信徒の交わり

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ローマ人への手紙2章40節〜47節

(2017.4.2)

参考資料

この記事は、エルサレムで世界で最初の教会が誕生したときの出来事です。

41節の「バプテスマ」とは、洗礼のことで、キリストを信じて救われたことを公に宣言するための儀式です。詳しくはこちらをどうぞ。

聖書からのメッセージ

イントロ

私たちは、教会には5つの存在目的(使命と言ってもいいでしょう)があると信じています。それは「神さまへの礼拝」「キリストに似た者になるための教育・訓練」「伝道」「社会のいやし」、そして「信徒同士の交わり」です。今回は、信徒の交わりについて考えてみましょう。

1.共有する

交わりという言葉は、ギリシャ語ではコイノニアといいます。これは、何かを共有するとか、分かち合うとかいう意味です。使徒2章には、世界で最初に誕生したエルサレム教会の姿が描かれています。彼らは何を共有していたでしょうか。

場所と時間

まず、場所と時間を共有していました。彼らはいっしょにいたと書かれています(44節)。一緒にいた場所は、礼拝の場である神殿だったり、それぞれの家だったりしました(46節)。

次に、物を共有していました。44節後半から45節では、教会の人々が自分の財産をすべて持ち寄って、必要のある人に物やお金を分配していたことが記されています。一種の共産制です。

新約聖書の他の箇所を見ると、他の地域の教会では必ずしも同じ事は行なわれていませんでした。また、神さまも私有財産を禁じていらっしゃいません(使徒5:4)。しかし、それでも生活に困窮している人を支えるために、教会の仲間たちが援助の手を差し伸べるということは、当然のこととして行なわれていました。

「父なる神の御前できよく汚れのない宗教は、孤児や、やもめたちが困っているときに世話をし、この世から自分をきよく守ることです」(ヤコブ1:27)。

また、当時の旅行は大変でしたから、旅をしているクリスチャンに対して、泊まる場所を提供したり、食事や着るものなど生活に必要なものを提供したりすることも、積極的に行なっていました。

「ケンクレヤにある教会の執事で、私たちの姉妹であるフィベを、あなたがたに推薦します。どうぞ、聖徒にふさわしいしかたで、主にあってこの人を歓迎し、あなたがたの助けを必要とすることは、どんなことでも助けてあげてください。この人は、多くの人を助け、また私自身をも助けてくれた人です」(ローマ16:1-2)。

食事

また、初代のクリスチャンたちは、食事を共にしていました(46節)。一緒に食事をするとき、私たちは心を開かれ、より親密になることができます。

以前、カウンセリング・スクールで働いていたとき、「家族で食事をしていると死にたくなる」という人と出会いました。調べてみると、特に若い人たちが一番死にたくなるのは、食事の時間だということが分かりました。食事の時には、安心して心のガードが下がります。そんなときに、傷つくようなことを言われると、心が大変なダメージを受けてしまうのですね。

私たちが食事の席で語る言葉が、相手を慰め、励まし、やる気や根気を湧き上がらせるようなものでありますように。

2.主にある交わり

教会外の交わりとの違い

ところで、教会以外のグループでの交わりでも、場所や時間を共有したり、互いに助け合ったり、励まし合ったりします。教会の交わりは、教会外の人たちの交わりと、どこが違うのでしょうか。

使徒ヨハネは、この点についてこんなことを語っています。「私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです」(第1ヨハネ1:3)。

クリスチャンの交わりの特徴は、単に人間同士の交流ではなく、同時に神さまとの交流があるということです。

神を思い起こす交わり

クリスチャンである私とあなたが一緒におしゃべりをしているとします。目に見えるのは2人ですが、そこにもう一人イエスさまがいらっしゃることを意識する必要があります。

イエスさまはどんなお方ですか?
  • 私たちを命がけで救ってくださいました。
  • 私たちの罪を完全に赦してくださっています。
  • どんなに失敗しても私たちの可能性を信じ続けてくださっています。
  • 私たちの人生の主人であって、私たちがそのみこころに従って生きることを望んでおられます。
  • 私たちが、自分自身や周りの人やこの自然を大切にすることを望んでおられます。
  • もっともっと神さまの素晴らしさを知り、味わって欲しいと願っておられます。
私たちクリスチャンの交わりの中で、会話を通し、行動を通して、互いにイエスさまのことを思い出し、理解を深められるようにしましょう。
  • イエスさまが罪を赦しておられるから、私たちも赦し合います。
  • イエスさまが私たちの可能性を信じておられるから、私たちも互いの可能性を信じ続け、励まし続けます。
  • イエスさまが神さまのみこころに従うことを望んでおられるから、私たちも神さまのみこころが何か一緒に考え、それに沿っていなければ柔和に指摘し合い、それを実行できるよう励まし合います。
  • イエスさまが神さまの素晴らしさをもっと知って欲しいと願っておられるから、自分が体験したり聖書によって教えられたりした神さまの素晴らしさについて語り合います。

祈りのある交わり

そして、神さまと共にある交わりですから、そこには祈りがあります。祈りは神さまとの会話ですから、人間同士が交わりの中で会話をするように、そこにいらっしゃる神さまにも語りかけ、その言葉に耳を傾ける時間を持つのです。

使徒ヤコブはこう勧めています。「ですから、あなたがたは、互いに罪を言い表し、互いのために祈りなさい。いやされるためです。義人の祈りは働くと、大きな力があります」(ヤコブ5:16)。

初代のクリスチャンも、神さまへの礼拝を共にしていました(46-47節)。3月5日に学んだように、私たちは個人で神さまを礼拝すると共に、集まって一緒に礼拝を捧げることをしなければなりません。

よく使われるたとえですが、薪10本を束にして燃やすと、1本燃やした10倍以上の炎が燃え上がります。共に集まって礼拝するとき、神さまへの愛、感謝、感動が、ますます増し加わります。

「ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか」(ヘブル10:25)。

まとめ

クリスチャンとしての交わりを大切にしましょう。

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