(2026年5月17日)
コリント教会の一部から嘘つきだと非難されたパウロが弁明している箇所です。ここから、私たちがどのような基準で自分の行動を選べばよいか学べます。
礼拝メッセージ音声
イントロダクション
今回の箇所は、コリント教会の一部の人たちが、パウロを嘘つきで不誠実だと批判していることが背景になっています。それは、パウロが約束していたのとは違う行動を取ったからです。それに対して弁明しているのがこの箇所です。
この箇所から、私たちがどのような基準で自分の行動を選べば良いか教えていただきましょう。
1.パウロの弁明
自分は不誠実ではないという主張
一部のコリント教会員による批判
まず、パウロが嘘つき呼ばわりされるに至った経緯をお話しします。
コリント教会にはさまざまな問題がありました。分派分裂争い、不品行、教会員同士の訴訟、差別、礼拝の混乱などです。その指導のために書かれたのがコリント人への第一の手紙です。
その 第1コリント16:1-9で、パウロはエペソに五旬節(ペンテコステ)まで滞在し、その後マケドニアを経由してコリントを訪問する計画を示しました。

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その後、コリント教会の問題が深刻化します。第一の手紙の指導も空しく、教会は不品行を行う人に対して何の指導も処分もしなかったのです。その上、分派争いが激化し、パウロに反対する声がさらに大きくなったものと考えられます。
そこで、パウロは第一コリント16章の計画とは別に、緊急の訪問をしました。ところが、その訪問も思ったような効果を発揮しませんでした。
エペソに戻ったパウロは「涙の手紙」を書きました。かなり厳しい調子で、コリント教会を責める内容だったようです。
緊急訪問と涙の手紙の時期に、パウロは新たな計画を立てました。エペソ伝道を終えた後にコリントに行き、そこからマケドニアに行き、もう一度コリントに戻ってからエルサレムに向かうという二重訪問の計画です。この新たな計画は、何らかの形でコリント教会に伝えられました。
その後、 銀細工人による暴動をきっかけとして、パウロはエペソを離れます。そして、コリントではなくマケドニアに直行しました。
そのため、「パウロは嘘つきだ」「不誠実だ」「守れもしない約束を安易にする軽率な奴だ」「我々を軽んじている」というような批判、さらには「使徒だとは到底思えない」という批判が起こったと考えられます。
パウロの誇り
(1:12)私たちが誇りとすること、私たちの良心が証ししていることは、私たちがこの世において、特にあなたがたに対して、神から来る純真さと誠実さをもって、肉的な知恵によらず、神の恵みによって行動してきたということです。
批判を受けたパウロは、自分はコリント教会に対して不誠実なのではなく、神さまから来る純真さと誠実さをもって関わっていると主張しました。そして、それが自分たちの誇りであり、自分の良心も証しすることだと言います。
主イエスの日に誇りとしてほしいこと
(1:13-14)私たちは、あなたがたが読んで理解できること以外は何も書いていません。あなたがたは、私たちについてすでにある程度理解しているのですから、私たちの主イエスの日には、あなたがたが私たちの誇りであるように、私たちもあなたがたの誇りであることを、完全に理解してくれるものと期待しています。
パウロは、自分が書く手紙は、読んだ人が理解できないような内容を書いていないと言います。これは、「行くと書いてあるけれど、本当は行かないという意味が隠されている」というような、暗号のようなものではないということです。
つまり、行くと手紙に書いたなら、その時は本気で行くつもりだったのだということです。
そして、それを完全に理解してほしいとパウロは願います。今は、「ある程度」の理解にとどまっています。ですから、批判する人たちもいます。
しかし、やがて「主イエスの日」、すなわち携挙が起こって復活の体でイエスさまの前に進み出る時、おのおのが地上での生き方を査定され、報いをいただきます。その時には、パウロが真実の愛でコリント教会に関わってきたことをイエスさまが認めてくださるでしょう。
だから、その時に、コリント教会の人たちもパウロの働きを認めてほしいとパウロは言います。もちろん、だから今は理解されなくてもいいということではなく、今この時にも、自分があなたたちに対して誠実に向き合っていることを理解してほしいと思っています。
二度の訪問の約束
(1:15-16)この確信をもって、私はまずあなたがたのところを訪れて、あなたがたが恵みを二度得られるようにと計画しました。すなわち、あなたがたのところを通ってマケドニアに赴き、そしてマケドニアから再びあなたがたのところに帰り、あなたがたに送られてユダヤに行きたいと思ったのです。
パウロは、今回問題になっている約束について述べます。先に述べたように、パウロはエペソを去った後、コリント → マケドニア → コリント → ユダヤという順番で訪問する計画でした。
コリントへの二度の訪問を計画したのは、コリント教会に二重の恵みをもたらすためだったとパウロは言います。
そして、この計画は「この確信」、すなわちコリント教会に対して自分は常に誠実に関わっているという確信に基づいて立てられたものです。
私は軽率だったのか
(1:17-18)このように願った私は軽率だったのでしょうか。それとも、私が計画することは人間的な計画であって、そのため私には、「はい、はい」は同時に「いいえ、いいえ」になるのでしょうか。神の真実にかけて言いますが、あなたがたに対する私たちのことばは、「はい」であると同時に「いいえ」である、というようなものではありません。
結果として、パウロは計画通りに行動しませんでした。コリントに行かず、直接マケドニアに行き、その後もコリントにやって来る気配がありません。ゆえに、パウロは非難されているのです。
しかし、パウロは、最初の計画を立てたのは軽率さのせいではないと主張しようとしています。そして、「人間的な計画」、すなわち不完全で罪深い人間の性質に基づく計画ではないし、「はい」と「いいえ」を都合良く使い分けるような一貫性のない約束でもありません。
神の誠実さ
キリストにおける神の約束の成就
(1:19-20)私たち、すなわち、私とシルワノとテモテが、あなたがたの間で宣べ伝えた神の子キリスト・イエスは、「はい」と同時に「いいえ」であるような方ではありません。この方においては「はい」だけがあるのです。神の約束はことごとく、この方において「はい」となりました。それで私たちは、この方によって「アーメン」と言い、神に栄光を帰するのです。
パウロは、シルワノ(シラス)とテモテの2人とともに、コリントで神の御子イエス・キリストを宣べ伝えました。キリストは、「はい」と「いいえ」が混在する方ではなく、「はい」となられた方であると語ります。
これは、神さまの人類救済計画と、それに基づくさまざまな約束は、キリストにおいてすべて実現したという意味です。イエスさまは、預言された約束通りに地上に来られ、十字架にかかり、復活なさいました。
確かな救い
(1:21-22)私たちをあなたがたと一緒にキリストのうちに堅く保ち、私たちに油を注がれた方は神です。神はまた、私たちに証印を押し、保証として御霊を私たちの心に与えてくださいました。
神さまが、救いの計画をその通りに守ってくださったおかげで、イエス・キリストの十字架と復活を信じた私たちは、計画通りに罪を赦され、神さまの子どもとされました。
さらに、聖霊なる神さまが私たちの内に宿ってくださることによって、私たちが約束通り確かに救われていることが保証されています。
パウロが計画変更の弁明の途中で、突然神さまの救いの約束の話を始めたのは、都合が悪くなって話をそらせるためではありません。パウロの約束が、軽率なその場限りのいい加減なものではなく、神さまの救いのご計画という確かな土台に基づいているのだということを言おうとするためです。
それが、23節以降で語られることになります。
コリントに行かない理由
思いやりのため
(1:23)私は自分のいのちにかけ、神を証人にお呼びして言います。私がまだコリントへ行かないでいるのは、あなたがたへの思いやりからです。
パウロが、訪問計画を変更してまだコリントに行かないのは、コリント教会のためだと言います。最初にいい加減な約束をして守れなくなったからではなく、あえて行かない選択をしたというのです。
この宣言は、自分の命をかけたものであり、神さまに証人になっていただくもの、すなわち非常に厳粛なものです。
あなたがたの喜びのため
(1:24)私たちは、あなたがたの信仰を支配しようとする者ではなく、あなたがたの喜びのために協力して働く者です。あなたがたは信仰に堅く立っているのですから。
教会員は、牧師が彼らを支配して、牧師が立たせるのではなく、自らの信仰によって立つ必要があります。だから、パウロは支配者ではなく、コリント教会の人たちが喜びを味わえるための協力者として関わろうとしていると言います。
悲しませる訪問はしたくない
(2:1)そこで私は、あなたがたを悲しませる訪問は二度としない、と決心しました。
ここで語られているのは、まだパウロが本格的にエペソを離れる前に、急遽コリントを訪問した時のことです。「あなたがたを悲しませる訪問」と書かれていますから、その時パウロはコリント教会の人たちをかなり強く責めたのでしょう。
コリント教会の中には、父親が死んだ後、継母と結婚した人がいました。そのような行為は、ローマ帝国の法律で禁じられていましたし、性的に奔放だったコリントの一般市民もびっくりするような不品行でした。
パウロが問題にしたのは、教会がそのようなことをしている人に対してまったく指導しようとしなかったことです。パウロは第一の手紙で、不品行をやめようとしないなら、その人を除名処分にするよう求めています。しかし、相変わらず見て見ぬ振りが続いたのでしょう。
そこで、パウロは直接乗り込んでいって、処分を求めたのだと考えられます。
しかし、コリント教会の中には分派争いがありました。パウロ派、アポロ派、ペテロ派、キリスト派といったグループがあって、互いにいがみ合っていたのです。第一の手紙の中で、パウロはその問題についても指導しています。
ところが、相変わらず分派争いは続いていて、パウロ派に属さない人たちの中には、あからさまにパウロに反抗する人たちもいたようです。
そのようなわけで、この訪問指導は願う成果を上げられませんでした。それどころか、パウロだけでなくコリント教会の人たちもつらい思いをするばかりだったのです。
そのような訪問は二度としたくないと、パウロはここで語っています。コリント教会が悔い改めないままコリントを訪れても、また同じことの繰り返しです。
私を喜ばせられる人
(2:2)もし私があなたがたを悲しませるなら、私が悲しませているその人以外に、だれが私を喜ばせてくれるでしょう。
先の訪問の際、パウロがかなり厳しい調子でコリント教会の人たちに語ったのは、罪を犯して悔い改めない人たちに悔い改めてほしかったからです。もしその人たちが悔い改めて、不品行や教会を分裂させるような行動をやめてくれたなら、パウロは喜ぶでしょう。
涙の手紙の目的
(2:3-4)あの手紙を書いたのは、私が訪れるときに、私に喜びをもたらすはずの人たちから、悲しみを受けることがないようにするためでした。私の喜びがあなたがたすべての喜びであると、私はあなたがたすべてについて確信しています。私は大きな苦しみと心の嘆きから、涙ながらにあなたがたに手紙を書きました。それは、あなたがたを悲しませるためではなく、私があなたがたに対して抱いている、あふれるばかりの愛を、あなたがたに知ってもらうためでした。
そして、おそらく緊急訪問の後のことでしょうが、パウロはエペソに戻った後で「涙の手紙」と呼ばれている手紙を書きます。その手紙は失われているため内容は分かりませんが、これまた非常に厳しくコリント教会の問題を責める内容だったと思われます。
その涙の手紙もまた、コリント教会の人たちを悲しませることそのものが目的なのではなく、罪を悔い改めさせるためでした。つまり、パウロの愛情から出たことだったのです。
ここには書かれていませんが、涙の手紙はテトスという弟子がコリントに持って行きました。この手紙とテトスの指導によって、コリント教会の人たちは悔い改めました。そして、不品行な行いをやめようとしないメンバーを除名したのでした。
この点については来週取り上げることになります。
それでは、ここから私たちは何を学ぶことができるでしょうか。それは、私たちの行動を決めるものが何かということです。
パウロは、その時その時最善だと思う計画を立てていました。しかし、時にその計画を大胆に捨て去って、新しい計画を立てています。では、私たちはどのような基準で、自分の行動を選び、計画を立てていけば良いのでしょうか。
2.私たちの行動を決めるもの
神の導き
パウロはいつも、知性を尽くして、何が最善なのかを考えて計画を立てていました。しかし、自分の計画と神さまの計画が対立するときには、常に神さまの計画を優先させようとしていました。
第一の手紙を書いたとき、パウロはまずマケドニアに渡り、そこで短期間過ごした後、コリントでしばらくの間滞在したいという計画について書きました。その際、次のように述べています。
(第1コリント16:7)私は今、旅のついでにあなたがたに会うようなことはしたくありません。主がお許しになるなら、あなたがたのところにしばらく滞在したいと願っています。
私たちが計画を立てる時は、パウロがそうしたように、自分の持つ能力をフル動員して最高の計画を立てるべきです。しかし、どれほど綿密に計画を立てたとしても、病気や事故が起こったり、災害が起きたり、世界のどこかで紛争が起きたりして、その影響で計画がうまく行かなくなることもあります。
最終的には神さまのご計画通りに事が動くのです。そして、いつも私たちの計画よりも神さまの計画の方が優れています。
そもそも、コリント教会が誕生したのも、パウロの計画変更のおかげです。パウロが第2回伝道旅行に出かけた当初、彼は小アジア(今のトルコ)で働こうと考えていたようです。しかし、神さまはパウロをヨーロッパへと導かれました。彼はその語りかけに忠実に従って計画を変更し、そのおかげでコリント教会が誕生したのです(使徒の働き16:6-10、18:1-11)。
主の兄弟ヤコブは、神さまの存在を無視して人生設計をする人たちに対して、次のように教えています。
(ヤコブ4:13-15)「今日か明日、これこれの町に行き、そこに一年いて、商売をしてもうけよう」と言っている者たち、よく聞きなさい。あなたがたには、明日のことは分かりません。あなたがたのいのちとは、どのようなものでしょうか。あなたがたは、しばらくの間現れて、それで消えてしまう霧です。あなたがたはむしろ、「主のみこころであれば、私たちは生きて、このこと、あるいは、あのことをしよう」と言うべきです。
ですから、私たちは一生懸命考えて計画を立てると共に、もしも神さまが違う道を示されたなら、迷わずそちらの方を選ぶ柔軟さを身につけなければなりません。
愛
では、私たちはどのようにして神さまのご計画を知ることができるでしょうか。
私たちは聖書や祈りを通して神さまのみこころを知ることができます。そして、別の物差しもあります。それは愛です。
パウロは、コリント教会の人たちを我が子のように愛していました。ですから、彼らが間違った道に進もうとする時放置できませんでした。
パウロがコリント教会を2度訪問しようという計画を立てたのは、彼らへの愛の故です。そして、その計画を破棄したのも、彼らへの愛のためです。
Aさんは、お子さんが問題を起こすと、自分が出て行って解決してやっていました。たとえば、友だちの持ち物を壊したときに、代わりに謝り、代わりに弁償してやっていたのです。それは、子どもを愛しているからです。
しかし、それではいつまでたっても子どもは自立して責任ある行動ができるようにならないと悟ったAさんは、お子さんの尻拭いをやめました。そして、自分で謝罪し、弁償するよう促しました。
私たちがしようとしていることは、神さまへの愛と人への愛。それを実現するものでしょうか。時々立ち止まって振り返ってみましょう。もし、もっと愛を表すための方法が別にあるのなら、迷わずそちらを選びましょう。
救済計画
では、本当の愛をどのように判別すればいいでしょうか。そのヒントは、神さまの救済計画です。
人は罪を犯して神さまから離れてしまいました。しかし、神さまは私たち罪人を裁いて滅ぼすことを喜ばれませんでした。罪を赦して救おうとなさったのです。
そのために、御子イエスさまが地上に来られ、私たちの代わりに完璧に神さまに従う人生を送り、十字架にかかって死ぬことで私たちの代わりに罪の罰を受けてくださり、その後復活なさいました。
「この自分の罪のためにイエス・キリストが十字架にかかり、死んで葬られ、3日目に復活した」と信じるだけで、私たちはすべての罪を赦され、それどころか神さまの子どもとして新しく生まれることができました。
私たちに与えられる救いの祝福は、一方的に罪の罰を免れられたということにとどまりません。私たちが神さまの子どもとして成長し、神さまのみこころにかなう生き方を積み重ねていくなら、神さまはその行いを覚えていてくださり、将来地上に実現する千年王国で、大いに報いてくださいます。
まだイエスさまを信じていない人が一歩でも救いに近づくこと、そして救われた人が、より神さまのみこころを実践できる存在に成長すること。そのために自分にできることが愛を実践することです。
そのためには、あえて相手にとってつらいことを語ったり、相手が期待していることを裏切ったりすることが必要な場合もあります。
もちろん、こちらが相手のためだと思い込んでいても、実際には相手の救いや成長に逆効果だったと言うこともあります。ですから、私たちはいつも謙遜になって、「愛を教えてください」と祈って参りたいと思います。