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礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

アンティオキア教会の誕生

使徒の働きシリーズ16

使徒の働き11章19節〜30節

(2025年3月30日)

世界宣教の拠点となるアンティオキア教会が誕生し、バルナバサウロ(後の使徒パウロ)といった教師の活動によって成長していきます。

礼拝メッセージ音声

参考資料

続きを読む 19節の「フェニキア」は、地中海東岸のうち、カルメル山から北の地域を指します。「キプロス」は、フェニキア沖にある島で、バルナバの故郷です。「アンティオキア」は、現在のトルコのアンタキヤ。ローマやアレキサンドリアに次ぐローマ帝国第3の都市です。

20節の「クレネ」は、現在のリビア東部のキュレナイカ地方にあった都市。「ギリシア語を話す人たち」は、ここでは異邦人(ユダヤ人以外の民族)のことです。

25節の「タルソ」は、小アジア東南部の都市で、現在のトルコのタルスス。アンティオキアからは陸路で237キロほど離れています。サウロ(パウロ)の故郷です。
27節の「預言者」は、神さまの言葉を預かって人々に語る人。将来のことを予言することは働きの一部であり、主に励ましや警告を語りました。

28節の「クラウディウス」はローマ帝国の第4代皇帝で、在位44年〜56年。

イントロダクション

私の好きな聖書の言葉の一つに、次のようなものがあります。

(伝道者4:12)一人なら打ち負かされても、二人なら立ち向かえる。三つ撚りの糸は簡単には切れない。

イエスさまは、私たちクリスチャンが一人一人バラバラに存在するのではなく、教会に属してみんなで一緒に信仰を守り、活動することを望んでいらっしゃいます。それによって、私たちはこの世に対して大きな影響力を発揮したり、私たち自身もより多くの祝福を味わったりできるようになります。

今日は、互いに一致して祝福されながら大きな働きをした教会の例を見ていきましょう。それはアンティオキア教会です。アンティオキア教会は喜びに満たされていました。そして、バルナバやパウロの伝道旅行の拠点となりました。アンティオキア教会について学ぶことにより、私たち自身も同様の祝福をいただきましょう。

1.アンティオキアでの教会形成

アンティオキアでの異邦人伝道

アンティオキアに届いた福音
(19節)さて、ステパノのことから起こった迫害により散らされた人々は、フェニキア、キプロス、アンティオキアまで進んで行ったが、ユダヤ人以外の人には、だれにもみことばを語らなかった。

7章に書かれているステパノの殉教以降、キリスト教会に対するユダヤ人指導者たちによる迫害が激しくなりました。その急先鋒だったのが、パリサイ人であるサウロという青年でした。彼は、多くのクリスチャンたちを死刑にするため、隠れ家を見つけ出して逮捕しました。

そこで、たくさんのクリスチャンがエルサレムを脱出して、ユダヤ地方やサマリア地方に、あるいはその他の地方へと散っていきました。しかし、逃げ出したクリスチャンたちは、黙っていたわけではありません。イエスさまの大宣教命令に従って、機会を見つけてはイエスさまの恵みの福音を語りました。

恵みの福音とは、「この自分の罪を赦すために、イエス・キリストが十字架にかけられた。そして、死んで葬られ、3日目に復活なさった」という内容です。これが真実だと信じ受け入れた人は、本当に罪が赦され、それどころか神さまの子どもとなって永遠に祝福されます。

こうして、あちこちの町で新しくクリスチャンが誕生していき、教会が形成されていきました。

地中海方面にも福音が広がりました。伝道者ピリポは、南のガザ方面から伝道しながら北上してカイサリアまでやってきます。また今回の19節には、別の人たちがさらに北のフェニキア地方や、海を渡ったキプロス島にも福音を届けたことが記されています。そして、ローマ帝国第3の都市であるアンティオキアにも教会が形成されました。

ところが、前回と前々回も申し上げたように、当時のクリスチャンたちは、異邦人が救われるにはまずユダヤ教に改宗する必要があると考えていました。改宗していない異邦人は、恵みの福音を信じるだけでは救われないと考えていたのです。

この常識をひっくり返したのが、ペテロの見た幻とそれに続く異邦人コルネリウスの救いです。しかし、それを知らないアンティオキア教会の人たちは、ずっと異邦人伝道を行なってきませんでした。
アンティオキアでの異邦人伝道
(20-21節)ところが、彼らの中にキプロス人とクレネ人が何人かいて、アンティオキアに来ると、ギリシア語を話す人たちにも語りかけ、主イエスの福音を宣べ伝えた。そして、主の御手が彼らとともにあったので、大勢の人が信じて主に立ち返った。

キプロス人やクレネ人というのは、ここではキプロス島やクレネ出身のユダヤ人という意味です。彼らは、出身地で救われたか、アンティオキアに来て救われたか、とにかくイエスさまの恵みの福音を信じてクリスチャンになっていました。

そして、当時の常識に反して、ユダヤ教に改宗していない異邦人にも伝道を始めました。すると、たくさんの異邦人が救われ始めました。

バルナバとサウロの活躍

バルナバの派遣
(22節)この知らせがエルサレムにある教会の耳に入ったので、彼らはバルナバをアンティオキアに遣わした。

アンティオキアで異邦人伝道が行なわれているという知らせがエルサレム教会に届きました。そこで、エルサレム教会からバルナバが派遣されてきました。

今回の箇所の直前には、異邦人コルネリウスの救いに関して、エルサレム教会で騒動が起こったことが書かれています。一部のクリスチャンたちが、ペテロが異邦人の家に行き、食事をし、そこに数日間滞在したことを問題視したのです。

非難されたペテロは、自分が神さまから幻を見せられ、「神がきよめたものをきよくないと言ってはならない」と諭されたこと、そしてそれが異邦人のことを指していること、またコルネリウスたちが福音を聞いた後に聖霊さまに満たされて異言を語り始めたことを報告しました。
すると、エルサレム教会の人たちは納得して神さまをほめたたえます。エルレサム教会では、最近こういった出来事が起こりました。

アンティオキア教会でも、異邦人伝道の問題を放置していると、それを受け入れる人たちと受け入れない人たちの間で分裂が起こってしまうかもしれません。そこで、異邦人伝道が神さまのみこころだということを伝えるために、バルナバが派遣されたのです。

バルナバはキプロス出身でレビ族のユダヤ人ですから(4:36)、ギリシア語が堪能で聖書にも精通していました。ですから、ユダヤ人クリスチャンと異邦人クリスチャンの架け橋になれると考えられたのでしょう。
バルナバによる励まし
(23節)バルナバはそこに到着し、神の恵みを見て喜んだ。そして、心を堅く保っていつも主にとどまっているようにと、皆を励ました。

アンティオキアに到着したバルナバは、神さまがアンティオキアの町を祝福してくださって、その結果多くのユダヤ人や異邦人が救われたことを確信しました。そして喜びます。

それからバルナバは、教会の人たちを励ましました。それは「心を堅く保っていつも主に留まっているように」という励ましです。

アンティオキアは非常に大きな町で栄えていましたから、異教や快楽による誘惑の種に満ちていました。また多くの場合、救いを体験してしばらくすると最初の感動が無くなってきて、イエスさまに忠実に従おうという意欲が薄くなりがちです。

しかし、どんな状況でも、またどんな精神状態でも、主であるイエスさまにとどまり続けるようバルナバは励まします。イエスさまにとどまることについては、イエスさまご自身が弟子たちに教えていらっしゃいます。

(ヨハネ15:4)わたしにとどまりなさい。わたしもあなたがたの中にとどまります。枝がぶどうの木にとどまっていなければ、自分では実を結ぶことができないのと同じように、あなたがたもわたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。

イエスさまにとどまるとは、イエスさまの言葉にとどまること、すなわちイエスさまの言葉を信じ続け、守り続けることです。

(ヨハネ15:7)あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまっているなら、何でも欲しいものを求めなさい。そうすれば、それはかなえられます。

状況や気分によって物事を判断するのではなく、あるいは常識や固定観念によって判断するのでもなく、聖書が何を語っているかを私たちの信仰の土台にしなければなりません。
大勢の人の救い
(24節)彼は立派な人物で、聖霊と信仰に満ちている人であった。こうして、大勢の人たちが主に導かれた。

バルナバは聖霊と信仰に満ちた立派な人物でした。そのため、教会の人たちだけでなく外の人たちにも信頼されます。そして、多くの人たちが彼の語る言葉に素直に耳を傾けて救われました。

それだけでなく、バルナバの励ましを聞いた教会の人たちが奮い立ち、さらに熱心に伝道するようになったでしょう。こうしてアンティオキア教会には新しい信者が次々と加えられ、成長していきました。
サウロの招聘
(25節-26節前半)それから、バルナバはサウロを捜しにタルソに行き、彼を見つけて、アンティオキアに連れて来た。彼らは、まる一年の間教会に集い、大勢の人たちを教えた。

教会が急激に成長したため、指導者が足りなくなりました。そこで、バルナバはサウロに目を付けます。

迫害者だったサウロは、ダマスコに向かう途中で復活のイエスさまと出会い回心しました。しかし、エルサレムのクリスチャンたちはサウロを恐れて受け入れようとしません。そこで、バルナバがサウロの身元を保証し、サウロはエルサレム教会に受け入れられたという経緯があります。
サウロはしばらくエルサレムにとどまりましたが、そこでバルナバはサウロの体系的な聖書理解に感銘を受けたのでしょう。サウロこそアンティオキア教会に必要な教師だと判断し、サウロの故郷であるタルソまで彼を迎えに行きました。

こうしてバルナバとサウロは、アンティオキア教会でクリスチャンたちを教育、訓練しました。
キリスト者という呼び名
(26節後半)弟子たちは、アンティオキアで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。

アンティオキア教会の信者たちは、初めてキリスト者、ギリシア語でクリスティアノスと呼ばれるようになりました。英語だとクリスチャンです。この言葉は、「キリストにつく者」「キリスト主義者」というような意味です。

おそらく、「キリスト」のことばかり言う連中だということで、教会外の人たちから付けられたあだ名でしょう。ですから、元々は「キリストバカ」といったニュアンスの、侮蔑的な呼び名だったと思われます。

しかし、当のアンティオキア教会のメンバーたちはその呼び名を喜びました。そして、自分たちでもその呼び名を使うようになり、各地の教会にも広まっていったのです。

飢饉への対応

預言者たちの訪問
(27節)そのころ、預言者たちがエルサレムからアンティオキアに下って来た。

バルナバとサウロがアンティオキア教会の指導を始めて約1年が経過しました。年代としては、紀元45年前後と考えられています。アンティオキア教会に、エルサレム教会に属する預言者の一団がやってきました。

旧約時代、神さまはさまざまな預言者たちを通じて、イスラエルの人たちに神さまからの真理を伝えたり、励ましや叱責や警告を与えたりなさいました。まだ新約聖書が完成していないこの時期も、、神さまは旧約時代と同様に預言者たちを通して真理をクリスチャンたちに伝えていらっしゃいました。

預言は聖霊さまがくださる特別な奉仕の能力、聖霊の賜物の一つです。

(第1コリント12:28)神は教会の中に、第一に使徒たち、第二に預言者たち、第三に教師たち、そして力あるわざ、そして癒やしの賜物、援助、管理、種々の異言を備えてくださいました。

そして、エルサレム教会だけでなくアンティオキア教会にも預言者がいたことが、使徒の働きに書かれています。

(使徒13:1)さて、アンティオキアには、そこにある教会に、バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、クレネ人ルキオ、領主ヘロデの乳兄弟マナエン、サウロなどの預言者や教師がいた。
  • ちなみに、「ニゲルと呼ばれるシメオン」は、イエスさまの代わりに十字架の横木を運ばされたクレネ人シモンだという説があります。 詳しくはこちらのメッセージをご覧ください。
エルサレム教会から預言者たちがやってきたのは、成長著しいアンティオキア教会の応援のためでしょう。人が救われるのは一瞬ですが、リーダーに成長するには長い時間が必要だからです。
アガボの預言
(28節)その中の一人で名をアガボという人が立って、世界中に大飢饉が起こると御霊によって預言し、それがクラウディウス帝の時に起こった。

エルサレムから来た預言者の一人、アガボが世界的な飢饉を預言しました。それが、クラウディウスが皇帝だった時代に起こったと書かれています。
当時の歴史家(ヨセフス、タキトゥス、スエトニウスなど)によると、クラウディウスの時代に何度か大きな飢饉が起こっています。その中で、時期的に当てはまりそうなのが、紀元47〜48年にパレスチナ地方を襲った飢饉です。
エルサレム教会への援助の決定
(29節)弟子たちは、それぞれの力に応じて、ユダヤに住んでいる兄弟たちに救援の物を送ることに決めた。

アンティオキア教会の人たちは、エルサレム教会の人たちのことに思いを向けました。エルサレムはユダヤ教の中心地であり、特に迫害が激しい場所でした。エルサレムのクリスチャンたちの中には、仕事をすることができない人たちもたくさんいました。

たとえばイエスさまの弟子になったパリサイ人ニコデモ。元々彼は、井戸掘りの仕事で大変裕福でした。しかし、イエスさまに対する信仰を明らかにしたことで仕事を失い貧しくなったと、当時のユダヤ教の文書に残されています。

エルサレム教会では、メンバーが自分の資産を持ち寄って必要な人に分配していました。しかし、このやり方だと迫害で新しく救われる人が少なくなると、ささげられる資産も減って立ちゆかなくなります。その上飢饉で畑から採れるものが無くなったのでは、エルサレムのクリスチャンたちは大変困ったことになるはずです。

そこで、アンティオキア教会のクリスチャンたちは、エルサレム教会に対して支援物資を送ることにしました。
救援物資の送付
(30節)彼らはそれを実行し、バルナバとサウロの手に託して長老たちに送った。

支援計画は実行に移されました。ささげられた物やお金を預かったバルナバとサウロは、エルサレムに向けて出発しました。

それでは、ここから私たちは何を学ぶことができるでしょうか。

2.神は私たちの一致を願っておられる

信仰による一致

アンティオキア教会は、他の町の教会と同様に、イエス・キリストの恵みの福音が宣べ伝えられ、それを信じ受け入れた人たちによって誕生しました。

アンティオキアには、さまざまな民族、さまざまな出身地、さまざまな文化的背景を持った人たちが住んでいましたが、そんな雑多な人たちが一つのグループにまとまったのは、同じ信仰を持ったからです。

私たちの教会も、人種や国籍は一緒かもしれませんが、一人一人異なる文化的背景を持っています。異なる経験をしてきました。異なる好みがあります。たとえば、どんなタイプの賛美歌が好きかは、一人一人違います。好みによって一つになろうとしても、それは難しいことでしょう。

以前も申し上げましたが、アメリカの日系人教会が、お昼のメニューをカレーにするかうどんにするかで対立し、ついには分裂して解散したという話を聞いたことがあります。
私たちはそれぞれ異なりますが、同じ信仰を持つことによって、すなわち同じ恵みの福音を信じることによってクリスチャンとなりました。そして、私たちは同じお方を主と仰ぎ、愛し、従っています。これこそ一致の要です。

この福島県内、あるいは日本の中、また世界中に、さまざまなキリスト教会が存在します。それぞれ伝統も雰囲気も活動の強調点も異なります。
  • とても厳かで伝統的な賛美をささげる教会もあれば、カジュアルで現代的な賛美をする教会もあります。
  • 激しく大声で祈る教会もあれば、静かに黙想する教会もあります。
  • ガンガン伝道することを第一とする教会もあれば、社会奉仕活動を強調する教会もあります。
  • 聖霊の賜物や奇跡を強調する教会もあれば、そのようなものを認めない教会もあります。
しかし、恵みの福音を信じて救われるのだという点で一致できるなら、また同じお方を信じ、愛し、従っているという点で一致できるなら、私たちはどんな教会とも一緒に活動することができます。共に祈り、共に礼拝することができます。

私たちはクリスチャンです。キリストバカと揶揄されるほどにイエスさまのことを愛しています。それ以外の細かい違いを気にして、他のクリスチャンや教会を批判するのはやめましょう。むしろ、イエスさまに対する信仰の一致点を探すことを旨としましょう。

聖書知識による一致

アンティオキア教会が異邦人伝道を始めたとき、分裂の可能性も生じました。それを解消したのは、バルナバによる教育の賜物です。

バルナバは、ペテロを通して示された神さまによる真理を伝えることで、異邦人伝道が確かに神さまのみこころだという確信をアンティオキア教会の人たちに伝えました。

先ほど、私たちの一致の土台は信仰だということを申し上げました。ただしその信仰が、私たちが勝手に考え出した思想に基づくものなら一致はできません。また、気分や状況によって左右されるものならやはり一致できません。思想や気分や状況は、人によって異なるからです。

一致をもたらす信仰は、神さまが示してくださる確かな真理に基づくものでなければなりません。そして、今の時代、神さまの真理は聖書を通して私たちに示されています。

最近、メールや、グループLINE・個人LINEを通して、何人ものメンバーの方たちから聖書に関する質問をいただいているのをとてもうれしく思っています。質問されることで、私自身の勉強にもなります。

私たちが、聖書についての健全な知識を持てば持つほど、私たちはより強く結び合うことができます。聖書により親しみ、その意味を深く学びましょう。

愛の実践による一致

神さまのみこころは、学んだだけでは不十分です。ユダヤの文化において、学ぶというのはただ単に情報を手に入れるということではありません。知識は実践することによって完成します。

たとえば、「たとえ相手が自分に意地悪をするような人であっても、その人を赦し祝福を祈りなさい」という聖書の教えがあります(たとえばマタイ5:44、ローマ12:14、コロサイ3:13など)。そのような聖書の教えを知っているというのは、実際にその人のために祝福を祈ることです。

バルナバやサウロの指導によって、アンティオキア教会は健全な聖書知識と、それに基づく確かな信仰を手に入れつつありました。そして、聖書は神さまへの愛と共に、人への愛を強調しています。

そこで、ただでさえ迫害で大変な思いをしているエルサレム教会の人たちが、飢饉によってさらに大変な思いをしていると考えたアンティオキアのクリスチャンたちは、彼らへの愛を実践しました。具体的には、支援物資を届けるという行為です。

エルサレム教会の人たちも、一方的に愛を受け取ったのではありません。エルサレム教会の人たちもアンティオキア教会に対して愛を実践しました。

遠いアンティオキアの地で異邦人伝道が行なわれたと知ったとき、分裂の危機を避けるためすぐにバルナバを派遣しました。また、急激な成長によって慢性的に指導者が足りていないアンティオキア教会のために、預言者たちを遣わしてもくれました。

私たちは、互いに愛を実践することによって一つになることができます。

私たちの教会はまだまだ小さい群れですが、ワールドビジョンというキリスト教の支援団体に献金することによって、世界の経済的に困窮している人たちを間接的に支援しています。また、ハーベスト・タイム・ミニストリーズを通じてユダヤ人に伝道している団体にも献金しています。

もちろん、献金や献品だけが愛の実践ではありません。悩んでいる人の話にじっくりと耳を傾けること、自信をなくしている人に勇気づけの言葉かけをすること、相手を信じてじっと見守ること、励ましの手紙を送ること、一緒に食事をすること、相手が何かするときにそっと手を貸すことなど、愛の実践方法はさまざまにあります。
使徒ヨハネは言いました。

(第1ヨハネ3:18)子どもたち。私たちは、ことばや口先だけではなく、行いと真実をもって愛しましょう。

今後も教会としても個人としても、愛を実践しましょう。それによって私たちがより多くの人たちと心を一つにすることができますように。

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