参考資料

「アブラハム」(33節)は、ユダヤ人の始祖です。

「決してだれの奴隷になったこともありません」(33節)という言葉は、歴史的には誤りです。そもそもイスラエルはエジプトの奴隷状態からスタートした民族ですし、その後もアッシリヤやバビロンなどの国に隷属した時代がありました。そして、この記事の当時はローマ帝国の属国でした。彼らの民族的誇りがそう言わせたのでしょう。

聖書からのメッセージ

イントロ

イエスさまが「あなたがたは自由になれる」とおっしゃったとき、聴いていた人々はぽかんとして、「私たちはアブラハムの子孫であって、決してだれの奴隷になったこともありません。あなたはどうして、『あなたがたは自由になる』と言われるのですか」(33節)と尋ねました。

確かに、自分が不自由だということを自覚していない人にとって、自由になれますよという約束は何の意味もありませんね。しかし、自分が不自由だと自覚し、それに苦しんでいる人にとって、自由になれるという約束はとてつもない励ましとなり、希望となります。

というわけで、まずは私たちは不自由だというところから話を始めていきましょう。

1.不自由から自由へ

不自由な現実

世の中には、様々な不自由な状況があります。
  • たとえば、心身に障がいを持っておられる方は、そうでない人と比べると、生活するのに様々な不便を感じることが多いことでしょう。
  • 経済的な不自由もあります。貧しさ故に、贅沢品どころか、今日食べるものさえ自由に手に入れることができないという人たちが、世界にはたくさんいますし、この日本にもいます。
  • 政治的な不自由もあります。政府や指導者の意向にちょっとでも逆らうような発言をすると、たちまち逮捕されて、強制収容所に送られたり、殺されたりする国があります。
  • 辞めることさえできずに、低賃金で休みなく働かされてしまうブラック企業などもありますね。
  • そして、どんな人でも、物理法則から自由ではありません。ですから、空を飛びたいと言って高いところからそのままジャンプすれば、落ちてケガをすることになります。
しかし、ここでイエスさまが特に挙げておられるのは、「罪の奴隷状態」です。罪というのは、天地をお造りになったまことの神さまに逆らうことでしたね。しなければならないことをしない、あるいはしてはならないことをしてしまうということです。

そして、イエスさまは、罪を犯す人は罪の奴隷状態にあるとおっしゃいました(34節)。自分で自由に罪を犯しているのではなく、罪を犯さないではいられない、罪を離れられない状態だということです。分かっているのにできない、分かっているのにやめられないということですね。

このような状態は、依存症と似ています。

依存症

依存症というのは、それをやり続ければ、健康を害したり、人間関係を破壊したりすることが分かっていても、どうしてもやめることができない状態です。

アルコールは適度に摂取している分には問題ありませんが、依存状態になると、飲んではいけない場面でも飲んでしまって、仕事に行けなかったり、事故を起こしてしまったり、体を壊してしまったりします。あるいは、途中でやめられないために理性をなくすまで飲んでしまい、暴力を振るったりものを壊したりしてしまいます。

しかも、イエスさまの話を聞いていた人たちが「我が民族は奴隷になったことはない」と言い放ったように、依存症の人たちの多くは、自分が依存状態で不自由になっているということを自覚していません。

以前、アルコールや薬物の依存症治療を行なっている専門医の話を聞いたことがあります。依存症の治療で最も難しいのは、患者さん本人に「自分は依存状態にある。自分の力ではアルコールや薬物をやめることができない」と自覚してもらうことだそうです。

私たちは、アルコールや薬物の依存症ではないかもしれません。しかし、本当に自由でしょうか。
  • そんなことはしたくないのに、つい悪口を言ってしまったり、自慢してしまったりして、後で自己嫌悪に陥ることはないでしょうか。
  • 本当は、他の人ともっとオープンに話をしたいのに、つい「どう思われるだろうか」と不安になって自分の気持ちを押さえてしまうことはないでしょうか。
  • 心配してもしょうがないと頭では分かっていることでも、ついつい心配で落ち着かなくなることはないでしょうか。
  • もっと前向きに肯定的に生きていきたいのに、つい否定的なことを考えてしまい、うつうつと落ち込んでしまうことがないでしょうか。
  • 本当はもっと楽な生き方がしたいのに、周りの人によく見てもらいたくて、ついつい過剰にがんばってしまって、くたくたに疲れ切ってしまうということがないでしょうか。

奴隷状態を認めることから

依存症の人の多くは、いわゆる「底つき」を体験することで、積極的に治療に取り組むようになるといいます。アルコールや薬物のせいで、仕事を首になったり、家族が出て行ってしまったり、病気でひどい目に遭ったり、事故に遭って死にかけたり、逮捕されたりして、「自分ではもうどうしようもない。誰かの助けが必要だ」と思い知ることで、ようやく病院や自助グループに助けを求めるわけです。

イエスさまは、そんなことを言えば反発されると覚悟の上で、「あなた方は罪の奴隷だ」とおっしゃいました(実際、この後で殺されそうになります)。それは、自分が奴隷状態にあることを認めるところから、自由への解放が始まるからです。

認めるのは痛いですが、私にはこの罪の問題をどうしようもない、私は他人どころか、自分自身の行動や心さえコントロールすることができない、弱い人間だと認めましょう。

では、弱さを認めた私たちは、いったいどこに助けを求めれば良いのでしょうか。

2.キリストの助けを受ける

キリストのことばにとどまる

イエスさまはおっしゃいました。「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします」(31-32節)

イエスさまのことばにとどまるというのが、奴隷状態から解放されて本当の自由を得る鍵です。

「とどまる」という言葉には、宿泊するという意味があります。

先日、家内と温泉場のホテルに宿泊しました。あるキリスト教の団体が、被災地福島で働く牧師たちを慰労したいと、ただで招待してくださったのです。ただで招待してもらったのだから心苦しい。だからできるだけ楽しまないように、部屋に引きこもっていよう。私たち夫婦がそんなことを考えて実践したと思いますか? いいえ! バイキング形式の食事はモリモリと食べ、何度も温泉に入り、ゲストが演奏してくださる音楽を楽しみました。

まるで私たちが宿泊した温泉ホテルをしゃぶり尽くすかのように楽しんだように、イエスさまのことば、聖書のことばに対してもそうしなさいと勧められています。聖書が汚れるといけないから、大事に箱に入れてしまっておくのではなく、折に触れて親しみ、みことばを憶えて心の中に蓄え、それをいつも心に思い起こして反芻し、それについて考え、祈り、勧められていることについては実際にやってみる。これが「ことばにとどまる」ということです。

力があるみことば

そうすると、イエスさまのことば、聖書のことば自体が私たちの心に働きかけ、慰め、励まし、勇気づけ、内側から造り変え、本当の自由を与えてくれます。なぜなら……

「神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます」(ヘブル4:12)

以前、息子さんが高校を失業してからずっとニート(仕事もせず、学校にも行かず、仕事を探そうともしていない人)状態で困っているという女性と話をしたことがあります。この息子さんは、まったく働かないのですが、よさこいが大好きで、全国で開催されるよさこい祭りに参加していました。当然、旅行費用がかかりますが、それはすべて親が出していました。

私は「老後が心配だから、これ以上小遣いはやれないと言いましょう」と勧めましたが、「それでは、毎日息子が退屈でかわいそうだ」とお母さんはおっしゃいます。

私は言いました。「それはそうでしょう。でも、今の状態で息子さんはまったく困っていません。困っていなければ、自分を変えなきゃとも思わないんじゃないでしょうか? 今の状態では、息子さんに対して、『私たちが経済的に支えるから、お前は働かなくていいよ』と言っているのと同じです」。

いったんは納得して、何度もチャレンジしようとしましたが、このお母さんは全く息子さんに言い出すことができませんでした。息子さんを前にすると、心が揺れて、不安でいっぱいになってしまうのです。そして、ついに自覚しました。助けが必要なのは、息子ではなく、息子のことや将来のことが不安でたまらないこの私だ。親である私が不安で震えていたら、息子が大丈夫だと思えるはずがない。

教会に通い始めていたこの方は、教会の仲間たちに自分の問題を分かち合い、祈ってもらうことにしました。そして、聖書をむさぼり読んで心の中に蓄え、それを反芻し、味わいました。すると、だんだんと聖書のことばがこの方の心に染み渡りました。そして、次第に「わたしがついている。あなたと共に、そして息子と共に。だから大丈夫」と励まされているような気持ちになっていきました。

こうして、ある日ついにこの方は息子さんと対峙しました。すると、息子さんは「分かった」と言い、その日のうちに散髪に出かけ、次の日にはアルバイト先を見つけてきました。そして、やがて正式に就職し、結婚し、苦労をかけた両親のためにハワイ旅行までプレゼントしてくれたそうです。

イエスさまのことばは、不自由になっているあなたを造り変え、生かし、そして本当の自由を与えます。もちろん、前回学んだように、それはいっぺんに、完璧な状態でやってくるわけではありません。少しずつの変化かもしれません。しかし、確実に自由の方向に向かって、あなたを造り変えます。

まとめ

イエスさまのことばにとどまりましょう。

あなた自身への適用のためのディスカッションガイド


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