本文へスキップ

礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

エペソでの残りの活動と騒動

使徒の働きシリーズ30

使徒の働き19章21節〜31節

(2025年7月13日)

パウロの第三回伝道旅行の主な拠点だったエペソで、2年3カ月経って以降のエピソードです。パウロは弟子たちをマケドニアに遣わし、その後エペソで暴動に巻き込まれました。

礼拝メッセージ音声

参考資料

続きを読む21節の「マケドニア」はギリシア北部の地域で、パウロの第二回伝道旅行の際にピリピ、テサロニケ、ベレアといった町に教会ができました。アカイアは南部の地域で、アテネやコリントに教会があります。

画像をクリックすると拡大します
(画像引用:聖書 新改訳2017)

22節の「テモテ」は、パウロの最も親しい弟子の一人で、新約聖書にはパウロが彼に送った2通の手紙があります。出身は小アジア中部のリステラで、第二回伝道旅行の際にパウロに同行しました。伝承では、紀元65年にエペソの監督となり、80年(90年または93年の説もあり)に殉教したとされています。

22節の「エラスト」は、コリントの会計係でした(ローマ16:23)。この仕事は、都市の財政や公共事業を管理・監督する重要な役職です。コリントで発見された碑文には、エラストが私費を投じて道を舗装したことが記されています。第2テモテ4:20にもその名が記されていますから、エラストはパウロにとって強力なサポーターだったと考えられます。

24節の「アルテミス」は、ギリシア神話に登場する貞淑や狩猟の女神です、太陽神アポロンの双子の姉で、月の女神ともされています。

エペソのアルテミス像
(QuartierLatin1968 QuartierLatin1968 - https://www.flickr.com/photos/22174859@N00/382153782/, CC 表示-継承 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1745234による)
26節の「アジア」は、ローマ帝国支配下のアジア属州のことで、今の小アジア、すなわちトルコ。

29節の「ガイオ」という名の人物は、新約聖書に複数登場します。27節のマケドニア人ガイオ、第三回伝道旅行の帰路に同行したデルベ人ガイオ(20:4)、パウロが直接洗礼を授けたコリント人ガイオ(第1コリント1:14、ローマ16:23)。

29節の「アリスタルコ」は、テサロニケ出身で、第三回伝道旅行の帰路に同行しました(20:4)。また、パウロがエルサレムで捕えられてローマに護送される際も同行し(27:2)、その後一緒に投獄されています(コロサイ4:10)。ピレモン1:24にも協力者として名が挙げられていて、パウロにとって信頼できる仲間だったことが分かります。

イントロダクション

明確な判断基準を持っていないと、私たちはその時々の気分や周りの雰囲気で物事を決めてしまうことになります。すると、行動に一貫性がなくなって信頼を失ったり、目標の達成が遠ざかってしまったりすることになるでしょう。

前回は、第三回伝道旅行でのパウロのエペソ伝道について触れました。今回はその残り期間に起こったことと、使徒の働きには書かれておらずコリント教会に宛てて書かれた手紙から分かる出来事について解説します。

それらを通して、私たちクリスチャンがどのようにして自分の行動を選択すればよいか、行動基準を学びましょう。

1.エペソでの残りの日々と後日談

今後の計画

聖霊に示された計画
(21節)これらのことがあった後、パウロは御霊に示され、マケドニアとアカイアを通ってエルサレムに行くことにした。そして、「私はそこに行ってから、ローマも見なければならない」と言った。

「これらのこと」とは、スケワの息子たちが悪霊に打ち負かされたこと、そしてそれを通してエペソの人々、特に大勢の魔術師たちが悔い改めて救われたことなどです。

聖霊なる神さまは、パウロに新たな道を示されました。それは、エペソを離れてマケドニア属州とアカイア属州を訪問し、それからエルサレムに行き、さらにローマに向かうというものです。
テモテとエラストの派遣
(22節前半)そこで、自分に仕えている者たちのうちの二人、テモテとエラストをマケドニアに遣わし、

聖霊さまに新しい計画を示されたパウロは、まずテモテとエラストをマケドニアに送ります。マケドニアには、ピリピ、テサロニケ、ベレアといった町に教会がありました。

パウロがテモテとエラストをマケドニアに先行派遣したということは、パウロが当初立てた計画は、エペソを去った後、まずマケドニアの諸教会を訪ね歩き、それからアカイア属州(アテネやコリント)の教会に向かうというものだったということです。

マケドニア地方は教会に対する迫害が激しかったため、教会の人々は励ましを必要としていました。パウロは、テモテとエラストを通してマケドニアのクリスチャンたちを励まそうとしました。

また、マケドニアの諸教会は、さらに迫害が激しく貧しい生活を余儀なくされているエルサレムのクリスチャンたちのために、義援金を送りたいと願って自発的にお金を出し合っていました(第2コリント8章)。集められたお金を取りまとめて精算し、どのようにしてエルサレムに送るか話し合うことも必要です。
アジアにとどまるパウロ
(22節後半)自分自身はなおしばらくアジアにとどまっていた。

こうしてテモテとエラストを派遣したパウロでしたが、彼自身はまだしばらくエペソにとどまってアジアでの伝道を継続しました。

この頃、パウロはコリント教会に宛てて第一の手紙を書いています。そこに、エペソに残った理由が書かれています。パウロは、マケドニアに行った後にコリントを訪問したいと述べた後、次のように書きました。

(第1コリント16:8)しかし、五旬節まではエペソに滞在します。実り多い働きをもたらす門が私のために広く開かれていますが、反対者も大勢いるからです。

伝道のチャンスがまだまだ残されているため、パウロはギリギリまでエペソにとどまろうとしました。そして反対者も多いので、エペソ教会の人たちがパウロ抜きでもやっていけるよう、教育・訓練の仕上げもしなければなりません。

エペソでの騒乱

大変な騒ぎ
(23節)そのころ、この道のことで、大変な騒ぎが起こった。

パウロがエペソにとどまっているとき、エペソで大騒ぎが起こりました。「この道」というのは、キリスト教のことです。
デメテリオの主張
(24-25節)デメテリオという名の銀細工人がいて、銀でアルテミス神殿の模型を造り、職人たちにかなりの収入を得させていたが、その職人たちや同業の者たちを集めて、こう言ったのである。「皆さん。ご承知のとおり、私たちが繁盛しているのはこの仕事のおかげです。

事の発端はデメテリオという銀細工人でした。エペソはアルテミスというギリシアの女神に対する信仰が盛んで、立派な神殿もありました。その神殿の模型を作って売ることで、デメテリオや彼と共に働く職人たちはかなり儲けていました。

アルテミス神殿の模型(イスタンブールのミニチュアパーク内)
(画像引用:Wikipedhia)
売れなくなった模型
(26-27節)ところが、見聞きしているように、あのパウロが、手で造った物は神ではないと言って、エペソだけでなく、アジアのほぼ全域にわたって、大勢の人々を説き伏せ、迷わせてしまいました。これでは、私たちの仕事の評判が悪くなる恐れがあるばかりか、偉大な女神アルテミスの神殿も軽んじられ、全アジア、全世界が拝むこの女神のご威光さえも失われそうです。」

デメテリオは言います。パウロたちが、手で作ったものは神ではないと主張し、それを受け入れた人たちが大勢現われたため、アルテミス神殿の模型が以前ほど売れなくなってしまった。これではアルテミスさまへの信仰が失われ、神殿も軽んじられることになってしまう、と。

そういうもっともらしいことをを言っていますが、要するに儲からなくなったのでデメテリオは頭にきているわけです。
怒る職人たち
(28節)これを聞くと彼らは激しく怒り、「偉大なるかな、エペソ人のアルテミス」と叫び始めた。

職人や同業者たちは、デメテリオと危機感を共有しました。そして、パウロに対して激しい怒りを覚え、アルテミスの名を叫び始めました。
町中の大混乱
(29節)そして町中が大混乱に陥り、人々はパウロの同行者である、マケドニア人ガイオとアリスタルコを捕らえ、一団となって劇場になだれ込んだ。

最初は、騒いでいるのは銀細工人たちだけでしたが、すぐに騒ぎが町中に広まり、大混乱状態になってしまいました。アルテミスを侮辱されたと思った町の人たちは、パウロと一緒に伝道していたガイオとアリスタルコを見つけると捕えてしまいました。

そして、人々は円形劇場になだれ込みます。この劇場はアジア属州で最大級のもので、5万人が収容できました。
劇場に入るのを止められるパウロ
(30-31節)パウロはその集まった会衆の中に入って行こうとしたが、弟子たちがそうさせなかった。パウロの友人でアジア州の高官であった人たちも、パウロに使いを送り、劇場に入って行かないようにと懇願した。

パウロは、ガイオとアリスタルコを解放してもらうため、劇場に向かおうとしました。また、人々の前で弁明することによって伝道の機会にしようという思いもあったでしょう。

ところが、それはあまりにも危険だということで、弟子たちや友人たちがパウロを止めました。特に友人であるアジアの高官たちは、パウロが姿を見せることでこれ以上騒ぎを大きくしたくないという考えもあったでしょう。
騒ぎの顛末
騒ぎはこの後どうなったでしょうか。劇場で大騒ぎする人たちのほとんどは、何のために集まっているのか分かっておらず、それぞれ違ったことを叫んでいました。まさに大混乱状態です。これが2時間も続きました。

そこで、町の書記官が現れて群衆を鎮めると、4つのことを伝えました。
  1. エペソの町がアルテミスとそのご神体の守護者だということは否定できないことだから、騒ぐ必要がない。
  2. ガイオとアリスタルコは、別に神殿を汚したわけではない。
  3. 銀細工人たちが誰かに対して苦情があるなら、裁判の日に訴え出るなり地方総督に訴えるなりすればよろしい。
  4. 今回の騒ぎは正当性がないので、これ以上続けると群衆の方が騒乱罪に問われる恐れがある。
こうして、騒ぎが収まって人々は解散し、ガイオとアリスタルコも無事に解放されました。しかし、これを契機として、パウロはエペソを離れてマケドニアに向かいます。

コリント関連の動き

コリント教会の問題を知る
まだパウロがエペソにとどまっていた頃、コリント教会から来た人たちの口や手紙によって、パウロはコリント教会にさまざまな問題があることを知りました。分裂、不品行、異端、差別、礼拝の混乱などの問題です。

他に、神学的な質問もパウロに寄せられました。
第一の手紙を書く
そこで、テモテとエラストをマケドニアに派遣した後、パウロはコリント教会にあった問題に対する指導や質問への回答のために、「コリント人への第一の手紙」を書きます。

その結果、いくつかの問題は解決しましたが、解決しない問題も残されました。特にパウロが心を痛めたのは、罪を犯して悔い改めようとしない教会員の存在でした。

コリントは不道徳な町としてローマ世界では有名でしたが、そんなコリントの人たちもびっくりするようなスキャンダルをクリスチャンが起こしました。それは、父親の妻と性的な関係を持っている人がいるというものです(第1コリント5:1)。父親の妻とは、実母ではなく継母でしょう。

パウロが問題にしたのは、そのような教会員に対して、教会が何も対処していないということです。罪を指摘して悔い改めないなら、除名処分にすべきだと第一の手紙の中で訴えています。しかし、それでもコリント教会は処分を下そうとしませんでした。
コリントを電撃訪問する
そこで、コリントを電撃訪問して直接指導します。しかし、これも不調に終わります(第2コリント2:1、13:1-2)。
涙の手紙とテトスらの派遣
コリントからエペソに戻ると、今度は涙ながらに手紙を書き、テトスともう一人の弟子に託してコリントに送りました。この手紙は失われて現存していませんが、相当激しくコリント教会の人々を叱責している内容のようです(第2コリント2:3-4)。
おそらくこの涙の手紙の中で(あるいはテトスらの口を通して)、パウロは先の計画を変更して、新しく立てた計画をコリント教会の人々に紹介しています。それによると、まず船で直接コリントに行き、それからマケドニアに行き、またコリントに戻って、そこからユダヤに向かって出発するという計画です(第2コリント1:15-16)。
エペソからマケドニアへ
ところが、結局パウロは最初の計画通り、コリントではなくマケドニアに渡りました。そのことで、一部のコリント教会員がパウロに不満を抱きました。

パウロは、第二の手紙の中で、計画変更について弁明しています。パウロは、自分がコリントに行かないでいるのは、彼らに対する思いやりのためだったと語っています(第2コリント1:23)。

もし、涙の手紙とテトスらの指導に彼らが従わなかった場合、パウロがコリント教会を訪問したら、今度こそ厳しい処分をパウロ自身が行なわなければならなくなります。パウロは、前回の電撃訪問の際にそうすることを宣言していました(第2コリント13:2)。

しかし、パウロは、彼ら自身が自分たちの問題を処理することを期待していました(第2コリント1:24)。ですから、まずマケドニアでテトスに再会し、コリント教会の様子を聞いてから、訪問する時期や訪問した後の行動を決めようとしたのでしょう。
テトスからの報告と第二の手紙
マケドニアに到着したパウロは、コリントから戻ってきたテトスと再会します。テトスは、パウロの涙の手紙(とテトスらの指導)によって、コリント教会の人々が反省し、不品行を悔い改めなかった教会員を除名したこと、その結果除名された人が悔い改めたことなどを報告し、パウロを喜ばせました(第2コリント7:5-16)。

ただ、まだ指導すべき問題が残っていたり、新たに生じたりしていたため、第二の手紙が書かれました。マケドニアでの働きが残っていて、すぐには訪問できなかったからです。

パウロは、第二の手紙の中で、除名後に悔い改めた人を再び教会の交わりに復帰させるように勧めています(第2コリント2:6-8)。教会が問題を起こした教会員に対して下す処分は、処分することが目的ではありません。人を悔い改めに導きたいという愛を元にしなければならないということが分かります。
それでは、ここから私たちは何を学ぶことができるでしょうか。それは、私たちが自分の行動を選ぶ基準です。

2.行動を決める原則

神の声を聞く


パウロは今後の行動について、聖霊なる神さまの語りかけを聞きました。聖霊さまは、現代でも様々な方法で語られます。
  • 祈ったり何かを見聞きしたりした際に、ある考えや言葉や映像が強く心に印象づけられる。
  • 幻を見る。
  • 天使によって何かが語られる。
  • 不思議と次々に道が開かれて、ある行動をするよう状況が整えられる。
私たちも、いつ聖霊さまが語りかけてこられてもいいように、「いつでもお語りください」と祈り、心の準備をしておきましょう。
聖書による裏付け
ただし、どんな語られ方をしたとしても、その教えや計画が聖書全体の教えに反しないこと、むしろ聖書が積極的に進めているということを確認しなければなりません。

聖書は聖霊さまが記者たちに書かせた神のことばですから、聖書に反する教えや計画なら、聖霊さまの命令とは言えません。たとえば、いくら貧困者を助けるためだからといっても、お金持ちの家からお金を盗むような真似はしてはいけません。聖書は盗みを禁じているからです。

逆に、聖書に明確に書いてある命令は、強い印象や感動や幻などがなかったとしても、神さまからの命令として守らなければなりません。
深い平安
聖書の教えと照らし合わせたら、心に深い平安があるかどうかをさらに確認しましょう。

(ピリピ4:6-7)何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。

神の語りかけの範囲を明確にする

パウロは、エペソを離れたあとにどこに行くべきかを神さまから示されました。彼は、ユダヤに戻る前にマケドニアとコリントを訪問しなければなりません。

しかし、すぐに行動したわけではありません。もちろん、今すぐエペソを離れてコリントに向かえと命ぜられたのであれば、直ちにコリントに向かったでしょう。しかし、実際には時期や訪問順については何も語られていませんでした。

パウロは、神さまが何を命じておられるか、何を望んでおられるかを明確にし、それに対しては忠実に従いました。が、明確に示されていないことに関しては、自分の自由意志に任されていることだと受け取り、自分で最善だと思える行動を考え、実行しました。

神さまは、私たちの一挙手一投足に対して、いちいちあれをしろ、これをしろと命じるようなお方ではありません。多くの場面で私たちの判断に任せておられます。

大切なのは、神が明確に命じておられることと私たちの自由意思に任されていること、その二つを区別することです。

自由を愛の原則で行使する

神さまが明確に命じておられないことに関しては、もちろん私たちがどうするかを好きに決めてかまいません。ただし、その自由をどう使うかについて、聖書はこう語っています。

(第1コリント10:23-24)「すべてのことが許されている」と言いますが、すべてのことが益になるわけではありません。「すべてのことが許されている」と言いますが、すべてのことが人を育てるとはかぎりません。だれでも、自分の利益を求めず、ほかの人の利益を求めなさい。

別の言い方で言うと、愛の原則で行動しようということです。神は愛ですから、神さまの命令もまた愛の原則に基づいています。ですから、神さまに従う私たちも、たとえ私たちの自由になることであっても、他の人への愛を目的として行動しましょう。

パウロには、コリント訪問の時期を自分で決める自由が与えられました。そしてその自由を、エペソにとどまってできるだけ多くのエペソやアジア属州の人たちに救いをもたらすために使いました。また、コリントの人たちに対しても、彼らの霊的成長にとって最善のタイミングで訪問したいと考えて行動しました。

どんな行動を取るべきか迷って、祈っても考えても答えが見つからないときには、こう考えてみましょう。
  • その行動は、人をイエスさまに近づけるだろうか?
  • その行動は、人を人間として、あるいは信仰者として成長させるだろうか?
  • その行動は、人を刹那的な欲求充足ではなく、永遠に続く本当の幸せに導くだろうか?
あるお母さんは、小学生の息子さんの部屋の掃除をするのをやめました。散らかった部屋で過ごさせるのが忍びなくて、ついつい手出しをしていましたが、そんなことをしていたらいつまでたっても自分で掃除をする癖が付きません。それではかえって息子さんの成長を邪魔することになります。
「何もしないという愛し方もあるのですね」と、その方はおっしゃいました。そうです。それも愛の原則に基づいた自由の使い方です。

まとめ

神さまのみこころを求め、それに従いましょう。そして、明確に示されていないこと、すなわち自分の自由に任されていることについては、愛の原則で判断することを心がけましょう。

連絡先

〒962-0001
福島県須賀川市森宿辰根沢74-5

TEL 090-6689-6452
E-Mail info@nakakomi.com