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ショートエッセイ:中通りコミュニティ・チャーチ

東慶丸による難民救出

(2024年5月19日)

1919〜1922年、ギリシアとトルコが戦争状態に陥りました(希土戦争)。戦いの末、ギリシア軍はトルコ軍に敗北して、多くのギリシア人がトルコの占領地に取り残されることになりました。町が火に包まれ、ギリシア人たちは港に向かいますが、停泊していたフランスやイタリアの船は自国のパスポートを持つ人しか受け入れてくれません。ところが、日本の貨物船が、日本に運ぶ予定だった絹やレースなど、今の価格だと数億円の価値の積み荷を捨てて、825人の難民たちを船に受け入れました。

その後、トルコの軍艦が追ってきて、難民たちの引き渡しを要求します。しかし、船長はトルコ軍艦に返答します。「この船の難民の髪の毛一本にでも触れるなら、日本に対する侮辱と見なす」。トルコ軍の司令官は、1890年にトルコ軍艦エルトゥール号が日本沖で遭難した際、日本人が命がけで生存者の救出作業や支援活動を行なってくれたことを思い出したか、見逃してくれたのでした。

この出来事は、希土戦争で中立の立場だった日本では報道されなかったため、ほとんどの日本人は知ることがありませんでした。しかし、かつてギリシア留学中にこのエピソードを知った東洋大学の村田奈々子教授の調査により、ギリシア人たちを救った船の名前が「東慶丸」であり、船長が「日比左三」という人物だったことが判明します。

そして、左三さんのお母さんがクリスチャンだということも分かりました。左三さん自身がクリスチャンだったかどうかは分からなかったようですが、お母さんの薫陶によって命がけで他者を助ける行動が生まれたのだろうと推察されています。

イエスさまは弟子たちに「あなたがたは地の塩です」とおっしゃいました。塩は料理に混ぜられて塩気を付けます。すなわち影響を与える存在です。私やあなたがここに存在するだけで、世の中がほんの少し良くなります。

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