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礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

エルサレムのために泣くイエス

イエス・キリストの生涯シリーズ76

ルカによる福音書19章39節〜44節

(2024年4月28日)

イエス・キリストが、エルサレムにやがて訪れる滅びのことを思って泣くシーンです。イエスの預言は70年後に現実のものとなります。

礼拝メッセージ音声

参考資料

39節の「パリサイ人」は、ユダヤ教の一派であるパリサイ派に属する人たちのこと。彼らのほとんどは、イエスさまのことを救い主だとは認めていません。それは次のような理由からです。
  1. イエスさまがパリサイ人たちの教えや偽善的な行動を批判していたから
  2. パリサイ人たちは人々から尊敬され、ほめられたいと思っていましたが、イエスさまの方が民衆に人気があったため妬みを覚えたから

イントロダクション

今回の箇所を学ぶことで、私たちは恐怖心ではなく内側からわき上がってくる喜びによって行動する自由を手に入れることができます。

1.涙を流すイエス

前回のおさらい

今回の箇所は前回取り上げた箇所と同じ日の出来事です。時は紀元30年の春、過越の祭りが行なわれる週の日曜日でした。

ベタニア村を出たイエスさまは、エルサレムまでの途上にあるベテパゲで、ろばの子を調達させました。そして、そのろばの子に乗ってエルサレムを目指しました。

すると、弟子たちや群衆は歓喜して、自分たちの上着やナツメヤシの枝をイエスさまがお通りになる道に敷きます。これらは、人々がイエスさまのことを神の国の王、救い主だと認めていたことを表しています。

そして人々は、叫びました。
(マルコ11:9-10)「ホサナ。祝福あれ、主の御名によって来られる方に。祝福あれ、われらの父ダビデの、来たるべき国に。ホサナ、いと高き所に。」

前半は、詩篇118篇の一部で、救い主が登場したときには、ユダヤ人はこの詩篇を唱えて歓迎するようにパリサイ人たちから教えられていました。後半にダビデと来るべき国について語られているのは、救い主はダビデの子孫の中から生まれ、理想的な王国を作って治めることが旧約聖書で預言されていたからです。

すなわち、この叫びも人々がイエスさまのことを救い主だと認めていたことを表しています。
今回の箇所は、人々のその叫び声を聞いたパリサイ人たちとイエスさまの対話から始まります。

パリサイ人とのやり取り

パリサイ人たちの抗議
(39節)するとパリサイ人のうちの何人かが、群衆の中からイエスに向かって、「先生、あなたの弟子たちを叱ってください」と言った。

エルサレムに向かう人の群れの中に、何人かのパリサイ人が混じっていました。そして、イエスさまに弟子たちを叱るように言いました。

それは、前回のおさらいで申し上げたとおり、人々がイエスさまのことを救い主扱いしていたからです。パリサイ人たちは、イエスさまのことを救い主だと認めていません。だから、イエスさま御自身が人々を叱ることで、自分は救い主ではないと宣言しなさいと言っているのです。
イエスの返答
(40節)イエスは答えられた。「わたしは、あなたがたに言います。もしこの人たちが黙れば、石が叫びます。」

イエスさまはパリサイ人たちの要求を受け入れませんでした。そして、たとえ人々を黙らせたとしても、代わりに石が「ホサナ!」と叫び出すよと言い返しました。

イエスさまたちが今いらっしゃるのはオリーブ山です。これはベタニアやベテパゲとエルサレムの間にある山です。そこにはたくさんの石があります。その石たちが一斉にイエスさまをほめたたえるとしたら、どれほど壮観でしょうか。

つまりこれは、誰も人々が自分をほめたたえるのをやめさせることなどできないという意味です。パリサイ人たちがどんなに悔しがって妨害しようとしても、神さまのご計画を邪魔することはできません。

ところで、ある注解者たちは、この石とは墓石のことではないかと言います。というのも、オリーブ山にはユダヤ人たちの墓があったからです。

旧約聖書では、救い主が登場して神の敵を打ち破るとき、オリーブ山の上に立つことが預言されています。

(ゼカリヤ14:4)その日、主の足はエルサレムの東に面するオリーブ山の上に立つ。

また、救い主が来ると死んでいた人たちが復活することも預言されています。

(ダニエル12:2)ちりの大地の中に眠っている者のうち、多くの者が目を覚ます。ある者は永遠のいのちに、ある者は恥辱と、永遠の嫌悪に。

そこで、オリーブ山にはユダヤ人の墓がたくさん作られたのです。生きている人たちが黙ったとしても、死んだ人の体を納めている墓石が黙っちゃいない。もしそういう意味でイエスさまがおっしゃったのだとしたら、「誰も神さまのみこころを妨害できない」というイエスさまの主張がより際立つ感じがしますね。。

イエスの嘆き

エルサレムのために泣くイエス
(41節) エルサレムに近づいて、都をご覧になったイエスは、この都のために泣いて、言われた。

オリーブ山のエルサレム側の山腹に、今「主の泣かれた教会」(主の涙の教会)と呼ばれている会堂が建っています。イエスさまがエルサレムのために涙を流されたことを記念して造られました。

私も聖地旅行に行った際に入りましたが、涙の形をしたドームが特徴で、中に入って窓からエルサレムを観ると、かつて神殿があった場所にイスラム教のモスクの黄金のドームが見えて、何とも言えない気持ちにさせられたことを思い出しました。今もイエスさまは、エルサレムのために涙を流しておられるのかもしれませんね。

(画像引用:フォートラベル
嘆きの言葉
(42節)「もし、平和に向かう道を、この日おまえも知っていたら──。しかし今、それはおまえの目から隠されている。

「平和」とは、神さまと人間の間にある平和のことです。

先祖アダムが罪を犯してから、私たち人間は生まれながらにして罪人です。罪とは神さまに逆らう性質で、私たちの中には神さまの存在やすばらしさを認めず、神さまの命令に従わずに自分の好きなように生きていきたいという思いがあります。

罪は正義である神さまからの怒りを招きます。本来なら、私たち人類は神さまの敵として滅ぼされても仕方が無い存在でした。しかし、神さまはそんな私たちの罪を赦すことで、神さまと人間の間にあった敵対関係を終わらせて、平和な関係を作り上げようとしてくださっています。

その平和は、信仰によってもたらされます。何を信じるかという信仰の内容は時代によって変わります。
  • 今のこの時代は、「イエスさまが私の罪を赦すために十字架にかかられたこと、死んで葬られ、3日目に復活なさったこと」を信じることです。
  • 福音書の時代は、「旧約聖書で預言された救い主が現れたので、救い主が造る神の国の実現が近づいた。その救い主はナザレのイエスである」と信じることです。
ところが、イスラエルの国は公式にイエスさまのことを「救い主ではない」と決定してしまいました。イエスさまを救い主だと信じたユダヤ人は、当時たくさんいましたが、国としては否定してしまったのです。

「平和に向かう道がお前の目から隠されている」というイエスさまの言葉は、そのことを表しています。

イスラエルの国が公式にイエスさまを拒絶したことで、神さまから2つの罰がイスラエルに下りました。

1つ目の罰は、救い主の理想的な王国、神の国の実現が、福音書の時代ではなく遠い未来に先送りにされてしまったことです。これはいまだに実現していません。イエスさまはもう一度この地上に戻ってこられますが(再臨)、そのときに実現します。

もう1つの罰は、エルサレムが破壊されて、多くのユダヤ人が殺されたり全世界に散らされてしまったりするという罰です。そのことについてイエスさまは涙ながらに語られます。
エルサレムを襲う滅び
(43-44節)やがて次のような時代がおまえに来る。敵はおまえに対して塁を築き、包囲し、四方から攻め寄せ、そしておまえと、中にいるおまえの子どもたちを地にたたきつける。彼らはおまえの中で、一つの石も、ほかの石の上に積まれたまま残してはおかない。それは、神の訪れの時を、おまえが知らなかったからだ。」

この預言は、40年後に実現します。まず36年後の紀元66年、フロルスというユダヤ総督が、エルサレムのインフラ整備の資金に充てるため、神殿の宝物を取り上げようとしました。それに怒った過激派「熱心党」の人々が反乱を起こします。総督は反乱の首謀者を処刑しましたが、それによってかえって反乱がユダヤ全土に広がってしまいます。

ユダヤにいたローマ軍にシリアにいたローマ軍が合流して鎮圧に乗り出しますが、なんとローマ側が敗北してしまいました。そこで皇帝ネロは、ローマから3つの軍団(1軍団は4800人から6000人の兵士から構成されています)をユダヤに派遣しました。

紀元68年、ローマで起こった反乱で皇帝ネロが自殺するという事件が起こったため、ユダヤを攻撃していた司令官が一次ローマに戻るというアクシデントがありますが、司令官が戻ってくると本格的なエルサレム攻撃が開始されます。ユダヤ人も激しく抵抗しますが、紀元70年、エルサレムはついに陥落します。

陥落後、司令官は神殿には火を放たないようにと命令していましたが、一人の兵士が放火してしまい、神殿の建物は全焼してしまいました。神殿の壁には金がかぶせてありましたが、それが全部溶けて建物の壁や土台の石の間に入り込んでしまいました。

そこで兵士たちがその金を略奪するため、神殿の建物の石は全部崩されてしまいました。イエスさまの「一つの石も、ほかの石の上に積まれたまま残してはおかない」という言葉が、文字通り実現したのです。

エルサレム陥落後も、戦いは続きました。ユダヤ人の反乱軍は、最後は死海のほとりの岩山に作られたマサダ要塞に立てこもって抵抗を続けましたが、紀元73年に全員が自殺したことで反乱が終結しました。

それから、紀元132年にもユダヤ人による反乱が起こり、136年に鎮圧されました。戦後、時の皇帝ハドリアヌスは、多くのユダヤ教指導者たちを殺したり、ユダヤ教の書物を廃棄させたりしました。さらにエルサレムへのユダヤ人の立ち入りを禁止して、ユダヤという名称をパレスチナという呼び名に変えてしまいました。

こうしてイスラエルの国は地図の上から消えてしまい、ユダヤ人は世界中に散らされて、その後1800年以上に渡って迫害され続けました。
ベタニアに戻るイエス
エルサレムに入られた後、イエスさまは神殿に行かれ、それからまたベタニアに戻って一泊なさいました。おそらくラザロ、マルタ、マリアの家に泊まられたのでしょう。

(マルコ11:11)こうしてイエスはエルサレムに着き、宮に入られた。そして、すべてを見て回った後、すでに夕方になっていたので、十二人と一緒にベタニアに出て行かれた。

こうして十字架直前の日曜日が終わります。

それでは、ここから私たちは何を学ぶことができるでしょうか。

2.神の正義と愛の両方を信じよう

正義と愛の対立と福音の関係を知ろう

聖書は、神さまは正義であると教えています。ですから、罪を放置することはおできになりません。罪は必ずさばかれなければなりません。

その一方で、神さまは愛であると聖書は教えています。慈愛に満ちあふれた神さまは、人間が罪の故に滅びることをお望みになりません。イエスさまは、ご自分を信じなかったエルサレムの住民を襲おうとしている裁きのことを思い、涙を流されました。

だからといって、「まあまあ、それくらいいいよ」と罪を見過ごしにしては、神さまの正義が成り立ちません。かといって、さばきを下すのは忍びない。あえて人間的な言い方をすると、神さまの中で正義と愛とが葛藤したのです。
葛藤を解決した福音
その葛藤を解決したのがイエスさまの十字架と復活です。イエスさまは私たち人類の身代わりとして罪の罰を受けてくださいました。それによって、私たちが罰を受けなくてもいいようにしてくださいました。そして、イエスさまは私たちの身代わりに復活してくださいました。神さまの敵として生まれた私たちが、神さまの子どもとして新しく生まれるためです。

そして、イエスさまの十字架と復活を信じるとき、すなわち福音を信じるとき、私たちは本当に罪を赦され、神さまの子どもとされ、永遠に祝福されるという特権を手に入れます。

正義と愛のどちらも強調しよう

神さまの正義と愛、そのどちらも私たちは値引いてはなりません。どちらも同じように強調されなければなりません。そうすることで、私たちは自由になることができます。
愛だけ強調すると
神さまの愛の側面を強調するあまり正義の側面を値引いてしまうと、救いの必要性が無くなってしまいます。イエスさまの十字架や復活の意味が無くなってしまいます。イエスさまは救い主ではなく、良い行ないについての単なるモデルになってしまいます。

実際、聖書の権威を認めない自由主義神学の教会では、イエスさまは道徳の教師、またモデルとして教えられています。そして、聖書は道徳の教科書です。それは人間の努力によって成長しようという教えです。そこには救いの喜びはありません。聖霊さまによる内側からの変革もありません。
正義だけ強調すると
一方、神さまの正義の側面を強調するあまり愛の側面を値引いてしまうと、イエスさまがおっしゃった「平和」から遠ざかってしまいます。いつも神さまの罰を恐れて、私たちはビクビク生活しなければならなくなるでしょう。信仰生活に喜びがなく、義務感で聖書の命令を守るようになるでしょう。

異端やカルト化した教会の多くは、神さまの愛ではなく正義を強調することによって信徒を支配しようとします。そして、多くのお金や労働力を搾取します。そのような教会に属する人たちは、神さまの子どもではなく指導者たちの奴隷です。
どちらも強調しよう
神さまは正義です。そして愛です。そのどちらも無視してはなりません。どちらかを強調して一方を無視するような極端に陥ってはなりません。

神さまが正義であり罪をさばくお方だからこそ、イエスさまの十字架を通して表された神さまの愛、一方的な赦しという恵みの愛が輝くのです。そして、神さまの愛に感動するからこそ、私たちは正義である神さまの命令を、恐怖心によって嫌々ながらではなく喜んで守ろうとするのです。

福音を伝えよう

正義であり愛である神さまは、人が滅びることをお望みになりません。イエスさまは、涙を流すほどに、当時のイスラエルの人々について嘆き悲しまれました。その父なる神さま、子なるイエスさま、聖霊なる神さまの思いを、私たちの思いとしましょう。

そして、救いをもたらす福音を、チャンスを見つけて他の人に伝えましょう。プロの伝道者と同じやり方でなくてかまいません。自分のできる方法で伝えましょう。また、救いのために祈りましょう。

プロの伝道者と同じやり方をする必要はありません。自分にできる方法で伝えましょう。
ヨナの物語
昔、ヨナという預言者がいました。神さまはヨナに、ニネベという外国の町に行って、「このままだと神さまに滅ぼされるぞ」と警告するよう命ぜられました。ところが、ヨナはニネベの連中が神さまの警告を聞いて悔い改めたら、滅びが取り消しになると考えました。ヨナは国粋主義的なところがあったようです。神の民ではない異邦人が滅びるのは当然だと思っていました。そこで、ヨナは神さまの命令を無視して、船で反対側の方向に行ってしまいました。

すると神さまは嵐を送られます。そのため、船が沈みそうになりました。船乗りたちは、嵐がヨナの罪のせいだと知って、ヨナを生みに投げ込んで嵐を鎮めようとしました。ヨナは大きな魚(たぶんクジラ)に飲み込まれ、腹の中で悔い改めました。すると、魚はヨナを陸地に吐き出してくれました。
悔い改めたヨナはニネベに向かい、人々に警告を発すると、案の定ニネベの人たちはみんな悔い改めました。そこで、神さまはニネベの人たちを赦して滅びの罰を思いとどまられました。これに腹を立てたのがヨナです。「これだから来たくなかったんだ」とむくれてしまいます。そして、町が見える場所に座ると、神さまがまた考えを変えてニネベを滅ぼしてくれないか待つことにしました。

日が高く昇ると、ヨナは強い日差しに苦しみ始めます。そこで、神さまは1本のトウゴマの木を生やしてヨナの頭に影がかかるようにして、ヨナの機嫌を直そうとしました。ところが、無視がトウゴマを噛んだため、翌日トウゴマの木は枯れてしまいました。再び強い日差しを浴びることになったヨナは、ますます不機嫌になりました。

そんなヨナに神さまは声をかけました。

(ヨナ4:10-11)「あなたは、自分で労さず、育てもせず、一夜で生えて一夜で滅びたこの唐胡麻を惜しんでいる。ましてわたしは、この大きな都ニネベを惜しまないでいられるだろうか。そこには、右も左も分からない十二万人以上の人間と、数多くの家畜がいるではないか。」
神の思いを我が思いに
この後のことは聖書には書かれていません。しかし、ヨナ書が旧約聖書の中に納められていたということは、ヨナが神さまの思いを受け止めて、自分の考え違いを悔い改めたからだろうと思います。そして、異邦人にも神さまの救いを伝えるべきだと考え、実践するようになったからでしょう。

ヨナに語られたように、神さまは私たちに対しても語っておられます。

(第2ペテロ3:9)「主は、ある人たちが遅れていると思っているように、約束したことを遅らせているのではなく、あなたがたに対して忍耐しておられるのです。だれも滅びることがなく、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。

私たちも、エルサレムのために泣かれたイエスさま、ニネベの人々や家畜たちを惜しまれた神さまの思いを我が思いとしましょう。そして、チャンスを見つけて、自分にできる方法で他の人に福音を伝えましょう。

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