礼拝する民の群れ

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詩篇96篇1節〜13節

(2017.3.5)

参考資料

1節の「新しい歌」とは、必ずしも新曲のことではありません。習慣的に惰性で歌うのではなく、神さまへの新たな感動や感謝の心で歌われる賛美歌のことです。

聖書からのメッセージ

イントロ

教会の活動の中心は礼拝式です。礼拝とはいったい何でしょうか。

1.神をほめたたえること

主の栄光をたたえる

教会によって礼拝式のやり方、式次第、雰囲気は様々です。
  • 昔ながらの賛美歌を用いる教会もあるし、ポップス調やラップ調の賛美歌を用いる教会もあります。
  • 楽器を用いる礼拝式も、用いない礼拝式もあります。
  • 椅子はあってもずっと立ちっぱなしという礼拝式もあるし、ほとんど跪いている礼拝式もあります。
  • 時間もさまざまで、日本だと1時間半ほどの礼拝式がスタンダードのようですが、アメリカあたりですと1時間くらい、アフリカの国々では数時間の礼拝式がざらだと聞きます。
  • 日曜日の朝10時半にスタートするところもあれば、午後や夜に行なったり、日曜日以外に集まったりするところもあります。
しかし、どんな教会の礼拝式にも共通している要素があります。それは、天地を創造なさった三位一体の神さまの栄光をほめたたえることです。

聖書を読むと、栄光という言葉がたくさん出てきます。「神の栄光」「主の栄光」とは、神さまの素晴らしさのことです。神さまはどんなお方でしょうか。どんなご性質であり、どんな力をお持ちであり、どんな素晴らしいことをしてこられたでしょうか。また、これからどんなことをすると約束しておられるでしょうか。

イザヤ43:7に、私たちを含む万物がどうして神さまによって創造されたか、その理由の一つが書かれています。「わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った」(イザヤ43:7)。

自然界を見ると、万物を創造なさった神さまの知恵やセンスの素晴らしさや力強さを知ることができます。もちろん、私たち人間も、自分の存在すべてを通して、神さまの栄光を明らかにします。これが、私たちがこの地上に生まれ、存在している目的の一つです。

神さまの素晴らしさを、聖書や自分のこれまでの体験や他の人の体験談を通して知り、様々な方法でほめたたえること。これが礼拝です。私たち人間が神さまを礼拝するのは、造られた目的に沿った行為です。そして、神さまをほめたたえる方法は、祈りや文学や音楽や絵画や踊りやその他の芸術など、たくさんあります。

定期的に集まる

礼拝は個人でも行ないますが、地域的教会ではメンバーが定期的に集まって一緒に礼拝をささげます。これが教会の「公の礼拝式」です。聖書は、定期的に集まって礼拝することを命じています。「ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか」(ヘブル10:25)

ですから、公の礼拝式は参加してもしなくてもいいというオプション品ではありません。たとえば、私たちのメンバーであるM兄は、仕事の都合などで中通りコミュニティ・チャーチの礼拝式に参加できないときでも、近くの教会を探して礼拝式を守ろうとしておられます。他の皆さんたちも、それぞれ努力し、犠牲を払ってこうして出席しておられます。病気などやむを得ない事情はありますが、これからもお互い努力して礼拝式を守るようにしましょう。

みことばに応答する

ある上司が部下に対して業務上の指示を出したとします。その部下が上司の話をまともに聴こうとしなかったり、その指示を守らなかったりすれば、周りの人は「あの上司は部下になめられているな」と感じますね。上司の栄光は地に落ちます。

ですから、礼拝式においては、神さまの語りかけに対して素直に応答することが重要です。それが神さまの栄光をほめたたえることにつながります。「きょう、もし御声を聞くなら、メリバでのときのように、荒野のマサでの日のように、あなたがたの心をかたくなにしてはならない」(詩篇95:7-8)

聖霊なる神さまは、主に聖書を通して私たちに語りかけてくださいます。それに応答するとは、たとえば、
  • 神さまの素晴らしさを示されたら、「あなたはこんなふうに素晴らしいお方です」と、言葉や歌などで表現することが応答です。
  • 神さまが自分にしてくださった良いことを示されたら、感謝することが応答です。
  • 罪を示されたら、その行動をやめる決心をすることが応答です。
  • 望ましい行動を示されたら、そう行動しようと決心し、そうする力を聖霊さまに求めることが応答です。
  • 救われるための方法が示されたら、それを実行して救いを受け取ることが応答です。
  • 約束が示されたなら、それを信じますと宣言することが応答です。
礼拝式は、司会者や奏楽者や説教者など、奉仕者だけが作り上げるものではありません。応答する会衆がいて、初めて成立するものです。礼拝にお客さんはいません。すべての参加者が礼拝の主役です。

あなたは今日、聖霊なる神さまからどんな語りかけを受けていますか? そして、それに対してどんな応答をなさいますか?

それにしても、どうして神さまはそこまで人からほめられたいのでしょうか。次にこの問題について考えてみましょう。

2.礼拝が大切である理由

慰めと励ましのため

自信のない人は、自慢をしたり、自分の地位や持ち物をことさらにひけらかすことで、人からほめてもらって自分の存在価値を確かめようとします。ですが、神さまが礼拝を求めておられるのは、もちろん自信がないからではありません。むしろ、私たちのためです。礼拝によって神さまの素晴らしさを再確認することが、私たちの慰めや励ましになるからです。

私たちが信頼しているイエスさまが、人間にちょっと毛が生えた程度の知恵と力しか持っていないとしたらどうでしょうか。様々な問題にぶつかったときに、「イエスさまがついてくださっているから大丈夫」だとはなかなか思えませんね。逆に、イエスさまがどんなに素晴らしいかを知っていればいるほど、私たちは平安や喜びに満たされて生活することができます。

この話を読みましょう

また、愛し合って結婚した夫婦だって、言葉や態度で愛しているということを伝えてもらえないと、だんだん愛情が信じられなくなってきますね。同様に、神さまの愛も、普段から確認し続けていないと、だんだんと信じられなくなってきます。

私たち人間はとても忘れやすい存在です。民数記のイスラエルの民は、神さまがあれほどものすごい奇跡を起こしてエジプトから自分たちを脱出させてくださったのに、すぐに水がないの、肉がないの、敵が攻めてくるのと不満や不安を口にし、「こんなことならエジプトに帰った方がましだ」とつぶやきました。しかし、私たちも彼らを笑えません。

忘れっぽい私たちは、定期的に神さまの素晴らしさを思い起こす必要があります。神さまにどれだけ愛されているか、どんな素晴らしい約束が与えられているかを思い出す必要があります。そのための個人の礼拝(デボーション、クワイエットタイム)であり、公の礼拝です。

賛美と感謝をささげよう

私が学生時代、マーリン・キャロザース著「獄中からの賛美」という本が話題になりました。著者は、アメリカ軍の従軍牧師として活動するなかで、兵士やその家族を霊的・精神的に支えてこられました。キャロザース師が強調したのは、問題のまっただ中で、あえてその問題のために神さまに感謝し、神さまを賛美することでした。

問題が解決したら、その時に神さまに感謝し賛美するというなら分かります。しかし、著者は問題が与えられていることそのものを感謝しなさい、その問題が起こることや未だに解決しないことを許可しておられる神さまを賛美しなさいと勧めます。なぜなら、問題があろうがなかろうが、神さまは良い方だからです。イエス・キリストを十字架にかけるほどに私たちのことを愛しておられるのに、それでも問題が起こることを許可しておられるのだとすれば、私たちには理由分からなくとも、必ず私たちのためになると神さまが考えておられるからです。

さあそこで、中通りコミュニティ・チャーチでもキャロザース方式の礼拝をささげましょう。神さまの素晴らしさを数え上げ、賛美しましょう。これまで神さまがしてくださった様々な良いことを数え上げ、感謝しましょう。そして、それだけでなく、まだ解決していない問題を思い起こし、それでも神さまが愛にあふれ、知恵にあふれ、この問題を通して自分を必ず幸せにしてくださると信じて、感謝し、賛美しましょう。

まとめ

教会は礼拝する民の群れです。一緒に集まって神さまを礼拝することを大切にしましょう。

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