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礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

ユテコのよみがえり

使徒の働きシリーズ31

使徒の働き20章1節〜12節

(2025年7月20日)

パウロがトロアスで長時間説教をしていた時、居眠りをしたユテコという青年が窓から落ち死んでしまいます。しかし、神は彼をよみがえらせました。

礼拝メッセージ音声

参考資料

1節の「マケドニア」は、ギリシア北部の地域。パウロは、小アジアのエペソからそこに向かいました。

2節の「ギリシア」は、ここではギリシア南部のアカイア属州、特に州都であるコリントの町を指します。

5節の「トロアス」は、小アジア西北部の港町。

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(画像引用:聖書 新改訳2017)

6節の「種なしパンの祭り」はユダヤの例祭の一つで、春の過越の祭りの翌日から7日間行なわれました。当時は、過越と合わせた8日間を「種なしパンの祭り」と呼ぶこともありました。この8日間は、罪を象徴するパン種(酵母の入った小さなパン生地)を入れずに焼いたパン(マッツァー)を食べます。

7節の「週の初めの日」は、日曜日(厳密に言うと、土曜日の日没後から日曜日の日没まで)のこと。

イントロダクション

今回のエピソードは、パウロの話を聴いていたユテコという青年が、居眠りをして転落死したものの、神さまの奇跡によってよみがえったというものです。もちろんこれは、「礼拝メッセージの最中に居眠りをすると、神さまのさばきを受けるぞ」という警告のための教えで…はありません。

ここから、聖書の神さまは、悲しみや絶望の中にいる私たちを慰めてくださるお方だということを確認しましょう。そして、慰めをいただきましょう。

1.ユテコのよみがえりの奇跡

第三回伝道旅行往路の終盤

エペソを出発したパウロ
(1節) 騒ぎが収まると、パウロは弟子たちを呼び集めて励まし、別れを告げ、マケドニアに向けて出発した。

前回、エペソで起こった暴動について触れました。その暴動が収まった後、パウロは小アジア西部のエペソからギリシア北部のマケドニアに向かいました。
マケドニアには、前回の第二回伝道旅行で誕生した教会が、ピリピ、テサロニケ、ベレアといった町に存在していました。

前回も申し上げましたが、この頃のコリント教会にはさまざまな問題がありました。特にパウロを悲しませていたのは、罪を犯して悔い改めない人に対して、教会が何の処分も下そうとしないことです。

エペソに滞在中だったパウロは、コリント教会に宛てて「コリント人への第一の手紙」を送ったり、自ら電撃訪問したりして指導しましたが、どうにもうまく行きませんでした。

そこでパウロは、今は残っていない「涙の手紙」を書きます。この手紙はかなり厳しくコリント教会を責める内容でした。そして、それをテトスという弟子に託して派遣しました。

そのテトスと、パウロはピリピで再会します。その時のことを、パウロは次のように書いています。

(第2コリント7:5-6)マケドニアに着いたとき、私たちの身には全く安らぎがなく、あらゆることで苦しんでいました。外には戦いが、内には恐れがありました。しかし、気落ちした者を慰めてくださる神は、テトスが来たことで私たちを慰めてくださいました。

というのも、テトスがうれしい知らせを届けてくれたからです。それは、コリント教会の問題が解決したこと、特に罪を犯して悔い改めない人に対して、教会が除名処分を下した結果、その人が悔い改めたことです。

そこでパウロは、ピリピで「コリント人への第二の手紙」を書いて、その悔い改めた人を再び教会の交わりに戻すよう勧めました。
マケドニアとコリントでの活動
(2節-3節前半)そして、その地方を通り、多くのことばをもって弟子たちを励まし、ギリシアに来て、そこで三か月を過ごした。

マケドニアの諸教会を励ましたパウロは、コリントの町に向かいます。そして、そこで3ヶ月間を過ごしました。このコリント滞在中に、パウロは「ローマ人への手紙」を書きました。

第三回伝道旅行復路の始まり

コリントを離れるパウロ
(3節後半)そして、シリアに向けて船出しようとしていたときに、パウロに対するユダヤ人の陰謀があったため、彼はマケドニアを通って帰ることにした。

いよいよ第三回伝道旅行が終わりを迎えます。パウロは自分を派遣したシリアのアンティオキア教会に戻ることにしました。

計画では、コリントのすぐそばにあるケンクレアの港から、船でパレスチナのカエサリアに向かい、そこからエルサレムを経由してアンティオキアに戻ろうと考えていたようです。この計画通りだと、過越の祭りと種なしパンの祭りを、エルサレムで祝うことができます。

ところが、ここでユダヤ人の陰謀があることを知ります。それは、船の中でパウロを殺害しようとするものだったのでしょう。船では逃げ場がありませんから、非常に危険です。

そこでパウロは当初の計画を変更して、陸路で北に向かい、マケドニアを経由してから小アジアに渡るルートを取ることにしました。
先行隊の派遣とルカの合流
(4-5節)彼に同行していたのは、ピロの子であるベレア人ソパテロ、テサロニケ人のアリスタルコとセクンド、デルベ人のガイオ、テモテ、アジア人のティキコとトロフィモであった。 この人たちは先に行って、トロアスで私たちを待っていた。

このとき、パウロの同行者としてコリントを離れたのは、7人のクリスチャンたちでした。彼らはパウロより先に出発して、小アジア北西の港町であるトロアスで合流する手はずになっていました。

さて、5節に「私たち」と書かれています。ということは、使徒の働きを書いたルカがトロアスに行く前に合流したということです。

ルカは、第二回伝道旅行の際、トロアスでパウロ一行に加わりました。そして、ピリピにとどまりました。このたびパウロがピリピに来たとき、再び一緒に行動するようになったわけです。
ピリピからトロアスへ
(6節)私たちは、種なしパンの祭りの後にピリピから船出した。五日のうちに、トロアスにいる彼らのところに行き、そこで七日間滞在した。

パウロは、ピリピで過越の祭りと、それに続く種なしパンの祭りを祝いました。本来はエルサレムで祝いたかったのでしょうが、陸路でマケドニアのベレア、テサロニケ、ピリピと巡っているうちに日が経ってしまったのです。

それからピリピを出発したパウロとルカは、5日後にトロアスに到着しました。距離の割に日数がかかっていますが(16:11では船旅が1日)、天候不順などのトラブルがあったのかもしれません。

トロアスでは1週間を過ごすことになります。
トロアスでの集会
(7-8節)週の初めの日に、私たちはパンを裂くために集まった。パウロは翌日に出発することにしていたので、人々と語り合い、夜中まで語り続けた。私たちが集まっていた屋上の間には、ともしびがたくさんついていた。

この日は日曜日でした。ただし、ユダヤの一日は日没後に始まるので、今の私たちの暦で言うと土曜日の夜です。

ユダヤ人の信者は、土曜日は安息日として休みを取ったでしょうが、異邦人の場合は必ずしも休みではありません。昼間は仕事をして、夜になってから集まってきました。そして、パウロを囲んでトロアス教会で聖餐式を伴う集会が持たれます。

日が昇るとトロアスを出発することにしていたパウロは、教会の人たちと長い時間話し合いました。というのも、トロアス教会の人たちと過ごせるのはこれが最後になるかもしれないと感じていたからでしょう。

この後エルサレムに到着したパウロは、そこで捕えられ、囚人としてカエサリア、さらにはローマに送られることになります。それを薄々感じ取っていたのかもしれません(25節では、エペソの長老たちに対して、パウロは「あなた方は二度と私の顔を見ることはない」と言い切っています)。

ユテコのよみがえりの奇跡

ユテコの転落死
(9節)ユテコという名の一人の青年が、窓のところに腰掛けていたが、パウロの話が長く続くので、ひどく眠気がさし、とうとう眠り込んで三階から下に落ちてしまった。抱き起こしてみると、もう死んでいた。

ここで、ユテコという人物が登場します。ルカは、ユテコが青年だったと9節と12節で記しています。「青年」とそれぞれ訳されているこれらの言葉は、原文のギリシア語では違う単語が使われています。
  • 9節は「ネアニアス」という単語で、若者を意味します。
  • 12節は「パイス」という単語が使われていて、子どもや若者という意味の他に、奴隷という意味もあります。
また、ユテコという名前はギリシア風の名で、特に奴隷たちが好んで付けたとされています。ですから、おそらくユテコは、金持ちの家に仕える異邦人の若い奴隷だったのでしょう。

先ほど、異邦人にとって土曜日(安息日)は休みの日ではないと言いました。教会の人々は、一日の仕事を終えてから集まってきたわけですが、ユテコが奴隷だったとすると、主人が仕事を終えてからも、食事の世話をしたりそれを片付けたりするなど、まだまだ仕事が残っています。

ユテコはそれらを全部終わらせてから、ようやく集会に来ることができたのです。ユテコがパウロの近くではなく、窓の所に座っていたのも、遅くなってからやって来たからに違いありません。

それでも彼は、集会にやってきました。パウロを通して神さまの言葉を聞きたいと強く願ったからです。一日の疲れがたまっている上、多くの人が集まってともしびもたくさんともしてある部屋ですから、室温も二酸化炭素濃度も高くなっていたでしょう。

そんな状況でついウトウトしてしまったユテコのことを、いったい誰が非難できるでしょうか。

そして、聖書もまた、ユテコのことを批判的に書いていません。ユテコは、主人のために一生懸命に働く忠実な地上のしもべであり、またイエスさまのことを深く愛し、全力でお仕えしていた、熱心な神のしもべだったのです。

あなたも、多くの犠牲を払って礼拝式に出席しておられるでしょう。神さまは、あなたのその愛と熱心さを知っておられます。

さて、パウロたちが集会を持っていたのは、屋上に設けられた部屋でした(8節)。それは3階に相当します。居眠りしていたユテコは、そこから下に落ちてしまいました。そして、ユテコは強く体を打ってしまいます。

驚いた人たちがユテコの元に向かうと、息を引き取っていました。その集会には医者であるルカがいました(8節)。当然ルカはユテコの状態を診察したでしょう。その彼が言うのですから、仮死状態ではなく本当に死んでいたのです。
よみがえったユテコ
(10節)しかし、パウロは降りて行って彼の上に身をかがめ、抱きかかえて、「心配することはない。まだいのちがあります」と言った。

そこにパウロが現れます。そして、ユテコの遺体の上に自分の身をかがめ、さらに抱きかかえました。そして、まだ生きていると言いました。
この場面は、預言者エリシャの奇跡を彷彿とさせます(第2列王記4章)。エリシャは、時々シュネムの婦人の家に泊めてもらっていました。ところが、ある日彼女の息子が死んでしまいます。エリシャは、寝かされていた息子の上に自分の体を重ねるようにかがむと、息子は7回くしゃみをして目を覚ましました。

ユテコは、本当は死んでいなかったわけではありません。彼は確実に死んでいました。聖書の神さまが奇跡を引き起こしてくださって、死んだユテコをよみがえらせてくださったのです。
続く集会とパウロ一行の出発
(11節)そして、また上がって行ってパンを裂いて食べ、明け方まで長く語り合って、それから出発した。

ユテコがよみがえった後、さらに集会は続きます。聖餐式を行ない、さらに明け方近くまで話し合ってから、パウロたちはトロアスを出発しました。
慰められたトロアス教会の人々
(12節)人々は生き返った青年を連れて帰り、ひとかたならず慰められた。

パウロたちを見送ったトロアス教会の人たちは解散しましたが、その中にはよみがえったユテコもいました。大切な仲間が突然死んで、驚きと悲しみに満たされていたトロアス教会の人たちに、神さまは深い慰めを与えてくださいました。

では、ここから私たちは何を学ぶことができるでしょうか。

2.慰めの神と共に生きよう

神は慰め主であることを知ろう

エペソからピリピに向かったパウロは、コリント教会のことを心配して心を乱していました。しかし、テトスと再会したことによって神さまに慰めを与えられます。

また、トロアス教会の人たちは、ユテコが転落死してしまったことにより大きな悲しみに包まれました。しかし、神さまがパウロを通してユテコをよみがえらせてくださったことにより、大きな慰めを得ます。
パラクレートス
慰めるという言葉は、ギリシア語では「パラカレイン」、直訳すると「かたわらに呼ぶ」です。自分が寂しいとき、つらいとき、困ったときに、誰かに傍らに来てもらって、話を聴いてもらい、そのつらい精神状態や問題から脱出するのに必要な言葉をかけてもらうなどすることを意味します。

パラカレインから派生して、「パラクレートス」という言葉が生まれました。これは、助けが必要な人のそばにやって来て慰めを与えてくれる人のことを指します。

そして、パラクレートスという言葉は、イエスさまが十字架にかかる直前、弟子たちに語られた教えの中に登場します。

(ヨハネ14:16-17)そしてわたしが父にお願いすると、父はもう一人の助け主をお与えくださり、その助け主がいつまでも、あなたがたとともにいるようにしてくださいます。この方は真理の御霊です。世はこの方を見ることも知ることもないので、受け入れることができません。あなたがたは、この方を知っています。この方はあなたがたとともにおられ、また、あなたがたのうちにおられるようになるのです。

ここで、「助け主」と訳されているのがパラクレートスです。ですから、「慰め主」と訳すこともできるでしょう。
真理の御霊、すなわち聖霊なる神さまは慰め主であって、私たちのそばにいて、いやそれどころか私たちの内に住んでくださり、私たちが孤独を感じたり、絶望しそうになったり、困難を味わったりしているとき、私たちを慰め、励まし、希望を与え、力づけてくださいます。

奇跡はその手段の一つに過ぎません。神さまは、様々方法で私たちを慰め、励まし、引き上げてくださいます。
(1) 心に神の愛を注いでくださることによって
(ローマ5:5)この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。

全知全能の神さまがこの私を憎んで折られるのではなく愛しておられるという確信は、私たちに「どんな困難があっても大丈夫」という希望を生み出します。それが私たちに無条件の平安や喜びをもたらします。
(2)とりなしの祈りをささげてくださることによって
(ローマ8:26)同じように御霊も、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、何をどう祈ったらよいか分からないのですが、御霊ご自身が、ことばにならないうめきをもって、とりなしてくださるのです。

神さまのみこころに添った祈りは絶対にかなえられます。そのような祈りを私たちができなくても、内に住んでおられる聖霊さまは私たちのためにみこころにかなう祈りをささげてくださいます。
(3) 真理を教え、また思い起こさせてくださることによって
(ヨハネ14:26)しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。


トラブルに巻き込まれたとき、科学的な知識や法律の知識は私たちを安心させてくれます。同様に、聖霊さまが教えてくださる霊的な正しい知識は私たちに安心や勇気を与えてくれます。

私たちも慰め手になろう

私たちクリスチャンは、イエスさまの十字架と復活を信じたとき、すべての罪を赦されて、神さまの子どもにしていただきました。そして、私たちはイエスさまに自発的に使える神のしもべとなり、イエスさまと共にこの地上で神のわざを行なうようになりました。

子どもは親を見習い、その生き方を真似て身につけていきます。しもべは、主人の働きを手伝います。

私たちの主であるイエスさまは、地上におられたときにパラクレートス、助け主、慰め主として働いておられました。また、もう一人のパラクレートスである聖霊さまもそうです。

ですから、私たちクリスチャンもまた、人に寄り添い、慰めを与えるパラクレートスとしてこの地上で働くことが期待されています。

私たちが語る言葉は、人を慰め、励まし、希望や勇気を与え、望ましい方向にその人を押し出すものになっているでしょうか。逆に、絶望や自己嫌悪を与え、かえって間違った方向に人を押しやってしまってはいないでしょうか。

もちろん、相手を励ます言葉だけが、慰めになるとは限りません。場合によっては、「かたわらにいる」ことそのもの、たとえば黙って肩を抱くというような方法が最も慰めになるということもあるでしょう。

この話をお読みください。
ある人が、新聞で知人の死亡広告を目にしました。葬儀に参列しようと思って、新聞に書かれていた葬儀場に向かいましたが、うっかりして別人の葬儀会場に紛れ込んでしまいました。

気づいたときには葬儀が始まった後だった上、ほんの数名の参列者しかいなかったため、今さら出て行くことができなくなってしまいました。

葬儀が終わると、彼以外の参列者は急ぎ足で帰っていきます。埋葬のために墓地に向かうのは、夫を亡くした未亡人と牧師と葬儀社の人たちの他、誰もいませんでした。

長年連れ添った愛する人を失って深く悲しむ未亡人を、たった1人で墓地に送り出すことに心を痛めたこの人は、せめて自分だけでもと思って同行することにしました。

埋葬後、葬儀と埋葬式に参列してくれたことを感謝する未亡人に、この人は正直に葬儀会場を間違えたことを告白しました。しかし、未亡人はにっこり笑って言いました。

「気づいていました。初めて見るお顔でしたから。でも、そんなことは関係ありません。あなたがこうして私のそばにいてくださって、私と共に悲しんでくださったことが、私にとっては大きな慰めだったのです。本当にありがとうございます」。
(当サイト「ショートエッセイ」より)
また、場合によっては、厳しい言葉をかけることが、相手の慰めになることだってあります。

パウロは、コリント教会に宛てた涙の手紙によって、彼らの問題点や罪を相当厳しい言葉で指摘し、責めました。しかし、その言葉の背後には、コリント教会の一人ひとりに対するあふれる愛がありました。

優しい言葉をかけるか、それとも厳しい言葉をかけるか、あるいはただ見守るだけにするか、どれが正解かという話ではありません。どのような態度を取ることが、相手を最終的に慰め、励まし、希望を与え、望ましい方向に押し出すことになるか、その時その時考えて判断しなければならないということです。

そして、私たちがそのような慰め手となるためには……

私たち自身が慰めを味わおう

私たち自身が、聖霊さまから直接、あるいは他の人たちを通して間接的に、神さまの慰めを、日々、そして十分に味わう必要があります。

この話をお読みください。
ノートルダム清心学園理事長で、シスターの渡辺和子さんが、こんな話をしておられます。「私が出張から疲れて帰ったとき、あるシスターが、私の『ただいま』に返事をしてくださらなかった。小さな傷です。しかしその後、私の方からそのシスターに話しかけるのには勇気がいりました」。

人に話したならば、「なんだそんなこと」と言われるような、そんな小さな小さな傷かもしれない。しかし、靴の中に入った小さな石ころや、入れ歯の間に入り込んだ小さなごま粒は、ひどい痛みを引き起こし、自由な行動をできなくさせてしまいます。

それと同じように、小さな小さな心の傷が私たちの生き方をゆがめてしまい、神さまや人との関係をゆがめてしまいます。そして、その小さなゆがみが、積もり積もって大きなゆがみへと成長していくのです。

渡辺和子さんとは、一度直接お話しさせていただく機会がありましたが、本当に温かいぬくもりに満ちた方でした。それは、日々の生活の中で、やむを得ず負ってしまった小さな傷を放っておかないで、イエスさまによって慰めていただき、さらに相手を赦す力を求めていらっしゃるからでしょう。

そうするとき、小さな傷は、単にいやされるだけでなく、他の人の小さな傷(そして大きな傷も)を共感する土台となるのです。
(当サイト「ショートエッセイ」より)
寂しさや、罪責感や、自信のなさや、疲れや、そのほかの肉体的・精神的・社会的な痛み苦しみを味わっているとき、神さまに「慰めをお与えください」と祈りましょう。

何があっても大丈夫だという希望を与えてください、一歩踏み出す勇気を与えてください、湧き上がる活力を与えてください、やる気を与えてください、根気を与えてくださいと祈りましょう。
パラクレートスである聖霊さまは、かならずその祈りに応えてくださいます。聖書の言葉を通してかも知れません。他の人の言葉や態度を通してかも知れません。あるいは、説明が付かないけれど、いつの間にか自分の精神状態が変化するという方法かも知れません。

とにかく、慰めや励まし、希望ややる気を私たちは与えていただけます。そう信じて祈りましょう。 私たち自身が神さまからの慰めを十分に味わうことにより、他の人に慰めをもたらすことができますように。

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