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礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

総督フェリクスによるパウロの裁判

使徒の働きシリーズ38

使徒の働き24章10節〜23節

(2025年9月7日)

エルサレムで捕えられたパウロは、カイサリアに送られて総督フェリクスによる裁判を受けます。

礼拝メッセージ音声

参考資料

続きを読む10節の「総督」は、アントニウス・フェリクス。紀元52年から59年までユダヤ属州総督を務めました(今回の出来事は紀元57年の6月)。ユダヤ属州総督は、ユダヤ・サマリア・イドマヤ地方の課税、司法、軍事を司りました。

14節の「この道」とは、キリスト教信仰のこと。

今回パウロが裁判を受けた総督府は、地中海沿いのカイサリアにありました。エルサレムからは約105キロの道のりです。

(画像引用:聖書 新改訳2017)

イントロダクション

パウロは、エルサレムでのユダヤ人たちによる裁判に続いて、ローマ人である総督フェリクスによる裁判を受けました。いずれも、パウロは怯えたり、挙動不審に陥ったりせず、堂々とした態度を貫きました。

私たちにもいろいろなつらい状況、苦しい状況、不利な状況がやってきます。そんなとき、揺り動かされないで、堂々としていられる秘訣は何でしょうか。

まずは、パウロが経験した総督による裁判の様子から見ていきましょう。

1.総督フェリクスの裁判におけるパウロの弁明

カイサリアの総督府への送致

エルサレムでの逮捕
第三回伝道旅行の終わりに、パウロはエルサレムに立ち寄りました。そこで神殿に異邦人を連れ込んだという誤解を受けて、ユダヤ人たちに暴行を受けてしまいます。

パウロはローマ軍に救出され、その後罪状を調べられます。ところが、千人隊長の取り調べでも、またユダヤの最高法院での取り調べでも、パウロの罪を見つけることができませんでした。
パウロ暗殺計画
そんなとき、パウロを暗殺しようとするユダヤ人たちが現れました。その企みを知ったパウロの甥は、千人隊長に密告します。そこで、千人隊長はパウロを守るため、ユダヤ属州総督がいるカイサリアにパウロを護送しました。 前回はここまで取り上げました。
大祭司アナニアによる訴え
総督府に到着した5日後、エルサレムから大祭司アナニアと数名の長老たちがやってきます。彼らは、テルティロという弁護士を伴っていました。

総督フェリクスの前で、弁護士テルティロは次のように訴えました。

(5-8節)実は、この男はまるで疫病のような人間で、世界中のユダヤ人の間に騒ぎを起こしている者であり、ナザレ人の一派の首謀者であります。この男は宮さえも汚そうとしましたので、私たちは彼を捕らえました。閣下ご自身で彼をお調べくだされば、私たちが彼を訴えております事柄のすべてについて、よくお分かりいただけると思います。」

ユダヤ人たちの訴えを整理すると、パウロの罪状は次の3点です。
  1. 世界中のユダヤ人の間に騒ぎを起こした。
  2. ナザレ人一派という異端の首謀者である。すなわちユダヤ人の伝統的な信仰を破壊するものである。
  3. 神殿を汚そうとした。
この3つの訴えに対して、パウロが反論したのが今回の箇所です。

パウロの反論

第1の反論
世界中のユダヤ人の間に騒ぎを起こしたという訴えに対して、パウロは次のように反論しました。

(10-13節)そのとき、総督がパウロに話すよう合図したので、パウロは次のように答えた。「閣下が長年、この民の裁判をつかさどってこられたことを存じておりますので、喜んで私自身のことを弁明いたします。お調べになれば分かることですが、私が礼拝のためにエルサレムに上ってから、まだ十二日しかたっていません。そして、宮でも会堂でも町の中でも、私がだれかと論争したり、群衆を扇動したりするのを見た者はいません。また、今私を訴えていることについて、彼らは閣下に証明できないはずです。

パウロがエルサレムに到着して12日間です。そのうち5日間はカイサリアに抑留されていますから、実質1週間しかエルサレムにいませんでした。つまり、短期間しか滞在しなかったということを強調しています。

その間、パウロは誰とも論争したり、人々を扇動して騒ぎを引き起こそうとしたりしていません。今自分を訴えているユダヤ人たちも、パウロがそのようなことをしたという証拠を出すことができないはずだとパウロは言いました。

つまり、パウロが世界中で騒ぎを起こしているという主張は、証拠に基づかない一方的な言いがかりであるとパウロは主張しているのです。
第2の反論
異端の教えを広めて、ユダヤ教の伝統を破壊しているという訴えに対して、パウロは次のように反論しました。

(14-16節)ただ、私は閣下の前で、次のことは認めます。私は、彼らが分派と呼んでいるこの道にしたがって、私たちの先祖の神に仕えています。私は、律法にかなうことと、預言者たちの書に書かれていることを、すべて信じています。また私は、正しい者も正しくない者も復活するという、この人たち自身も抱いている望みを、神に対して抱いています。そのために、私はいつも、神の前にも人の前にも責められることのない良心を保つように、最善を尽くしています。

パウロは、自分はユダヤ人たちが異端呼ばわりしているこの道、すなわちキリスト教の教えに従っていることを認めました。しかし、パウロが信じているのは異教の神々ではなく、イスラエルが先祖代々仕えてきた創造主の神さまです。

そして、パウロは伝統的なモーセの律法に沿った生き方をしていますし、聖書の教えも信じています。

さらに、正しい人であっても正しくない人であっても、将来必ず復活するということもパウロは信じています。神さまに正しいと認められた人は、復活して神の国、すなわち千年王国に招き入れられます。そして、正しくないと認められた人は、復活して永遠の苦しみという刑罰を味わいます。

だから、パウロは神さまにも人にも責められない生き方をするため、最善を尽くしています。この点についても、ユダヤ人たちはそうではないという証拠を出すことができないでしょう。

こうしてパウロは、自分は決してユダヤ人の信仰の伝統を破壊するような真似をしていないと主張しているのです。
第3の反論
神殿を汚そうといしたという訴えに対して、パウロは次のように反論しました。

(17-21節)さて私は、同胞に対して施しをするために、またささげ物をするために、何年ぶりかで帰って来ました。そのささげ物をし、私は清めを済ませて宮の中にいるのを見られたのですが、別に群衆もおらず、騒ぎもありませんでした。ただ、アジアから来たユダヤ人が数人いました。もしその人たちに、私に対して何か非難したいことがあるなら、彼らが閣下の前に来て訴えるべきだったのです。そうでなければ、ここにいる人たちが、最高法院の前に立っていたときの私に、どんな不正を見つけたのかを言うべきです。私は彼らの中に立って、ただ一言、『死者の復活のことで、私は今日あなたがたの前でさばかれている』と叫んだにすぎません。」

パウロは、自分がユダヤ人に捕えられることになったきっかけの事件について語ります。パウロは神殿に異邦人を連れ込んだと誤解され、ユダヤ人たちに神殿の外に引きずり出され、暴行を受けました。そのため、ローマ軍によって保護されたのです。

パウロは、自分は貧しい同胞に施しをするため、そしてささげものをするためにエルサレムに来ました。つまり、騒ぎを起こすためではありません。そして、神殿に入ったのも、ささげものをしきよめの儀式を受けるだめだったと主張します。

その間、特に騒ぎになるようなことはありませんでした。もしも、本当にパウロが異邦人を神殿に連れ込んだのなら、パウロがささげものをしたりきよめの儀式をしたりする前に騒ぎになっていたでしょう。

それからパウロは、騒ぎを起こしたのがアジア州から来た数名のユダヤ人だということを示唆しました。彼らが「パウロの奴が異邦人を連れ込んだ」と騒ぎ始めたため、あのような騒動に発展したのです。

ですから、本当にパウロが異邦人を連れ込んだと主張するなら、彼らがここに来て証拠をそろえてそう主張すべきだとパウロは言います。そんな証拠なんかないのだから、誰もこの点でパウロを非難できないとパウロは確信しているのですね。

また、パウロは最高法院での騒ぎについても言及します。パウロが最高法院で主張したのは、「自分は死者の復活のことでさばかれている」ということでした。それを聞いた議員たち、すなわち復活を信じないサドカイ派の議員と、復活を信じるパリサイ派の議員たちの間で激しい議論が起こったのです。

ここでもパウロは、自分は何の犯罪行為もしていないと主張しました。
弁護士テルティロが訴えたパウロの3つの罪状は、いずれも証拠に基づかない不正なものだとパウロは総督フェリクスの前で反論したのです。

弁明後のフェリクスの対応

裁判の延期
(22-23節)フェリクスは、この道についてかなり詳しく知っていたので、「千人隊長リシアが下って来たら、おまえたちの事件に判決を下すことにする」と言って、裁判を延期した。そして百人隊長に、パウロを監禁するように、しかし、ある程度の自由を与え、仲間の者たちが彼の世話をするのを妨げないように、と命じた。

総督フェリクスは、キリスト教についての知識が少しありました。カイサリアにはたくさんのクリスチャンたちが住んでいましたから、自然と耳に入ってきたのでしょう。また、彼の妻ドルシラはユダヤ人でしたから(12章に登場するヘロデ・アグリッパ1世の娘)、彼女からも聞いていたのかもしれません。

そこでフェリクスは、パウロのキリスト教信仰が、怪しいカルト的なものではないということを知っていました。また、ユダヤ人たちの訴えには証拠がないということも理解しました。パウロをカイサリアに送ってきた千人隊長リシアも、手紙の中でパウロの無罪を訴えています。

ですから、本来であればフェリクスはパウロに無罪判決を下して釈放すべきです。ところが、ユダヤの指導者たちの機嫌を損ねたくないという思いもありました。

他の属州と比べて、ユダヤ属州はローマ帝国にとって非常に治めにくい土地でした。ユダヤ人たちには神の民であるという独特のプライドがあり、独立心が強かったのです。そして、すぐに感情的になって暴動に発展します。

そこで、代々のユダヤ属州総督たちは、イスラエルの指導者たちの助けを借りながらこの地を治めてきました。ですから、指導者たちと良い関係を保つ必要があったわけです。

イエスさまを死刑にした総督ピラトも、イエスさまの無罪を確信していました。しかし、指導者たちや民衆の「十字架につけろ」という圧力に負けて死刑判決を下してしまいました。

総督フェリクスの場合は、先延ばし戦術に出ました。すぐに判決を下さず、裁判を延期したのです。名目は「千人隊長リシアがカイサリアに来たら、判決を下す」というものです。

しかし、フェリクスはリシアをカイサリアに呼ぶつもりはありません。リシアの主張は、彼が書いた手紙を読めば十分伝わります。これは裁判を延期するための方便に過ぎません。

フェリクスが裁判を延期した動機は他にもありますが、これについては後ほど解説します。

その間、パウロは牢の中に閉じ込められることになりました。しかし、パウロはローマ市民ですから、ある程度の自由が与えられました。友人たちが牢屋を訪れて、パウロと話したり、生活に必要な金品を差し入れたり、世話をしたりすることも許可されます。

どんな人たちがパウロの世話をしたのかについては書かれていませんが、多くの学者たちが次のような人たちの名前を挙げています。
  • ルカ……第三回伝道旅行の帰りの旅に同行し、エルサレムまでパウロと行動を共にしました。ですからカイサリアにも向かったでしょう。 その後、ローマへの旅にも同行します。
  • テサロニケ人アリスタルコ……彼もエルサレムまで同行しましたし、後にローマへも一緒に向かいましたから、カイサリアにも来たはずです。
  • 伝道者ピリポ……彼はカイサリアに住んでいましたし、以前パウロがカイサリアに来たときには宿を提供しています。ピリポやカイサリア教会の人たちも、積極的にパウロの世話をしてくれたことでしょう。
信仰的な拒否
(24-25節)数日後、フェリクスはユダヤ人である妻ドルシラとともにやって来て、パウロを呼び出し、キリスト・イエスに対する信仰について話を聞いた。しかし、パウロが正義と節制と来たるべきさばきについて論じたので、フェリクスは恐ろしくなり、「今は帰ってよい。折を見て、また呼ぶことにする」と言った。

裁判の延期が決まって数日後、フェリクスと妻ドルシラは、パウロからキリスト教信仰について詳しく話を聞きました。パウロは、さまざまな話をしましたが、話題が「正義と節制と来るべきさばき」に移ると、フェリクスは恐怖を覚えます。

人間には、きよい神さまの命令を守り、神さまに従う責任があります。しかし、自分勝手な生き方をして神さまのみこころに反する行ないをするなら、神さまとの関係が切れてしまいます。そして、そのままだと世の終わりのさばきによって有罪判決を受け、永遠の苦しみを罰として味わうことになります。この話にフェリクスは恐れを抱いたのです。

ただし、本当ならパウロの話には先がありました。どんなひどい罪人であったとしても、イエス・キリストの恵みの福音を信じるなら、その罪は完全に赦され、将来のさばきを免れることができます。それどこか神さまの子どもとされて、永遠の祝福を味わうことができます。

ところが、恐れを抱いたフェリクスは、それ以上パウロの話を聞きたくなくなりました。そして、牢に戻してしまいました。 一番大切な話を、フェリクスは聴き逃してしまったのです。
下心による勾留延期
(26-27節) また同時に、フェリクスにはパウロから金をもらいたい下心があったので、何度もパウロを呼び出して語り合った。二年が過ぎ、ポルキウス・フェストゥスがフェリクスの後任になった。しかし、フェリクスはユダヤ人たちの機嫌を取ろうとして、パウロを監禁したままにしておいた。

先ほど、フェリクスが裁判を延期した理由がもう一つあったと申し上げました。それは、パウロから賄賂をもらいたいという動機です。

この時代の歴史家であるヨセフスは、フェリクスの治世について「腐敗と残酷に満ちていた」と表しています。また、同じく歴史家タキトゥスは、解放奴隷出身だったフェリクスについて「奴隷の精神で王としての権力を行使した」と語っています。

フェリクスはお金に汚い人物だったということです。そして、パウロからも賄賂をもらおうと期待していました。「賄賂をくれたら、有利な判決を下してやるぞ」というわけです。
ただ、パウロはお金で自分に有利な判決を得ようとしませんでした。そのようなわけで裁判はずっと開かれることがなく、2年がたって新しい総督が任命されました。それによってパウロのローマへの道が開かれますが、それはまたお話しします。

それでは、ここから私たちは何を学ぶことができるでしょうか。それは、どんな状況でも揺り動かされることなく堂々としていられる秘訣です。

2.正しい生き方を心がける

神の命令に従う

(箴言28:1)悪しき者は、追う者もいないのに逃げるが、正しい人は若獅子のように頼もしい。

心にやましいものを抱えている人は、堂々としていられません。一方、パウロが裁判や獄中で揺り動かされず、堂々としていられたのは、自分は神さまの命令に違反していないという自信があったからです。

一方総督フェストは、パウロから正義とさばきについての話を聞いたときに恐れました。自分が正しい生き方をしていないということを自覚させられたからです。

使徒ヨハネもこう語りました。

(第1ヨハネ3:21-22)愛する者たち。自分の心が責めないなら、私たちは神の御前に確信を持つことができます。そして、求めるものを何でも神からいただくことができます。私たちが神の命令を守り、神に喜ばれることを行っているからです。

私たちが神さまの前に正しい生き方をしているなら、私たちは確信を持つことができます。どんな確信かといえば、自分と神さまが仲良しだという確信です。

全知全能である神さまが私たちの味方であるなら、私たちは何も恐れることは必要がありません。

箴言やヨハネが言うのは、私たちがどんな状況でも神さまの守りや祝福を確信し、希望や喜びや平安を失うことなく堂々としていられる秘訣は、神さまの前に、罪責感なく出られる状態でいることだ、ということです。

そのために、神さまの命令を守り、正しい生き方をするよう心がけなさいと。

私たちも、いつも聖書を学び、神さまの命令を守るよう努力しましょう。そして、私たちが神さまに呪われているのではなく喜ばれているという確信を得て安心しましょう。

地上のルールにも従う

パウロは、神さまの命令だけでなく、この世の法律にも違反していないという自信がありました。だからこそ裁判の席で堂々としていられました。

聖書は私たちを神の国の外交官にたとえています(第2コリント5:20)。

山田重夫在米日本大使(2025年8月現在)
(画像引用:在アメリカ合衆国日本国大使館)
アメリカに駐在する日本の外交官には外交官不逮捕特権が与えられていて、仮にアメリカの法律に違反したからといって、直ちに逮捕されることはありません。だからといって、犯罪を平気で行なうようなことはしません。

なぜなら、日本の外交官は日本国の代表であり、アメリカで破廉恥な真似をすれば、アメリや政府やアメリカ国民から、日本という国が破廉恥だと見なされてしまうからです。ですから、平気で法を犯すような外交官は、本国に呼び戻され、職を失うことになります。

もちろん、日本とアメリカの利害が対立するような場面では、日本の外交官は日本のルールや方針を、アメリカのルールや方針よりも優先します。しかし、そうでない限りは、アメリカのルールを尊重するのです。

私たち神の国の外交官であるクリスチャンも、神さまの命令に明らかに反しない限り、自分が置かれている国や団体、グループのルールを尊重し、それに従いましょう。それを神さまが喜んでくださるからです。

そして、もしも地上のルールが神さまの命令に反しているなら、たとえ人に非難されても、馬鹿にされても、それによって様々な不利益を被ることになっても、神さまの命令の方を優先させましょう。

神の国の外交官として、神の国と地上のルールを尊重し、守る。それが、堂々としていられる秘訣です。

神の赦しを受け取る

私たちは完璧ではありませんから、神さまの命令を無視し、自分勝手な行動を取ってしまうことがありますし、心の中で神さまに逆らうようなことを考えたりしてしまうことがあります。

そんなときでも、私たちはいつでも再出発することができます。イエスさまの十字架による罪の赦しは完全です。@senta- 一度恵みの福音を信じたクリスチャンは、決して神さまから見捨てられることはありません。たとえ罪を犯しても、それを神さまに告白するだけで、神さまとの愛の関係は直ちに回復します。
(第1ヨハネ1:9)もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。

そして、神さまの守りや祝福を期待することができるようになり、堂々としていられるようになります。

今週も、イエスさまの恵みと赦しを確認しながら、自分の存在が神さまに喜ばれているということ、だから何があっても大丈夫だということについての確信をいただきましょう。

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