(2025年4月6日)
ヘロデ・アグリッパ1世の迫害によって、使徒ヤコブが殉教し、使徒ペテロが逮捕されました。しかし、ペテロは天使によって救出されました。
礼拝メッセージ音声
参考資料
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1節の「そのころ」は、紀元44年。前回触れた、バルナバとサウロがアンティオキア教会の指導を始めたと考えられる年と同じです。
1節の「ヘロデ王」は、ヘロデ・アグリッパ1世。イエスさまが誕生した頃にイスラエル全土を治め、ベツレヘムで2歳以下の男子を虐殺したヘロデ大王の孫です。父であるアリストブロスと祖母マリアムネは、ヘロデ大王に謀反を疑われて殺されました。イエスさまが十字架にかけられた頃(紀元30年)のガリラヤ国主ヘロデ・アンティパスの甥に当たります。この頃アグリッパは、祖父であるヘロデ大王と同様、王としてイスラエル全土を治めていました。
3節の「種なしパンの祭り」は、モーセの律法で定められている7つの例祭(毎年行なわれる祭り)の一つで、4節の「過越の祭り」の翌日から7日間行なわれました。今のイースター前後の時期(春)です。この2つの祭りは連続しているため、新約聖書の時代には8日間まとめて「過越の祭り」あるいは「種なしパンの祭り」と呼ばれていました。
ちなみに、大麦の収穫開始を祝う「初穂の祭り」は過越の祭りの直後の安息日の翌日(つまり日曜日)に行なわれましたから、種なしパンの祭りのどこかで祝われることになります。イエスさまは過越の祭りの日に十字架にかかって死んで葬られ、初穂の祭りの日に復活なさいました。
イントロダクション
前回は、シリアのアンティオキア教会についてのエピソードを学びました。今回はエルサレム教会についての話題です。
ひどい迫害や貧しさを体験していたエルサレム教会の人たちは、それでも平安、喜び、感動に満たされていました。私たちも、どんな状況にあっても平安、喜び、感動に満ちあふれて生きていきたいですね。
今日はその秘訣を教えていただきましょう。
1.教会の苦しみと神の助け
ヘロデによる迫害
ヘロデ・アグリッパ1世
(1節)そのころ、ヘロデ王は、教会の中のある人たちを苦しめようとしてその手を伸ばし、
新約聖書には「ヘロデ」という名の人物が数名登場するので混乱してしまいます。具体的には以下の3人が「ヘロデ」と呼ばれています。
- ヘロデ大王:イエスさまが誕生した頃にイスラエル全土を治めていた王です。ベツレヘムで2歳以下の男子を虐殺しました。
- ヘロデ・アンティパス:ヘロデ大王の息子の一人です。イエスさまが公に活動していた頃、ガリラヤ地方とペレヤ地方を治めていた国主です。バプテスマのヨハネの首をはねた人物ですね。「領主ヘロデ」とも呼ばれています。
- ヘロデ・アグリッパ1世:ヘロデ大王の孫で、アンティパスの甥に当たります。
この箇所に登場しているのは、ヘロデ・アグリッパ1世です。この人は、第3代皇帝カリグラと仲が良く、叔父であるピリポが死に、もう一人の叔父であるアンティパスが失脚すると、それぞれの領地を引き継ぎます。
さらに紀元41年には、新しく即位した第4代皇帝クラウディウスから、それまでローマから遣わされた総督が治めていたユダヤやサマリアの支配も任されて、祖父であるヘロデ大王と同じようにイスラエル全土を治めるようになりました。
ところが、ヘロデ王家はユダヤ人ではなくイドマヤ人(旧約聖書ではエドム人)です。そこで、ユダヤ人の支持を集めるためにキリスト教会を迫害し始めました。
使徒ヤコブの殉教
(2節)ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。
ヘロデ王は、十二使徒の一人であるヤコブを処刑しました。おそらくバプテスマのヨハネと同様、斬首刑でしょう。ヤコブは十二使徒の中で最初の殉教者となりました。
ペテロの逮捕
(3節)それがユダヤ人に喜ばれたのを見て、さらにペテロも捕らえにかかった。それは、種なしパンの祭りの時期であった。
ヘロデ王の目論見通り、教会に対する迫害はユダヤ人たちの支持を集めました。そこで、次なるターゲットとして使徒ペテロに目を付け、彼を逮捕しました。このことが起こったのは、紀元44年の春、過越の祭りとそれに続く種なしパンの祭りの時期です。
ペテロの投獄
(4節)ヘロデはペテロを捕らえて牢に入れ、四人一組の兵士四組に引き渡して監視させた。過越の祭りの後に、彼を民衆の前に引き出すつもりでいたのである。
ヘロデはペテロを投獄すると、16名の兵士を4組に分けて、6時間ずつ交代で監視させました。ペテロが自ら脱出できないようにするだけでなく、仲間が救出しようとしてもそれを防止するためです。
過越の祭りと種なしパンの祭りは連続していて、計8日間祭りが続きます。それが終わった後、まだ大勢の人々がエルサレムに集まっているときに処刑しようとヘロデは考えました。
教会の祈り
(5節)こうしてペテロは牢に閉じ込められていたが、教会は彼のために、熱心な祈りを神にささげていた。
エルサレム教会の人たちは、神さまがペテロを助け出してくださるよう熱心に祈りをささげました。ペテロは厳重に監視されていて、どう考えてもペテロの処刑は免れることができません。しかし、八方ふさがりで人間的にはもうどうしようもない状況でも、私たちクリスチャンには祈りという武器が残されています。
そして、その祈りは聞き届けられました。
番兵たちの配置
(6節)ヘロデが彼を引き出そうとしていた日の前夜、ペテロは二本の鎖につながれて、二人の兵士の間で眠っていた。戸口では番兵たちが牢を監視していた。
ペテロが処刑されることになっていた日の前夜のことです。このときのペテロは両手を1本ずつ鎖につながれていました。そして、両脇に1人ずつ兵士がいて監視していました。また、残り2人の兵士は牢の扉のすぐ外で警戒しています。絶対に逃げられない状況です。
ところが、明日は我が命がないという状況にもかかわらず、ペテロはぐっすりと眠っていました。
かつてペテロは、他の使徒たちと共にユダヤの指導者たちによって逮捕されたことがあります。しかし、天使が現われて彼らを牢の外に連れ出してくれました(使徒5章)。ですから、明日処刑されるというギリギリの状況でも、神さまのみこころならば無事に救出されるとペテロは信じていたのでしょう。
また、たとえヤコブと同じように自分も処刑されることが神さまのみこころだとしても、その魂は天のパラダイスに迎え入れられます。
そのような確信があったので、ペテロは平安でいられたのです。
天使の登場
(7節)すると見よ。主の使いがそばに立ち、牢の中を光が照らした。御使いはペテロの脇腹を突いて彼を起こし、「急いで立ち上がりなさい」と言った。すると、鎖が彼の手から外れ落ちた。
突然天使が現われてペテロを起こしました。すると、ペテロの手につながれていた2本の鎖が外れました。

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ作「使徒ペテロの解放」(1667年)
(画像引用:光の色彩を求めて)
天使の促し
(8節)御使いは彼に言った。「帯を締めて、履き物をはきなさい。」ペテロがそのとおりにすると、御使いはまた言った。「上着を着て、私について来なさい。」
さらに天使は、身支度をして自分についてくるようにと命じました。
夢うつつのペテロ
(9節)そこでペテロは外に出て、御使いについて行った。彼には御使いがしていることが現実とは思えず、幻を見ているのだと思っていた。
天使について牢の外に出たペテロは、まだ起こっている出来事が現実のことだとは思えません。自分の両脇にいる兵士たちも、牢のすぐ外にいる兵士たちも、自分を止めようとしません。そこで、ペテロは幻を見せられているのだと思っていました。彼はそれまで寝ていたので、夢の続きを見ているとでも思ったのでしょう。
ペテロの脱出路
(10節)彼らが、第一、第二の衛所を通り、町に通じる鉄の門まで来ると、門がひとりでに開いた。彼らは外に出て、一つの通りを進んで行った。すると、すぐに御使いは彼から離れた。
無事に牢の外に出ただけではありません。2つの守衛所も問題なく通り過ぎ、町に通じる門も自然に開きました。当然それぞれの場所では兵士たちが見張りをしていたはずです。しかし、彼らは眠らされていたのか、あるいは視覚をコントロールされて、見えているのに見えていない状態にさせられていたのかは分かりませんが、天使とペテロを簡単に通してしまいました。
こうして無事に町の通りに出ると、天使はペテロの元を去って行きました。
ペテロの感謝
(11節)そのとき、ペテロは我に返って言った。「今、本当のことが分かった。主が御使いを遣わして、ヘロデの手から、またユダヤの民のすべてのもくろみから、私を救い出してくださったのだ。」
ここでペテロは我に返ります。そして、自分が神さまによって助け出されたのだということを知りました。
ロデのエピソード
この後、ペテロはマルコの福音書を書いたマルコの実家、マルコの母マリアの家に向かいます。その家でもペテロ救出を願って、クリスチャンたちが集まって熱心に祈りをささげていました。
その際面白いエピソードが起こります。
- ペテロが戸を叩くと、女中のロデが出てきました。しかし、外にいるのがペテロだと分かると、喜びのあまり鍵を開けないまま家の中に知らせに行ってしまいました。
- 家の中の人たちは、ペテロが無事に牢を出てきたということが信じられませんでした。救出を祈っていたのに、です。
- 戸を叩き続けた ペテロは、ようやく家の中に入れてもらえました。
このエピソードの詳細については、2022年2月13日のメッセージ「
聖書の女性シリーズ31 ロデ」の回で取り上げています。ぜひお読みください。
とにかく、神さまは教会の祈りに応えてペテロを助け出してくださいました。
ヘロデの死
一方、ヤコブを殺し、ペテロも逮捕して処刑しようとしたヘロデはどうなったでしょうか。
ヘロデとツロ・シドンの和解
(20節)さて、ヘロデはツロとシドンの人々に対してひどく腹を立てていた。そこで、その人々はそろって王を訪ね、王の侍従ブラストに取り入って和解を願い出た。彼らの地方は王の国から食糧を得ていたからである。
ヘロデは、敵対していたツロとシドンと和解をしました。ツロとシドンの側がヘロデに頭を下げた形です。
ヘロデの演説
(21節)定められた日に、ヘロデは王服をまとって王座に着き、彼らに向かって演説をした。
「定められた日」というのは、紀元44年の夏に行なわれた皇帝クラウディウスをたたえる祭りの日のことです。ツロ・シドンから来た人々のほか、カエサリアの市民たちも大勢集まりました。その人たちの前で、ヘロデは意気揚々と演説を始めました。
熱狂する会衆
(22節)集まった会衆は、「神の声だ。人間の声ではない」と叫び続けた。
紀元1世紀の歴史家ヨセフスによると、このときのヘロデは円形劇場に特設された王座に着き、銀の糸で織られた王服を着ていました。その服は日の光に照らされて輝いていたといいます。
その神々しい姿を見た会衆は、ヘロデのことをまるで神のような存在だとほめたたえました。
聖書を読むと、このような場合、神さまを信じる人たちや天使たちは即座に自分がほめたたえられることを拒否しています。たとえば、
- ペテロがコルネリウスの家に着いたとき、コルネリウスはひれ伏しました。するとペテロは彼に「お立ちください。私も同じ人間です」と言いました(使徒10:26)。
- 使徒ヨハネが天使から世の終わりに関する偉大な幻を見せられました。ヨハネが天使を拝もうとすると、天使は彼に言いました。「いけません。私はあなたや、イエスの証しを堅く保っている、あなたの兄弟たちと同じしもべです。神を礼拝しなさい」(黙示録19:10)。
ところが、ヘロデは自分を神のように扱う会衆たちを戒めようとしませんでした。
神のさばき
(23節)すると、即座に主の使いがヘロデを打った。ヘロデが神に栄光を帰さなかったからである。彼は虫に食われて、息絶えた。
神さまをほめたたえるのではなく、自分のすばらしさを誇るヘロデに対して、神さまのさばきが下りました。聖書には、虫に食われて息絶えたと書かれています。これは、寄生虫が内臓を食い破ったためだと考えられます。
歴史家ヨセフスによると、ヘロデは腹痛を訴えて倒れ、5日間のたうち回った挙げ句に死にました。享年54でした。
神のことばの勝利
(24節)神のことばはますます盛んになり、広まっていった。
ヘロデ・アグリッパ1世による迫害にもかかわらず、イエスさまの恵みの福音はますます広まり、多くの人たちが救われていきました。
かつて、エルサレムでサウロによる激しい迫害が起こりました。その時も、エルサレムの外に逃れたクリスチャンたちによってイスラエル各地に福音が宣べ伝えられ、あちこちの町に教会が誕生することになりました。
悪魔や反対者がどれほど邪魔しようとも、神さまの働きを留めることはできません。
それでは、ここから私たちは何を学ぶことができるでしょうか。
2.神の栄光を現すことを人生の目的としよう
ヘロデは、神さまに栄光を帰さず、自分自身の栄光を求めた結果、さばきを受けてしまいました。神に栄光を帰すとは、神さまのすばらしさが今まで以上に明らかになることを求め、それが実現するような言動をするということです。
私たちが神さまの栄光を第一とするために、次の3つの点を心がけるようにしましょう。
神のみわざを知る
神さまの栄光を現すためには、私たち自身が神さまのすばらしさを実感し、感動している必要があります。そうするなら、私たちは自然と神さまのすばらしさをほめたたえたり、他の人に伝えたりするようになります。
どのようにして、私たちは神さまのすばらしさに触れることができるでしょうか。
(1) 聖書
聖書の中には、天地創造から世の終わりの新しい天地の創造まで、神さまのすばらしいみわざについての記録が満ちあふれています。それらを学び、それらについて黙想するときに、私たちは神さまの力強さ、知恵の深さ、愛の大きさに触れて感動します。
(2) 他のクリスチャンの証し
他のクリスチャンの証し、すなわち体験談を聞いたり読んだりすることによって、私たちは自分自身も感動を覚えることができます。
ある方が、聖書を通して神さまのすばらしさに触れて感動しました。そして、その話を聴いて私も感動したというエピソードを紹介します。以前、中国地方の牧師のいない教会から洗礼式の司式を依頼されたことがあり、受洗する高校生が洗礼式の中でしてくれた証しについてです。
「僕は、キリスト教が嫌いでした」。その高校生の男の子は言いました。
彼は、クリスチャンホームに育ち、小さいときから神さまの話、イエスさまの話を聞いて育ちました。お祈りも、礼拝も、献金も、奉仕もしていました。しかし、聖書の命令を読み、「こんなの自分には守れない」と思いました。そして、そういう無茶な命令をする神さま、聖書、教会から、だんだん心が離れていったのです。
しかし、その聖書が、ある時彼に語りかけてきました。「キリストが律法を終わらせられたので、信じる人はみな義と認められるのです」(ローマ10:4・新改訳第3版)。「なんだ、ここに書いてあるじゃん!」 彼は思わずそう叫びました。
律法を守ることによって神さまに愛されるという生き方なんか必要ない。聖書はそう宣言しています。神さまの選びによって、神さまから一方的に愛されているんだと。そして、それをただ信じるだけで、神さまとの愛の関係を回復することができる、と。そして、彼は洗礼を受ける決心をしました。
この話を聞いたとき、私の心、いや、「霊が」と言った方がいいでしょう。霊が喜びに満たされ、躍り上がっているのが分かりました。
聖書を熱心に読み、その中に記されている父なる神さま、子なるイエスさま、聖霊なる神さまのすばらしさに触れ続けましょう。また、他のクリスチャンと積極的に交わったり、信仰に関する本やネットの記事などを読んだりして、他の人の証しに触れましょう。
それによって、私たち自身が神さまのすばらしさを知って、神さまをさらにほめたたえることができますように。
神のみわざを信じる
聖書や他のクリスチャンの体験を通して神さまのすばらしさを知ったなら、神さまがそのすばらしさをこの自分にも明らかにしてくださると信じましょう。すると、神さまはその信仰に答えてご自分のすばらしさを私たちにも見せてくださいます。
ペテロは、もう明日は処刑されるという夜にも、平安のうちにすやすやと眠ることができました。それは、神さまはみこころならば奇跡を起こしてでも自分を守ってくださると信じていたからですし、たとえ死ななければならないとしても、約束通り天のパラダイスに迎え入れてくださると信じていたからです。
とはいえ、私たち人間の信仰は不完全です。実際に天使が現われたとき、ペテロはしばらくそれが現実のこととは思えませんでした。また、マルコの実家に集っていた弟子たちは、ペテロの救出を祈り求めていたにもかかわらず、実際にペテロが救出されたことを最初は受け入れようとしませんでした。
そんな不十分な信仰であっても、神さまは私たちのいのちに答えてくださる恵み深いお方です。不十分であっても、それでも神さまのすばらしさや約束の確かさを信じるとき、神さまは実際にすばらしさを体験させてくださいます。
この話をお読みください。
随分と晴れの日が続き、そろそろ水不足が心配され始めたある日のこと。お母さんが子どもたちにこう言いました。
「いいこと。これからお母さんは教会でお祈りしてくるからね。危ないから、勝手に外に出たりしちゃダメよ」。
「お母さん、何をお祈りするの?」
「神さまに、雨を降らせてくださいってお祈りするのよ」。
「行ってらっしゃぁい!」
お母さんが出かけてしばらくたった頃、上の子どもが言いました。
「大変だ。お母さん、傘を忘れて行ったよ」。
子どもたちは、お母さんの傘を教会に届けることにしました。教会に着くと、お母さんは子どもたちを叱ります。
「まあ、子どもたちだけで外に出ちゃダメだって言ったでしょう!」
「傘を届けにきたんだよ」。
「バカ言いなさい。空を見てごらん。雲一つ見えないじゃないの。雨なんか降るはずないでしょう!」
私たちも、祈りながら、一番信じていないのが自分だったりしますね。
ちなみに、その日お母さんは、子どもたちが持ってきた傘を差して家に帰ったそうです。イエスさまは、何とあわれみに満ちたお方でしょうか。少なくとも、そのことは信じて祈りたいですね。
神のみわざを人に伝える
マルコの実家で自分の体験を報告したペテロは、他の家の教会にも報告のために向かいました。こうして、神さまのすばらしさがさらにエルサレム教会の間に広まり、クリスチャンたちは奮い立ちます。
そして、ひどい迫害にもかかわらずイエスさまによる救いのメッセージを語り広めました。すなわち、神さまは恵と愛に満ちておられ、イエスさまが一方的な犠牲を払って私たちの罪を赦し、救い、神さまの子どもにしてくださったというメッセージです。
私たちも、聖書を通して、あるいは他の人の証しを通して神さまのすばらしさを知ったなら、また自分自身が信仰によって神さまのすばらしさを体験させていただいたなら、そのことを他の人に伝えましょう。
ほんの些細な体験でかまいません。恥ずかしがらずに自分の体験を他の人に語り聞かせましょう。
そうすることで、神さまのすばらしさがこの地上に広まっていきます。そして、ますます神さまはご自身のすばらしさを地上で見せてくださるようになります。